【第4話】
「明日からまた仕事だ。今日のところは哨戒任務を免除してやるから、ユーバ・アインスともども早く寝ろ」
団長のレジーナ・コレットに命じられて、エルドとユーバ・アインスは自分たちの四輪車で仮眠を取ることになった。
仮説のテントもあるのだが、そちらは基本的に『黎明の咆哮』で預かっている子供たちが使うことになっている。他にも料理番などの非戦闘員がテントを使い、稼ぎ頭である戦闘要員は哨戒任務に当たるか四輪車で寝ることが暗黙の了解になっているのだ。
まあ誰かと一緒に雑魚寝をするより、四輪車という狭い空間で寝た方が安心できる。四輪車はドクター・メルトが手ずから作ったものなので、多少の攻撃なら耐えられるほど頑丈な設計になっている。
欠伸をしながらエルドは戦闘外装を外し、後部座席に放り込む。
「【提案】エルド、当機は四輪車の外で哨戒任務に当たる」
「あ? テメェも寝とけよ。いくらレガリアって言っても、起きてる限りは魔力を消費するだろ」
敵国であるリーヴェ帝国が開発した自立型魔導兵器『レガリア』は、魔力を消費して動く強力な兵器だ。そのうち最優にして最強と謳われるユーバシリーズが初号機が、目の前にいる全身真っ白な男のユーバ・アインスである。
最優にして最強と呼び声も高いユーバ・シリーズでも、魔力を消費して動くという機能は他のレガリアと変わらない。睡眠状態に入れば魔力の消費も抑えられるのでいいことはあるだろう。
ユーバ・アインスは「【肯定】確かにそうだ」と頷き、
「【補足】当機は睡眠状態にならずとも240時間は活動が可能だ。【結論】当機に休眠は必要ない」
「いいから寝ろ。無駄に魔力を消費すると姉御に怒られるぞ」
エルドは四輪車の椅子の背もたれを倒し、簡易的なベッドにしたところで身体を横たえる。四輪車が全体的に軋んだ。
今日は怒涛の1日だった。
朝から見回りの仕事で叩き起こされて、ユーバ・アインスを廃教会で拾い、それから押し寄せてくる大量のレガリアから逃げて、戦場に置いてきたユーバ・アインスを連れ戻して――色々とありすぎて疲れた。疲労感が半端ではない。
遠くの方で聞こえる喧騒に耳を傾けながら、エルドは瞳を閉じた。
「…………」
遅れて、バタンと四輪車の扉が閉じる音を聞いた。
薄目を開ければ、助手席に白い人間が乗り込んでいる。
じっと銀灰色の双眸がエルドの顔を見下ろしており、それから体温の感じられない冷たい指先で頬を撫でてくる。寝ているエルドがそれほど珍しいのか。
「何だよ」
「【回答】眠るということが珍しい」
ユーバ・アインスはパッとエルドの頬から手を離すと、
「【補足】リーヴェ帝国に所属していた際は、休眠状態になることがなかった。魔力の充填は起動中でも問題なく行えるし、当機が
「そうかい」
周囲に魔導兵器しかいなければ、確かに休眠状態に移行することの方が稀だろう。充填された魔力が尽きない限り、レガリアが倒れることはない。
特に最優にして最強との呼び声が高いユーバシリーズは、作戦行動中でも空気中から魔素を取り込んで魔力に変換することが可能だ。魔力の消費を抑える為に休眠状態へ移行することより、1人でも多くの敵兵を討ち取った方が効率がいいはずだ。
エルドは、彼らの気持ちが理解できない。元より生きている世界が違うのだ、眠らずに行動するなんて馬鹿げた芸当は身体構造上で不可能な話である。
「眠れねえなら目でも閉じてろ」
「【否定】休眠状態にはすぐに移行できる」
「なら寝ろよ、俺は寝るぞ」
「【回答】そうか」
ユーバ・アインスは眠るエルドに視線をやり、
「【挨拶】おやすみ、エルド。良い夢を」
「……テメェでも、そんな言葉は知っているんだな」
「【回答】当機にも挨拶の言語登録はされている」
「そうかい」
疲れもあってか、エルドはそのままずぶずぶと眠りの世界に落ちていった。
おかしなものだ、隣にいるのはリーヴェ帝国で敵兵だったはずのレガリアだ。戦闘外装も外してしまい、殺してくださいと言わんばかりに無防備な姿を見せている。普段のエルドだったら絶対にあり得ない行動だ。
ただ、何故かユーバ・アインスの隣は安心できた。これも非常に高い防御力を誇るレガリアの隣だからだろうか。
彼の抱える秘匿任務を一緒に背負ったからか、ユーバ・アインスを警戒する意識がすでにどこかへ消えてしまっていた。
☆
――【報告】残存魔力97.85%です。活動限界まであと238時間43分58秒。
頭の中に平坦な声が響く。
搭載された人工知能が導き出した残存魔力と、活動限界までの時間だ。まだまだ活動限界まで休眠状態には移行する必要はないが、不思議とこれ以上の活動はしなくていいだろうと自分自身の行動に結論を与えることが出来た。
その原因は、隣で眠る男だろう。彼が「寝ろ」と言ったから、ユーバ・アインスも眠ることにしたのだ。
――【報告】思考回路に僅かな誤差を発見。【推奨】思考回路の安定化を図る為に削除。
(【拒否】その誤差を記憶回路に格納。以降、誤差は全て同箇所に格納すること)
――【了解】設定を更新します。
思考回路に誤差が生じるとは思わなかった。
おそらく、エルド・マルティーニという男に出会ったことが影響しているのだろう。最初こそ警戒されていたが、いつのまにか警戒心は解かれて無防備に寝顔を晒すまでとなった。警戒心を解くまで早すぎると判断したものだが、ユーバ・アインスが背負っていた秘匿任務の内容を明かして一緒に背負ってもらったことが原因か。
誤差発生の要因も、秘匿任務を明かしてからだ。こんな誤差などリーヴェ帝国に所属している時は発生しなかったものである。弟妹機に出会った時、何と言われるか分かったものではない。
ユーバ・アインスは、隣で仰向けになって眠るエルドを見下ろす。
「…………」
呼吸は問題ない、心臓の鼓動も正常。
死んだようにピクリとも動かないが、分厚い胸板は上下しているのでちゃんと眠っている。心配することは何もない。
ユーバ・アインスはエルドの燻んだ色合いの金髪を指で梳くと、
「【感謝】ありがとう、エルド」
秘匿任務を一緒に背負ってくれて、ありがとう。
ユーバ・アインスだけでは、絶対に不可能だった。相手は一緒に開発され、リーヴェ帝国に役立つよう命じられた兄妹なのだから。
敵に寝返ったとはいえ、ユーバ・アインスが彼らに抱く情報は変わらない。好ましい弟妹機、弟と妹たちなのだ。撃破することなど、ユーバ・アインスには出来ない。
でも、エルドと一緒ならば可能になる。どれほど茨の道であっても、彼も一緒であれば不可能ではない。
「…………」
ユーバ・アインスは、眠るエルドの左手を取る。
温かい、ユーバ・アインスにはないものだ。
所詮は作り物でしかないユーバ・アインスに、人間のような体温は備え付けられていない。備わっているのは多少の非戦闘用兵装と、戦闘時に使われる通常戦闘用の兵装ぐらいのものだ。未知なる相手と対峙する訳ではないので、特殊戦闘用の兵装は除外とする。
非戦闘用兵装に寒さを緩和させる兵装があったが、あれでは人肌まで温めることは出来ない。いいところカイロだろう。
「うぅ、ん」
「ッ」
身動ぎしたエルドに驚いて、ユーバ・アインスは慌てて手を離してしまった。
エルドが起きる気配はなく、左手でボリボリと軽鎧の上から胸元を掻いて終わった。
起きたら何を言われるだろうか。手を乱暴に振り払われて「何してんだ」と怒鳴られるだろうか? それとも「手を握らなきゃ寝れねえのか」と揶揄われるだろうか?
揶揄われるならまだしも、怒鳴られるのは少し嫌だ。思考回路にまた嫌な誤差が生まれてしまう。
「【要求】休眠状態へ移行する。【設定】エルドの起床言語で覚醒、非戦闘モードへ起動するように」
――【了解】設定を更新します。【挨拶】おやすみなさい、アインス。良い夢を。
皮肉なものだ、レガリアは夢など見ないのに。
それでも、不思議と悪い気はしなかった。これもエルドと出会ったからか。
エルドがした時と同じように椅子の背もたれを倒し、彼の隣に横たわる。瞳を閉じればゆっくりと意識が遠ざかっていき、やがて休眠状態へと移行が完了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます