【第13話】

 オルヴランに戻ってからユーバ・アインスの調子がおかしい。



「…………」



 自分の四輪車に乗り込んだエルドは、モソモソと携帯食料を口の中に詰め込みながら助手席に視線をやる。


 夜の闇に浮かび上がる真っ白なレガリア――ユーバ・アインス。

 普段からぼんやりしてそうな彼だが、今日は輪をかけてぼんやりしている雰囲気がある。銀灰色の双眸で夜の闇に包まれた世界を眺め、微動だにしない。何かあったとしか思えない。


 今日のローフェンシリーズを撃破したことが尾を引いているのだろうか。かつて一緒の国で戦っていた仲間のレガリアだ、気にしないということはないだろう。



「あー、アインス?」


「【応答】どうした」



 呼び掛ければ、すぐに応答はあった。


 銀灰色ぎんかいしょくの双眸をエルドに向けて、ユーバ・アインスは首を傾げる。

 雰囲気はいつも通りに見えるのだが、エルドの勘が「何か変だ」と告げている。先程までの空気を鑑みれば何かあったということは間違いない。



「ローフェンシリーズを撃破したのが気がかりなのは仕方ねえよ。アルヴェル王国はレガリアを敵として認識してるし、これからもレガリアと戦って行かなきゃいけねえんだから割り切れ」


「【疑問】何の話だ?」


「え、何の話って……」



 エルドは瞳を瞬かせると、



「ローフェンシリーズとやらを撃破して落ち込んでるんじゃねえのか」


「【否定】あんなものを撃破したところで当機の精神回路に異常は来さない。むしろ破壊できたことに対して喜びすら感じる」


「お、おう」


「【追記】あれらのシリーズは劣化コピーのくせに威張ってくるような人工知能が搭載されている。人工知能をいつまでも更新しない馬鹿な絡繰など当機の敵ではない」


「意外と辛辣なんだな、テメェは」



 ユーバ・アインスの口から淡々とローフェンシリーズをこき下ろす批判が飛び出てくるので、エルドは苦笑するしかなかった。


 では何が原因で気落ちしているのか。

 かつて仲間と認識されていたローフェンシリーズは、ユーバ・アインスにとって撃破されても問題ないどうでもいいレガリアだった。気にしている部分がそこではないとすれば、やはり弟妹機であるユーバシリーズが気がかりなのだろうか。


 レストン王国にユーバシリーズの気配はなかったし、あれ以上のレガリアは存在しなかった。エルドも周囲の索敵に駆り出されたのでよく分かる。自分の認識できる範囲にはユーバシリーズの姿は見つからなかったが、エルドよりも索敵範囲が広いユーバ・アインスは弟妹機の存在に気付いたのか?



「じゃあ何で気落ちしてんだよ」


「…………」


「黙るな、答えろ」



 エルドが命令すれば、ユーバ・アインスは重々しい口を開いた。



「【回答】ユーバ・ズィーベンから通信が届いた」


「ユーバ・ズィーベン……テメェんところの7番目か」


「【肯定】ユーバ・ズィーベンはユーバシリーズの7号機に該当するレガリアだ。【説明】当機の末妹であり、擬態を得意とする」



 その部分に関しては、エルドも聞き覚えがある。


 擬態能力がかなり高く、潜入任務を得意とするユーバシリーズだ。戦う為の機能はそこまで高くはないのだが、それでも最優にして最強と名高いユーバシリーズの名前に恥じない優秀っぷりは記憶に新しい。

 まだエルドの所属する傭兵団『黎明の咆哮』は被害に遭っていないが、他の傭兵団や本国のアルヴェル王国は重要機密をいくつも抜かれたという話を聞いたことがある。明日は我が身だ。


 その7号機から通信があった、ということは宣戦布告か。



「【回答】当機はユーバ・ズィーベンを通じて他の弟妹機に宣戦布告した。これで当機はリーヴェ帝国の敵として認識された」


「そうか」


「【疑問】だが、当機は他の弟妹機に勝利できるか疑問だ」



 いつになく弱気なことを言うユーバ・アインスは、



「【説明】当機はあくまで模倣コピーを得意とする。他の弟妹機の特技を模倣したところで、本体の10分の1にも満たない再現度になるだろう。【結論】真似することしか出来ない当機に、彼らを撃破できるのか不安がある」


「大丈夫だろ」


「【疑問】その自信はどこから?」



 怪訝な視線を寄越してくるユーバ・アインスに、エルドは堂々と言ってやる。



「テメェには俺がいるだろうが。何で1人で片付けようとするんだよ」


「…………」


「何の為に『秘匿任務』を手伝ってやるって言ったと思ってんだ。確かにアルヴェル王国の勝利に繋がれば俺らの利益にも繋がるけどな、そんな生半可な気持ちで手伝うって言ったつもりはねえよ」



 ユーバ・アインスが生みの親から託された命令は、彼にとって茨の道となる。一緒に開発された弟妹機を残らず撃破して、かつて自分を開発した生まれ故郷を破壊しなければならないのだから。

 考えれば考えるほど辛い道のりだとは思う。彼の秘匿任務に付き合えばアルヴェル王国に勝てるだろうし、傭兵団『黎明の咆哮』の利益にも繋がるだろうが、エルドは利益で動くような人間ではない。そこまで薄情な性格ではないのだ。


 少なくとも、下心なしに「手伝ってやりたい」と思ったからユーバ・アインスを拾った。それだけの話である。



「【感謝】ありがとう、エルド」



 ユーバ・アインスは静かにお礼を言い、



「【回答】貴殿の存在があれば当機が弟妹機に勝利する確率が格段に跳ね上がる」


「それはどれぐらいだ?」


「【回答】54.58%程度だ」


「それはいいのか、悪いのか……?」



 何だか中途半端な数字が提示され、エルドは首を捻るしか出来なかった。


 ああ、これからユーバ・アインスの弟妹機と戦うことになるのか。

 ユーバ・アインスだけでも規格外の能力を有しているのに、彼の弟や妹と認識されている個体は果たしてどうなるだろうか。本当に勝てるのか不明だが、エルドにもユーバ・アインスという心強い味方がいる。


 1人でダメなら2人、1人で不安でも2人なら平気。

 そこは人間でも、レガリアでも、変わらない認識なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る