【第11話】

 ローフェンシリーズ。


 自立型魔導兵器レガリアのシリーズの1つであり、ユーバシリーズの劣化コピーと称される個体たちだ。

 特徴的なのは、設計者の性格をそのまま叩き込んだかのような自信過剰な人工知能。最優にして最強と名高いユーバシリーズにも勝てると胸を張って言える彼らは、無謀な自信家とも呼べた。


 性能はそこそこ優れているが、やはりユーバシリーズの初号機であるユーバ・アインスの敵ではない。攻撃の挙動が読めすぎている。



 ――【予測】2.058秒後、現在より前方2センチに着弾。


「【了解】回避行動を開始」



 ユーバ・アインスに搭載された人工知能が、ローフェンシリーズによる砲撃がどの位置に着弾するか予測する。


 飛び退って回避すると、ユーバ・アインスが立っていた場所を含めて砲弾が地面を抉り取った。

 かなりの爆発力がある砲撃である。ただし被害範囲はそこまで広いものではなく、むしろ狭い印象があった。弟妹機である他のユーバシリーズにも砲撃を主体とする個体はいたが、ここまで被害範囲は狭いものではなかった。


 やはり劣化コピーは劣化コピーである。所詮はその程度だ。



「――《どうした、かかってこないのか》――」



 建物の屋根に仁王立ちをし、逃げ続けるだけのユーバ・アインスを眺めてローフェンシリーズの何某は告げる。


 かかってこないも何も、ユーバ・アインスは敵将の首を討ち取るエルドを補佐する為にこの場所で戦っている。ユーバ・アインスの最優先命令は人命救助だったが、それもエルドのおかげで達成された。

 次点に設定された命令『エルドの補佐』を遂行したいのだが、肝心のエルドがいない。彼は現在、人質を連れてレストン王国を脱出している最中である。


 秘匿任務にも関係なく、ユーバ・アインスだって出来れば弱いものイジメをしたくはない。適当に時間を潰す他はないのか。



「――《随分と腑抜けたものだな》――」


「…………」



 ローフェンシリーズの何某が、ユーバ・アインスの怒りを煽るような言葉を選ぶ。


 特に精神回路に影響はない。

 ローフェンシリーズの何某による煽りは、何とも中途半端なものだ。逆立ちしてもう勝てるはずがないので撃破されるだけだが、それに気づいていないとは愚かなレガリアである。



「――《寝返ったことで、かつての気高き強さはない。貴様はここで終わるのだ、ユーバ・アインス》――」


「【疑問】貴殿は何を言っている」



 疑問だ、本当に疑問だ。

 かつて敵側だったアルヴェル王国に寝返ったところで、ユーバ・アインスの強さは変わらない。本気になればユーバ・アインスだってローフェンシリーズの撃破が可能だ。


 だが、エルドの補佐をすると宣言した以上、本気を出すことを止めているだけだ。ユーバ・アインスの前に立って未だに戦い続けられるのが幸いなのに。



「――《腑抜けた貴様に用事はない。今ここで死ね》――」



 ローフェンシリーズの何某が有する大砲が、地上でぼんやりと見上げていたユーバ・アインスに向けられる。


 ユーバ・アインスは純白の盾を構えただけだ。

 今度は回避しない。あれほどコケにされたのだ、少しぐらい遊んでもいいだろう。相手もユーバ・アインスが本気を出す瞬間を望んでいるようだし、相手の期待に応えてやるのも一興だ。


 盾のみで何が出来るのかと嘲笑うローフェンシリーズは、容赦なくユーバ・アインスめがけて大砲を撃ち込んできた。



「ゥオラ!!」



 横からすっ飛んできた巨大な拳が、ユーバ・アインスめがけて飛んできた砲弾を殴りつける。

 殴られたことで軌道が変えられ、砲弾はあらぬ方向に飛んでいった。それから盛大に爆発し、建物が瓦礫の山と化して地面が抉れる。


 燻んだ色の金髪が爆風に揺れ、青い双眸がローフェンシリーズを見上げている。ユーバ・アインスを守るように立ち塞がる広い背中は、妙に逞しさを感じた。



「ウチの相棒が世話ンなったな」



 ガシャン、と膨れ上がった右腕の兵装を鳴らすエルドは、



「黙って聞いてりゃ、アインスの奴が腑抜けただの何だの言いやがって。別に手加減してるだけってのが気づいてねえのか、テメェは」


「――《何だと》――」


「アインスはなァ、俺の補佐をするだとか言ってたから手加減してただけだっての。バーカ」



 子供じみた悪口に苛立ちを見せるローフェンシリーズ。精神回路の更新はされていないようだ、随分と子供っぽい。



「――《手加減されていたのは心外だ。本気で戦え》――」


「だってよ、どうするアインス」



 エルドがユーバ・アインスに振り返る。


 どうする、と問われても判断できない。ユーバ・アインスはエルドの補佐をする為に今まで待っていた。

 だからユーバ・アインスはエルドが戦うのであれば補佐をするし、戦わないのであれば――。



「【回答】当機がローフェンシリーズを撃破する」


「おう、じゃあ頑張れ」



 エルドは左手でユーバ・アインスの肩を叩くと、



「俺はその間、雑魚の処理でもしてるわ」



 ユーバ・アインスとローフェンシリーズの戦闘を聞きつけて、量産型レガリアが集合していた。

 あれらが襲い掛かってきたら、ユーバ・アインスもまた戦術を組み直さなければならない。量産型を蹴散らしながらローフェンシリーズを相手にするのは少々骨が折れる。


 そうか、これが協力か。


 ユーバ・アインスはいつも1人だった。単独でどうにか出来るように設計されていたし、一緒に戦う仲間たちは碌に言葉を喋らない機械たちだ。質問をすれば決まった返答しか出来ない。

 だが、エルドは違う。怒って、笑って、ユーバ・アインスを信頼してくれている。質問をすれば決まった答えは返らず、はぐらかされたり誤魔化されたりする。


 彼ともっといたい、信頼されたい。――そんな不具合が、ユーバ・アインスの中に生まれた。



「【了解】戦闘終了まで残り30秒56」


「おい何でそんなに短いんだよ」


「【回答】相手が取るに足らない敵だからだ」



 驚くエルドにユーバ・アインスは淡々と答えを返し、それからローフェンシリーズの何某に向き合った。


 許可は降りた。

 それなら、本気でやってしまおうか。



「【要求】被害範囲の予測」


 ――【回答】使用予定の兵装の場合、屋根を吹き飛ばす程度で済みます。


「【了解】戦術の再構築を頼む。【設定】ローフェンシリーズが2号機、ローフェン・トゥワイス」


 ――【了解】戦術の再構築を完了。出撃可能です。



 頭の中が冴え渡る。

 設定された敵、導き出された勝利への道。


 これなら勝利を捧げられるだろう。



「――《私が貴様に負けるはずがない》――」



 自信過剰な発言と共に大砲をこちらへ向けてくるローフェンシリーズだが、



「【展開】加速移動アクセル



 ユーバ・アインスはそれよりも早く動いた。


 強く地面を踏み込み、姿が掻き消える。知覚が加速され、ユーバ・アインスは時を置き去りにした。

 建物の壁を駆け上がり、大砲を構える自信過剰なローフェンシリーズの顔が迫る。相手がユーバ・アインスの存在に気づいて対抗策を打ってくるより先に、ユーバ・アインスは相手の首を掴んだ。



「――《何をする》――」


「【応答】こうするつもりだ」



 ユーバ・アインスは、建物の屋根からローフェンシリーズの何某を放り投げた。


 虚空を舞うレガリア。無表情ではありながら、その瞳は絶望の色に染まっている。

 ゆっくりと落下を開始するより先に、ユーバ・アインスは次なる兵装を展開した。ローフェンシリーズにも魔力を取り込んで自動的に傷ついた箇所を回復する自動回復機構は搭載されているので、しっかりと念入りに壊しておく必要がある。


 あんな生意気なレガリアが鹵獲されるのは嫌だ。リーヴェ帝国の恥である。



「【展開】超電磁砲レールガン



 ユーバ・アインスが右手を掲げれば、白い盾が白い砲塔に変化する。

 ローフェンシリーズが使っていた大砲よりもかなり大きい。汚れた箇所など全く見当たらない純白の砲塔が、空中を舞うローフェンシリーズの何某に向けられた。


 そこから放たれたのは、眩い白の光線である。


 蒼穹を駆け抜ける1条の光。それは空中を無抵抗で落ちていくローフェンシリーズの何某を的確に包み込んで消し炭とした。

 髪の毛1本すら残さずユーバ・アインスの兵装の餌食となったローフェンシリーズは、悲鳴も断末魔も残さずに塵となってしまった。これで終わりである。



「【報告】ローフェンシリーズの撃破を完了した【状況終了】」


「いや敵将の首を持って帰んなきゃダメじゃねえか?」


「【発覚】あ」



 そうだった、敵将であるローフェンシリーズを討ち取ったという証拠がなければいけなかった。

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