【第12話】

「やってくれたな、お前たち」



 正座をするエルドとユーバ・アインスの目の前に、仁王立ちするレジーナが立っている。両腕を組み、緑色の双眸には絶対零度の眼光が宿されていた。

 怒っているのは間違いない。何せ、エルドとユーバ・アインスは敵将であるローフェンシリーズの首級を挙げるどころか、その全身を消し炭にして塵も残らなくなってしまったのだ。正確にはユーバ・アインスだけの責任だろうが、彼を連れてきたのはエルドなので連帯責任で怒られているという経緯である。


 仲間がレジーナの背後で右往左往する姿が見えるが、助けてはくれないようだ。誰だって彼女の逆鱗に巻き込まれるのは御免なのだろう、エルドだってそうする。



「どうするんだ? これでは本国に特別報酬を請求することが出来ない訳だが」


「【提案】ローフェンシリーズの使用していた武器を鹵獲、本国に提出するのはどうだろうか?」



 正座をしたままのユーバ・アインスが、屋根に残された青い砲塔を見上げて言う。


 あの青い砲塔はユーバ・アインスではなく、敵将のローフェンシリーズが使用していた武器だ。絶え間なく高威力の砲弾を叩き込んでくるのはさすがだと思うが、ユーバ・アインスの有する奇跡を目の当たりにしてしまうと見劣りしてしまう。

 とはいえ、立派な戦果の1つに数えられることだろう。あれは間違いなく人間が使えるものではないし、まして改造人間の部品にもなり得ない。鹵獲して本国に提出すれば問題はなさそうだが。


 レジーナは「確かにな」と頷き、



「まあ、あの砲塔が残っていただけ僥倖か。次はこのような真似はするなよ」


「【了解】その命令を受諾する」


「エルドもその白いのをよく監視しておけ。好き勝手に動かれては困る」


「へいへい……」



 何にせよ、お咎めなしというのは嬉しいことだった。ローフェンシリーズの砲塔が残っていたことに感謝する。

 どこかいけ好かない人工知能を搭載した自立型魔導兵器『レガリア』だったが、安心してエルドたちの特別報酬になってくれ。本国からどれほど金額が貰えるのか不明だが、命を懸けて戦った傭兵を労うぐらいの気概は見せてくれるはずだ。


 レジーナは回収部隊に呼ばれて屋根に残された砲塔に向かい、撤去作業の指示を飛ばしていた。回収部隊はレガリアの襲撃も見越して戦闘要員で構成されるが、エルドたちは呼ばれていないので休んでいてもよさそうだ。



「はあー……怒られずに済んだ」


「【疑問】団長の説教は恐ろしいものか?」


「恐ろしいものって言うぐらいじゃねえよ」



 エルドはげっそりと疲れ切った表情で、



「正座で3時間も説教されれば精神的に参るだろ」


「【回答】当機の精神回路は頑強であり、団長の説教では疲弊しない」


「テメェはそうだろうよ、テメェはな」



 無表情のまま淡々と応じるユーバ・アインスに、エルドはやれやれと肩を竦める。この最優にして最強と名高い自立型魔導兵器『レガリア』が正座で説教を3時間も受ける姿が想像できないが、任務の内容によっては説教を受ける羽目になりそうだ。

 レガリア以前に生真面目なユーバ・アインスのことだ、説教も真面目に頷いて「その命令を受諾する」とか言うのだろう。いつか理不尽なことを命令されても受諾しそうだ。


 騒がしくなりつつあるレストン王国の様子を見渡し、エルドは「で?」と問いかける。



「テメェの弟と妹は見つかったか?」


「【回答】当機の弟妹機の存在は、このレストン王国にはなかった」



 ユーバ・アインスは銀灰色ぎんかいしょくの双眸を周囲に巡らせて、



「【補足】当機の視覚機能にも、索敵機能にも反応はない。【予測】おそらくどこか遠くの国で、未だアルヴェル王国側の改造人間と交戦中だろう」


「そうかい」



 ユーバ・アインスの報告を受け、エルドは適当に応じた。


 彼の最優先任務は、リーヴェ帝国の壊滅と弟妹機である他のユーバシリーズの撃破だ。それは彼にとって茨の道を選んだことに他ならないが、彼の設計者が命じたのだから仕方がない。

 どれほど苦しい任務であっても、彼はやり遂げなければならない。設計者の遺志を継ぎ、任務遂行を達成するように思考が植え付けられているのだ。この任務の話を聞けば、まずレジーナは嫌な表情をするだろう。


 だから、知っているのはエルドだけでいい。エルドは彼の最優先任務を知った上で「協力する」と提案したのだから。



「じゃあ帰ろうぜ、疲れたわ」


「【了解】では当機が案内しよう」


「おい、俺でもちゃんとオルヴランまで帰れるっての」


「【疑問】それではエルド、貴殿が向かっている先はオルヴランとは反対方向なのだが理解しているか?」


「…………」



 自分の方向音痴が恨めしい。

 戦場では人の多い方角を目指せば必ずレガリアと改造人間が戦っていたので、これ幸いと混ざれば万事解決していた。帰投の際も人間が多い方角について行けば問題なかった。


 やはり少数精鋭の場合は難しい。自分で方角を判断しなければならず、変に放り出されてしまうと反対方向に突き進んでしまう方向音痴さが情けなかった。



「…………頼むわ」


「【了解】任務を開始する」



 静かに頷いたユーバ・アインスが先導して、荒れ果てたレストン王国を正しい道順で突き進んでいく。


 閉ざされた門はすでに開かれ、阻むものは何もない。

 いつか修繕が終われば、この国もきっと正しく機能するはずだ。アルヴェル王国に一時的に避難しているレストン王国の民も、自分たちの国へ帰れることをきっと待ち望んでいるに違いない。



 ☆



 ――ピピピピ、と電子音が頭の中に鳴り響いた。


 共に秘匿任務の遂行をしてくれているエルドを先導しながら、ユーバ・アインスは自分自身の異変を感じ取っていた。

 確かに先程までは存在しなかった反応だ。今は遠くにいるし、追いかければ35秒後には逃げられてしまう行動予測の結果が見えている。ここは静かにしているのが1番だろう。


 もしかしたら、最初から隠れていたのかもしれない。リーヴェ帝国を裏切った長兄の存在を、遠くから観察していたか。



(【質問】当機はユーバ・アインス、貴殿はユーバ・ズィーベンか?)



 その問いかけに対する答えは、



(【応答】はい、お兄様。私はユーバ・ズィーベンです)



 やはりか、とユーバ・アインスは返す。


 ユーバ・ズィーベン――ユーバシリーズの7号機に該当する個体だ。

 得意な戦術は擬態ミラージュ。特に隠匿能力は他の追随を許さず、隠密行動に長けた情報収集を主な任務としていたユーバシリーズの末妹である。


 今までユーバ・アインスの索敵能力にも視覚能力にも引っかからなかったのは、彼女の高い隠匿能力の結果だろう。隠れられたら2度と見つけられないと言ってもいい。



(【質問】当機の襲撃命令が下ったか)


(【回答】それは随分前からですわ、お兄様)


(【質問】現在の当機を襲うか)


(【回答】お兄様を襲うことなど、ユーバ・ズィーベンには出来ません。【補足】お兄様と私の戦力差は歴然、見つかれば23秒後に私の敗北が確定します)



 ユーバ・ズィーベンはさらに通信を繋げてきた。



(【説明】2号機のお兄様から命令されました。お兄様の様子を見てこいと)


(【疑問】ユーバ・ツヴァイが?)


(【肯定】はい、お兄様)



 ユーバ・アインスという初号機をなくせば、現在のユーバシリーズを率いる存在は2号機のユーバ・ツヴァイだ。そんなことは考えなくても分かる。

 いつもは自分の背中を追いかけてばかりの2号機だったが、他の弟妹機を率いるだけ立派に成長したのか。兄として嬉しい限りだが、これから敵として立ち塞がなければならないのが悔やまれる。


 ユーバ・アインスは少し考えて、



(【要求】ユーバ・ツヴァイ、並びに他の弟妹機へ伝言を)


(【受諾】話してください、お兄様)



 応じた末妹に、ユーバ・アインスは冷酷に告げる。



(【回答】愚弟に愚妹ども、当機が必ず撃破する。首を洗って待っていろ、と)


(【受諾】その伝言を必ず他のお兄様、お姉様にも伝えます)



 ユーバ・ズィーベンの通信は、それきり断ち切られてしまった。


 ああ、やはりこうなるか。

 一緒に開発されたものの、共に戦場を駆けることは叶わなかった。戦場で相見える最初で最後の機会が、まさか敵と味方としてなどユーバ・アインスの人工知能で持ってしても予測できなかったことだ。


 だが、秘匿任務に基づいてユーバ・アインスは他の弟妹機を撃破する。



(それが、当機の開発者である父の願いだからだ)

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