【第10話】

 大教会はレストン王国のほぼ中央に位置していた。


 あの13人の脱走者たちは、よくもまあこんな見晴らしのいい場所から逃げ切れたものである。自立型魔導兵器『レガリア』の量産型とはいえ、索敵能力は人間の何倍もあるような連中の目を欺くなど至難の業だ。

 きっと運がよかったのか、それともあえて逃がしたのか。前者はまだいいが、後者ともなれば残された人質たちの命が危険だ。


 建物の影に潜むエルドとユーバ・アインスは、



「……いるな」


「【肯定】個体数は250」



 かつて、ユーバ・アインスを見つけた廃教会よりもさらに巨大な教会に、真っ黒な人形の大群が押し寄せていた。

 上位に立つ個体から命令でもされているのか、馬鹿みたいにガリガリと教会の正面玄関を破ろうと引っ掻いている。大教会の鉄扉には細かい引っ掻き傷の他、無数に凹んだ痕跡が見られた。


 ユーバ・アインスの優秀な索敵能力によって個体数が割り出されたが、さすがに250機は多すぎる。量産型のレガリアが気持ち悪い動きをしているだけでエルドはドン引きするのに、それが寄ってたかって教会に押し入ろうとしているのだから嫌悪感しかない。



「どうする?」


「【提案】当機が250のレガリアを惹きつける。その隙にエルドが人質の保護を」


「それで本当に大丈夫なのか?」


「【肯定】量産型程度に遅れを取るような開発はされていない」



 確かに、ユーバシリーズはレガリアの中でも最優にして最強を謳われる機体だ。現に何度かユーバ・アインスの起こす奇跡を目の当たりにしているので、量産型レガリアに遅れを取るような機体ではないことをエルドも理解している。

 彼が言うなら大丈夫だろう。エルドにはない強さがユーバ・アインスにはある。量産型レガリアの200機も300機も変わらないはずだ。


 エルドは「じゃあ任せたぞ」とユーバ・アインスの肩を叩き、



「無茶だけはするなよ」


「【要求】エルドも無茶をしないでほしい」


「分かってるよ。死んだら元も子もねえだろ」



 互いの顔を見合わせて、それから建物の影から飛び出す。


 エルドとユーバ・アインスの存在に気づいたらしい量産型レガリアの何機が、大教会から標的を変えて襲いかかってくる。つるりとした頭部の中心にチカチカと明滅する赤い光が不気味だ。

 ガチャガチャンと音がして、量産型レガリアの両腕が重機関砲に変化する。腕に重機関砲を収納できる改造に天晴れだ。ドクター・メルトだったら涎を垂らしながら欲しがることだろう。


 エルドは膨れ上がった右拳を握りしめると、



「邪魔だァ!!」



 裂帛の気合いと共に、右拳を叩きつけた。


 真上から振り下ろされたエルドの拳を頭部で受け止めた量産型レガリアの2機が、ぺしゃんこに押し潰される。目の前で部品が弾け飛び、鉄板がひしゃげる感覚が兵装を通じて伝わってきた。

 真横から飛んできた重機関砲の弾丸は右拳で受け止め、エルドは足元に転がった潰れたレガリアの残骸を蹴飛ばす。量産型レガリアの重機関砲による攻撃が一瞬だけ止まると同時に、相手の頭部が千切れ飛んだ。


 背後から伸びたユーバ・アインスの腕が、量産型レガリアの頭部を首から千切ったのだ。意外と野蛮な戦い方である。



「【展開】標的集中ターゲット



 ユーバ・アインスが何かの兵装を展開すると同時に、大教会へ群がっていた量産型レガリアの大群の標的がユーバ・アインスに移動する。

 あれはどうやら、標的を自分自身に移す為の兵装らしい。受けた攻撃を模倣コピーするという摩訶不思議な特性を持つユーバ・アインスに必要そうな兵装だ。


 純白の盾を出現させるユーバ・アインスは、エルドに銀灰色の双眸を投げて寄越す。



「【提案】今のうちに行け」


「おうよ!!」



 標的がユーバ・アインスに移動した隙を見計らって、エルドは傷だらけの鉄扉に駆け寄った。



「アルヴェル王国からの応援だ、全員無事か!?」


「アルヴェル王国から!? ほ、本当に来てくれたのか!!」



 鉄扉の向こうから弾んだ声が聞こえてくる。どうやら人質は無事な様子だ。


 エルドは傷だらけの鉄扉を右拳で触れ、軽く力を込めて押す。

 ギ、と軋んだ音を立てて建て付けの悪くなった教会の扉が押し開かれる。あまり力を入れてしまうと教会の扉が吹き飛んで中にいる人質まで傷をつけてしまうので、繊細な力加減が必要だった。


 やがて教会の扉が押し開かれると、どこか安堵したような表情の人質たちが姿を見せる。



「ああ本当だ、改造人間だ」


「アルヴェル王国の助けが来た!!」


「みんな、逃げられるぞ!!」



 希望に満ちた声を上げるのは嬉しいことだが、今はまだ敵陣のど真ん中だ。油断をすると命を失う羽目になる。


 エルドは人質たちの誘導をしようとするが、首筋に冷たいものが触れたことで弾かれたように振り返る。

 レガリアが武器を押し当てているような真似は一切なく、ただ嫌な予感としか言えなかった。傭兵としてエルドが培ってきた命の危機だ。



「ッ、アシュラ!!」



 エルドが自身の兵装に呼びかければ、青い光が膨れ上がった右拳全体を駆け巡る。ふしゅー、と蒸気が噴き出す右拳を勢いよく突き出せば、その表面に砲弾がぶち当たった。

 右腕に痺れるような衝撃が伝わっていく。真正面からぶん殴られた砲弾は見事に跳ね返され、空に打ち上げられて爆発した。


 全然気づかなかった。むしろ砲弾が発射される轟音すら聞こえなかった。まさか、量産型ではない上位のレガリアの仕業か?



「ピピピ」



 声は上から降ってくる。



「――《あの砲撃を受け止めるとは、さすが改造人間と呼ぶべきか》――」



 声の主は、やたら人に近い姿をしたレガリアだった。

 人間ではあり得ない青の髪、硝子玉を想起させる翡翠色の双眸。ゾッとするほど白い肌に血の気は通っておらず、リーヴェ帝国の軍服を身につける男性型のレガリアである。


 そのレガリアの脇には、真っ青な大砲が設置されていた。それがあのレガリアの能力なのだろうか。



「――《久しいな、ユーバ・アインス。まさかアルヴェル王国側に寝返るとは思ってもいなかった》――」



 翡翠色の瞳が、今しがた量産型レガリアを全て鉄屑に変えたユーバ・アインスに向けられる。


 ユーバ・アインスは銀灰色の双眸を瞬かせ、それから「【応答】ああ」と頷いた。

 どちらかと言えば肯定するような動きではなく、まるで相手の存在に気づいたかのような素振りである。



「【説明】エルド、あの機体はローフェンシリーズと言ってユーバシリーズの劣化コピーだ」


「――《誰が劣化コピーだ》――」


「【補足】機能は当機の10分の1にも満たないくせに搭載された人工知能がやたら自信満々なのが特徴だ。おそらく製作者であるアルファーノ・ローフェン氏の設計が影響しているのだろう」



 ユーバ・アインスは淡々と相手の説明をエルドにしてくれているが、それは相手の怒りを煽ることに他ならない。あれで煽っていないと言えば無自覚での煽りが得意な機体だ。


 ユーバ・アインスの説明が気に食わなかったのか、ローフェンシリーズと紹介されたレガリアは砲塔をユーバ・アインスに突きつける。

 対する純白のレガリアは銀灰色ぎんかいしょくの瞳を眇め、純白の盾を構えただけに終わった。防御力が非常に高いユーバ・アインスであれば、あの砲撃を受け止めることだって可能だ。



「――《黙って聞いていれば私を馬鹿にするような発言ばかりだ。裏切り者の貴様から先に葬ってやろう》――」


「【応答】出来るものならやってみるがいい。劣化コピー如きに当機が負けるはずがない」



 そうして、最強のレガリアとその劣化コピーとやらの小競り合いが始まった。


 その戦いぶりを横で眺めながら、蚊帳の外の状態であるエルドはさっさと人質の誘導を始める。

 あれがユーバ・アインスの作戦なのか知らないが、標的が移らないのであれば御の字だ。ユーバ・アインスに目的が集中しているなら動きやすい。



「あ、あのー」


「おう」


「あれ、レガリアだよな? どこかで見たことあると思えば、最強の機体って噂のユーバシリーズ……」



 どこか困惑気味の人質たちに、エルドは「あー……」と説明する為の言葉を探す。



「鹵獲できちゃった」


「そ、そうか」



 納得してくれた人質を連れて、エルドは大教会から移動する。


 秘匿任務のことについては言えなかった。言える訳がなかった。

 これは、エルドとユーバ・アインスだけが知る秘密なのだから。

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