【第3話】

「エルド、少しいいか」



 ドクター・メルトのところで診断を受けたエルドとユーバ・アインスは、団長のレジーナに呼び止められた。



「何だよ、姉御」


「明日の仕事の話だ」


「仕事ォ? こんな辺鄙な場所に仕事をする要素なんてあるのかよ」



 エルドは怪訝な表情でレジーナに応じる。


 現在、傭兵団『黎明の咆哮』が仮の拠点としている場所には何もない。ただ広いだけの草原だけがあり、敵国であるリーヴェ帝国が作り出した自立型魔導兵器レガリアの存在も見当たらない。

 隣にいるユーバ・アインスへ何となく視線をやれば、エルドのやってほしいことを察知した白いレガリアが「【報告】周辺にレガリアの反応はない」と否定してくる。


 敵陣に近い場所ならまだしも、こんな何もない場所で仕事とは何だろうか?



「お前が単独行動をしている間、他の傭兵団から協力要請が飛んできた」


「嫌味か?」


「事実を言っただけだが?」



 レジーナの絶対零度の眼差しがエルドを射抜く。それが妙に恐ろしかった。


 まあ単独行動をしてしまったことは事実なので、エルドは「その件は悪かったって」と形だけの謝罪をする。こうして無事に合流できたのだから、むしろ褒めてほしいところだ。

 傭兵団を統率する立場にいるレジーナからすれば稼ぎ頭が戦死するのは非常に痛手だろうが、エルドは量産型レガリア如きにやられるような人間ではないと信じてほしい。何だか母親に心配される思春期の子供のような気分になる。



「で、協力要請ってのは?」


「ああ」



 エルドに話の続きを促されて、レジーナは口を開く。



「この先に『オルヴラン』という町がある。そこでアルヴェル王国に属する傭兵団が集まって、大規模な奪還作戦を立てていると通信が入ってな」


「なァるほどな。その奪還作戦とやらに、ウチも参加すんのか」


「奪還作戦が成功した暁には本国から特別報酬が貰えるらしい。敵将を討ち取った場合にはさらに増額だ」


「へえ、なかなか気前がいいんじゃねえの」



 エルドは「ひゅぅ」とヘタクソな口笛で歓迎する。


 敵将を討ち取った場合、特別報酬がさらに増額するということは誰が討ち取っても文句はないということか。金の為に戦争へ身を投じる傭兵にとって、特別報酬が懐に転がり込んでくるのはとても嬉しい。

 傭兵団に所属していると何割かハネられるだろうが、それでも給料に色をつけてもらえる可能性が高くなる。最強にして最優のレガリアを拾ったことも功績として考えれば、今月の給金はかなり期待できそうだ。


 レジーナは「そうだろう」と頷き、



「エルド、お前は我が団の稼ぎ頭だ。この奪還作戦で絶対に敵将の首を討ち取ってこい」


「ええー? 俺がやっちゃっていいのか、姉御。俺よりも若いのは大勢いるぜ?」



 エルドはわざとらしい口調で言ってみる。


 傭兵団『黎明の咆哮』には、若い傭兵から年老いた傭兵まで幅広い年代の傭兵が揃っている。右腕だけが馬鹿みたいに膨れ上がった改造を施されたエルドよりもより、性能の良い機能を有した改造を施された傭兵はゴロゴロと在籍しているのだ。

 エルドよりも確実に敵将の首を討ち取れる人物はいるだろうが、やはり稼ぎ頭としてエルドを担いでくれるのであれば期待に応えない訳にはいかない。ちょっと悪い気はしないのである。


 レジーナの話を一緒に聞いていたユーバ・アインスは、銀灰色ぎんかいしょくの瞳を瞬かせて問いかける。



「【質問】どこかの都市を奪還する内容の作戦なのか?」


「そうだ。アルヴェル王国と長きに渡って付き合いがある『レストン王国』があるのだが、リーヴェ帝国が不法に占拠を続けていてな」



 肩を竦めたレジーナは、



「最近、そのレストン王国に配属されているレガリアの数が徐々に減り始めたらしいという観測結果が出た。そこでアルヴェル王国は大規模な奪還作戦を計画し始めて、実行の時がついに訪れたようだ」


「【納得】なるほど」



 ユーバ・アインスは奪還作戦の経緯に理解を示し、



「【理解】それでエルドに敵将を討ち取るように命じたのか」


「エルドはウチの傭兵の中でも戦闘に長けているからな。こうした大規模な作戦で活躍してもらい、金を稼いでくれる」


「いやもう姉御にそこまで褒められると、何か嫌なことを疑いたくなるんだけど……」



 レジーナがここまで手放しで褒めることなどないので、エルドはを誰かに煽てろって言われたのか?」などと邪推してしまう。レジーナに関しては褒めるよりも罵倒された方がまだマシだ。



「何を言っている、エルド」



 レジーナはエルドの分厚い胸板をドンと叩くと、



「言っただろう、お前は我が団の稼ぎ頭なんだと。他の傭兵団にスカウトされないように、今のうちから飴を大量に与えておかないとな?」


「あーそういうこと」



 エルドは納得してしまった。納得できてしまう自分が嫌だ。


 傭兵は金の為に戦う兵士であり、傭兵団は優秀な兵士を誰だってほしがる。より多くの金銭を支払ってくれる団体に傭兵は所属したいし、優秀な傭兵はどれほど金がかかっても味方に引き入れたいのが傭兵団の思惑だ。

 レジーナは、エルドが他の傭兵団に高い金で引き抜かれるのを恐れているのだ。まあ戦場に投下すれば高い金銭を稼いで帰ってくる傭兵なら、どこの傭兵団だってほしいものだ。


 団長の思惑を理解してしまったエルドは、



「心配しないでも、俺はこの傭兵団が居心地いいからな。いくら積まれたって戦争が終わるまでは抜けねえよ」


「いや、分からんぞ」


「何でだよ」



 即座に否定してきたレジーナにそう返せば、彼女は「知らんのか」と鼻を鳴らす。



「奪還作戦には女性主体の傭兵団『戦乙女の花園』も参加するらしい。お前好みの胸が大きな女性もたくさんいるところだな?」


「え、マジで? お近づきになれるかな」


「ほら見ろ、これだから」



 レジーナはやれやれと肩を竦めた。


 だって、男なら誰だって女性主体の傭兵団からスカウトされるのは憧れるだろう。右を見ても左を見てもむさ苦しい男だらけというのが傭兵団の間では常識なので、華のある女性主体の傭兵団に引き抜かれればハーレムは確定だ。

 その『戦乙女の花園』という傭兵団から引き抜きの要請があれば、もしかしたらエルドは引き受けてしまうかもしれない。下心満載である。


 すると、ユーバ・アインスが「【拒否】エルドは渡さない」とエルドの襟首をむんずと掴んできた。



「【拒否】エルドは戦争の終了時まで『黎明の咆哮』に当機と共に在籍する。これは決定事項だ異論は認めない」


「イダダダダダ何で襟首を掴むんだよいいだろ別に女の子とお喋りしたってぇ!!」


「【代案】それではこうしよう」



 エルドの襟首を解放したユーバ・アインスは、



「【展開】声紋模倣ボイスチェンジ。【選択】Type-1258-aRt」



 何かをいきなり選択し始めた。


 こんな拠点の真ん中で兵装を展開するとは何事だと思えば、ユーバ・アインスは銀灰色の双眸を瞬かせて口を開く。

 そこから紡がれたのは、聞き覚えのある平坦な男性の声ではない。もっと甲高く、もっと甘えたような雰囲気の声だ。



「えるど、一緒にれーめーのほーこーでお仕事しよっ☆」



 お前、そんな性格じゃねえだろ。



「えるど?」


「いや、ちょ、待って待って、うん」



 エルドはそっとユーバ・アインスから視線を逸らし、



「あー、その、アインス」


「なんだっ☆」


「ちょっと1回だけでいいから『お兄ちゃん』って呼んでくれねえ?」


「いいぞっ☆」



 ユーバ・アインスはそっとエルドの耳元に顔を寄せると、



「おにーちゃん☆☆」


「姉御、俺『黎明の咆哮』に残るわ。『戦乙女の花園』とか知らねえ」


「エルド、お前はそれでいいのか逆に」



 よく考えれば、スカウトを受けるのはエルドのみの話になるし、そうなったらユーバ・アインスの秘匿任務に協力できなくなってしまう。「協力する」と言った手前、裏切るのはエルドの性格が許さない。

 何かレジーナの可哀想なものでも見るような視線が気になるが、本当のところがバレなければ多少の汚名ぐらいどうってことはないのだ。エルド・マルティーニという男はそういう傭兵なのだから。


 爽やかな笑顔で『黎明の咆哮』に残ることを宣言するエルドに、レジーナは「まあそれならそれでいいが……」などと返すのだった。

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