【第2話】

 レガリア。


 リーヴェ帝国が設計・開発する自立型の魔導兵器で、空気中に含まれる魔素を魔力に変換して動く人型兵器である。

 身体能力や腕力、その他の性能は人間よりも遥かに上回る。シリーズ名で管理されるレガリアは総じて高度な人工知能が搭載され、量産型とは違って自らの意思で行動することが可能である。また魔力で作られる専用兵装はどれもこれも強力で、1機で国を滅ぼすことも100万人の兵士を屠ることも可能としていた。


 レガリアの開発はリーヴェ帝国の十八番だが、生きた人間を改造する程度の技術力しかないアルヴェル王国にレガリアの製造が可能なのだろうか?



「今まで収集したレガリアの部品を継ぎ合わせただけのガラクタを『レガリア』だなんて呼んだら、俺はレガリアの定義を疑うぞ」


「【同意】それに関しては当機も疑問だ」



 オルヴランから撤収するということもあり、エルドとユーバ・アインスは団長であるレジーナの指示に従って荷物の回収をしていた。


 早々にオルヴランから立ち去り、最前線であるレノア要塞まで荷物を配達しなければならない。大金が転がり込んでくる仕事内容は他の傭兵団からも狙われやすく、また内容を秘匿しなければならないので詰め寄られても口を割ってはダメなのだ。どこの傭兵団がリーヴェ帝国と繋がっているか分からない。

 所詮は彼らも人間なのだ。自分自身がいい思いをしたいという欲望はあるし、エルドにも一定以上の欲望はある。特にこのご時世、命を失う危険性を減らして大金を稼げるのであればそうしたい限りだ。


 木箱を大型四輪車の荷台に積んでいくエルドは、



「しっかしなァ」



 エルドが視線を向けた先には、傭兵団『黎明の咆哮』が荷物を積む時に用いる大型四輪車よりも遥かに強固な作りをした四輪車があった。

 巨大な鋼鉄の箱を荷台に積み、本国から派遣されたらしい真っ赤な軍服を着た男女の2人組が警戒したような目つきを周囲に投げかけている。とても話せるような雰囲気ではない。


 あの立派な四輪車に積まれた鋼鉄の箱に、アルヴェル王国が開発したレガリアが眠っているらしい。



「本当にレガリアを開発したのかよ。全身を改造しただけなら『全身改造人間フル・メイル』と変わらねえだろうが」


「【疑問】全身改造人間とは身体全体に改造技術を施した人間と聞くが、本当に実在しているのか?」


「そこら辺は線引きが曖昧でな」



 エルドは「よし終わり」と最後の木箱を荷台に詰め込んで、



「アルヴェル王国では全体の8割以上が改造されたら『全身改造人間フル・メイル』に該当するんだよ」


「【回答】全身ではないな」


「アルヴェル王国も頭が相当おかしな連中ばっかりだからな。難病指定された患者だって病院から引き摺り出して、改造して、戦場に立たせるぐらいだからな」



 幸いにも、エルドは右腕の神経が壊死しているだけで済んでいる。もう2度と右腕は使えなくなるだろうが、そこはそれ、最終的には右腕に義手でもつければ解決する話だ。

 団長のレジーナも幼い頃の事故が影響で足を切り落としてしまい、そこに改造を施しただけに過ぎないのだ。傭兵団『黎明の咆哮』は比較的そんな非人道的な改造を施された全身改造人間は在籍していない。


 ユーバ・アインスは少しだけ眉根を寄せると、



「【疑問】この傭兵団にそんな改造人間はいないのか」


「いねえなァ、残念だけど。いたらいたで戦場には立たせねえだろうよ、姉御がまず許さねえだろうし」


「【回答】そうか」



 全身改造人間フル・メイルがいないと理解して、ユーバ・アインスは再び無表情となった。それでいいのか。



「エルドさーん」


「お、ヤーコブ」


「【応答】ヤーコブ・レストか。【疑問】何か用事か?」



 すると、グリグリ瓶底眼鏡と巨大な背嚢リュックを背負った小さな子供――ヤーコブ・レストが小さな手を振りながらエルドとユーバ・アインスへ駆け寄ってくる。巨大な背嚢を背負っているから走ってこなくてもいいのに、彼は「ぜえ、はあ」と肩で息をしていた。

 何をそんなに急ぐ必要があったのだろうか。もうすぐ出発であるなら四輪車に乗り込む必要があるのだが。


 ヤーコブは汗だくの顔でエルドを見上げ、



「団長がお呼びでヤンス。今日の仕事を説明したいってのと、あと先方にご挨拶を」


「別にそこまで顔を売りたい訳じゃねえんだけどな」



 全く、レジーナも人使いが荒い。今しがた荷物を積み込んだばかりなのだから、少しぐらい休ませてくれてもいいのに。

 膨れ上がるほど改造された右腕の戦闘用外装をガシャンと鳴らし、エルドは「分かったよ」と応じる。これで逃げたらあとでレジーナに説教されてしまう。


 エルドはユーバ・アインスを一緒に連れて行こうとするが、



「あ、エルドさんだけだって言ってたでヤンス」


「はあ? 何でだよ」


「相手は嘘かもしれないでヤンスが、レガリアを開発したと触れて回ってる連中でヤンス。モノホンを連れて行ったらまずいでヤンス」



 ヤーコブが声を潜めて言ってくる。


 確かに、相手は嘘を吐いているかもしれないが、あのレガリアを開発したと主張している本国の連中だ。そこに本物のレガリアを連れて行けば、間違いなく本国に強制連行されてしまう。そうなったらユーバ・アインスの秘匿任務が遂行できない。

 エルドだけでは秘匿任務を遂行するのは不可能なので、ユーバ・アインスには待っててもらった方がいいだろう。非戦闘用員の相手でもしてもらうか。



「アインス、ここでヤーコブの相手をしてろ」


「【了解】その任務を受諾する」


「ええ!? エルドさん、あっしにアインスさんのお守りは荷が重すぎるってぇ!!」


「誰がアインスのお守りをテメェに頼んだよ。逆だ、逆」



 見た目が子供のグリグリ眼鏡な非戦闘用員に、最強のレガリアのお守りが務まる訳がない。守られて終わるだけである。


 エルドは「じゃあ頼んだぞ」と言い残して、レジーナの元へ向かった。

 背後からヤーコブの悲鳴が聞こえたが、臆病な彼のことだからユーバ・アインスに驚いただけだろう。いい加減に慣れてほしいものだ。



 ☆



「すまんな、エルド。ウチで1番の稼ぎ頭のお前には、ちゃんと挨拶をしてもらおうと思ってな」


「へいへい、お気遣いいただき恐悦至極ってな」



 青みがかったパッツン黒髪と理知的な緑色の双眸を持つクールビューティーお姉さんことレジーナに呼ばれ、エルドはやれやれと肩を竦めた。


 彼女のすぐ側には、煌びやかな軍服を纏った女性が立っていた。

 凛とした立ち姿は百合の如き美しさがあり、艶やかな金色の髪は緩やかに波打っている。蒼海を閉じ込めたかのような色鮮やかな青色の瞳で真っ直ぐに見据えられれば、エルドもさすがに軽口が叩けなくなってしまう。


 夕日にも負けない真っ赤な軍服には、階級を示す徽章と功績を讃える徽章が入り混じって付けられていた。それが陽の光を反射してやけに眩しい。嫌味のようにつけられた徽章の数々に、エルドはひっそりと顔を顰める。



「初めまして、エルド・マルティーニさん」



 歌うような美声でエルドの名前を呼んだ金髪碧眼の軍人は、



「アリス・トワレッテと言います。今回は輸送任務をお引き受けくださり、誠にありがとうございます」


「はあ、どうも」



 女軍人――アリス・トワレッテと名乗った彼女は、ニッコリと優雅に微笑んだ。上位階級らしい立ち振る舞いである。



「今回の輸送任務、内容はご存知ですか?」


「…………あー、レノア要塞までお荷物をお届けするってのは聞きましたが」


「中身については?」



 この場合の回答は何が正しいのだろうか。

 無知を装うべきなのか、それとも団長から聞かされた内容しか知らないと事実を述べるべきなのか。答えを間違えれば首を刎ねられそうだ。


 エルドは少し考えてから、



「リーヴェ帝国と同じ人形としか聞いてねえっすね」


「そうですか」



 アリスは満足げに微笑んだ。これが正解だったか。



「我が国は以前からレガリアの研究を重ね、そしてようやくあのユーバ・シリーズにも対抗できるレガリアの開発に成功しました。このレガリアを激戦区であるレノア要塞に届け、戦線に投入します」


「そっすか」



 本物のユーバシリーズがいるんだけど、じゃあ戦わせてみないかとは言えなかった。口が裂けても言えなかった。



「それで、輸送任務を請け負ってくださる貴方がたには特別に我が国が開発したレガリアをお見せしようかと」


「は? え、そんな簡単に?」


「ええ、中身については知っていてもらいたいので」



 それから、アリスは一緒に連れてきていたらしい部下に頼んで鋼鉄の箱を開けさせる。


 内側から箱の一部が開かれ、箱の内部が覗き込めるようになる。

 アリスに促されるまま、エルドとレジーナは薄暗い箱の中身を覗き込んだ。

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