【第2話】

「念の為にドクター・メルトの診断を受けておけ。あれだけのレガリアを相手にしたんだ、どこか具合が悪くなっていてもおかしくない」



 とりあえずユーバ・アインスの入団は認められ、団長のレジーナはドクター・メルトのテントを訪れるように指示してくる。


 四輪車の後部座席から戦闘用外装を引っ張り出し、エルドはため息を吐きながら装着する。確かに大量の自立型魔導兵器『レガリア』と戦闘したが、目立った傷跡はないのでドクター・メルトの診断を受けるような心配はない。

 心配はないのだが、いざという時に戦えなくなるのが面倒だ。それで命を失っては元も子もない。団長のレジーナの言うことを素直に従っておいた方がいいだろう。


 そんなエルドの態度を見てユーバ・アインスは何を思ったのか、エルドの改造に改造を重ねられて膨れた右手に自分の指を這わせた。



「オイ、何してんだテメェ」


「【提案】エルドの改造部分の調整は当機が担おう」


「はあ? 何でまた急に」


「【回答】ドクター・メルトの診察を受けることが嫌そうだと判断したからだ。【疑問】改造人間にとって、診察を受けることは嫌なことなのか?」



 無表情のまま首を傾げるユーバ・アインス。自立型魔導兵器『レガリア』なので表情の変化はないが、おそらくあれはキョトンとした表情なのだろう。



「別に嫌じゃねェよ」


「【疑問】では何故?」


「単に面倒だから」



 ドクター・メルトの診断は寝ていれば終わる楽なものだが、そのあとの指示が面倒なことこの上ないのだ。やれ「部品の手入れはしっかりしろ」だの「細かい部分はきちんと洗浄しろ」だの小言が続くのだ。

 ただでさえ眠たくて疲れているのに、そこまで指示という名の小言を受けたくない。というか全て右から左に受け流してしまうので、エルドの中には何も残っていないのだ。


 まあ戦えなくなるのは嫌なので、きちんと診断は受けるのだが。改造人間にとって魔導調律師の診断は健康診断のようなものだ。



「まあいいや、とりあえず行くぞ。テメェも診断を受けろって言われてんだから」


「【了解】その命令を受諾する」


「…………思ったんだけど、その喋り方はどうにか出来ねェのか?」


「【否定】当機の口調はこのように設定されている。エルドの要求でも変えることは不可能だ」


「へいへい、そうですかィ。言ってみただけだよコンチクショウ」



 まあ表情すら変わらない杓子定規のような性格のレガリアに、口調を変えろと言っても無理がある。ユーバ・アインスの喋り方はこれで個性的なのだ、個性を奪っては可哀想だろう。

 ――そんなことを思う程度には、エルドもユーバ・アインスの喋り方を受け入れているのだった。おそらく彼には気づいていないのだろうが。


 ドクター・メルトの絶叫が短くて済みますように、とエルドは心の中で願いながら傭兵団唯一の魔導調律師の元へ足を運ぶのだった。



 ☆



 案の定、怒られた。



「エルドちゃーん!!」



 機械に改造された両腕をガシャガシャと鳴らす緑色の髪を持った幼児体型――メルト・オナーズは頬を膨らませてエルドに対する怒りを爆発させた。


 彼女が怒っているのは当然、エルドが戦闘用外装である右腕の部分を大切に扱わなかったことが原因だ。目立ってはいないが細かい傷が刻まれて、部品も油に塗れて汚くなってしまっている。

 診察台に寝かされた右腕の部分を一瞥して、エルドは「悪い悪い」と軽い調子で謝った。頑丈なので雑に扱ってもいいかと思っていたのだが、魔導調律師から見れば言語道断らしい。



「何でもっと大切に扱わないんですかぁ!! これだといつか壊れちゃいますよぅ!!」


「そりゃいい、いっそ壊してもっと性能のいい腕を作ってくれ。出来ればこの痩せ細った右腕も切り落としてもらえると助かるんだけどな」


「それは出来ませんよぅ!! エルドちゃんの大切な右腕の部分じゃないですかぁ!!」



 ドクター・メルトはプリプリと怒りながら、右腕の細かな汚れや傷を修復していく。身体に見合わない改造を施された両腕が分解され、様々な部品が飛び出してくる繊細な作りの改造部分は見ていて飽きない。


 この腕はメルトが作成したもので、右腕を切り落として改造する一般的な手法ではなく、外側から取り付けるような形の改造を施したのだ。彼女がエルドの右腕を切り落とすことを拒否したのである。

 エルドは別に気にしないし、痩せ細った右腕の代わりに別の腕がつけば万々歳だ。四輪車の運転もしやすくなるし、いいこと尽くめである。


 そこまで傷ついていなかったのか、ドクター・メルトは手早くエルドの右腕の調整を終えた。エルドは右腕の戦闘用外装を装着し、調子を確かめる。



「お、動きが良くなった」


「今度は自分でもお掃除ぐらいはしてくださいよぅ!!」


「そうなったら壊す自信があるぞ、俺は」


「もう!! エルドちゃんは大雑把なんですからぁ!!」



 ドクター・メルトはエルドの調整を終えて、彼の後ろで控えていたユーバ・アインスに琥珀色の双眸を向ける。



「さ、次はアインスちゃんですよぅ。しっかり調整してあげますからねぇ、ぐへへへへへ」


「【拒否】当機に調整の必要はない」


「な、何故ですかぁ!?」


「【回答】余計な改造をされそうだからだが」



 ユーバ・アインスはそっとエルドの背後に隠れると、



「【説明】当機には自動修復機構が備わっている。ドクター・メルト、貴殿の調整の手間はかけさせない」


「そ、そんなぁ。私、アインスちゃんの調整がしたくて寝ずに待ってたんですよぅ?」


「【拒否】申し訳ないが辞退させていただく」



 どうやら頑なにドクター・メルトの診断を受けたくないようだ。強情な奴である。


 エルドは深々とため息を吐き、自分を盾に使うユーバ・アインスへ視線をやった。

 銀灰色の双眸が少しだけ狼狽えたように瞬く。「お前も敵になるのか」と言わんばかりの態度だ。少し可愛いと思ってしまうが、そんな感情を頭の中から追い出す。


 調整を受けなければレジーナから何を言われるか分かったものではない。ここは大人しく受けておくのが身の為だ。



「アインス、ちゃんと受けておけ」


「【拒否】エルドが言っても嫌だ」


「おら、ちゃんと受けろって」



 右手の兵装を使ってユーバ・アインスを椅子に座らせ、エルドは小さな子供をあやすように「怖くねェぞ」と笑いながら言う。恨みがましそうな視線を寄越されたが知ったことではない。



「うぇへへへへ、ぐへへへはへ。こ、これでユーバシリーズの、天下最強と名高いレガリアの研究が出来るえへへへへ」


「おっとドクター・メルト、テメェに許されるのはアインスの視診だけだ。触ったら暴れるからな」


「エルドちゃん!?」



 驚愕に瞳を見開いてこちらを見上げてくるドクター・メルトに、エルドは「当然だろ」と言う。



「コイツを拾ってきた責任は俺が取るって言ったんだ、もし戦場でまともに戦えなくなったら俺が姉御に怒られるだろ」


「そ、そんな、せめて足一本……指一本でもいいので触らせてもらえませんか……? ねえ、エルドちゃぁん……」


「ダメだドクター、視診だけだ」



 触ることを許してしまえば、ユーバ・アインスに一体どんな余計な機能をつけられるか分からない。記憶まで改竄されてしまう恐れがある。

 それは困るのだ。ユーバ・アインスはリーヴェ帝国を壊滅させるという秘匿任務がある。エルドはその秘匿任務を利用する形でユーバ・アインスを傭兵団『黎明の咆哮』に引き入れたのだ。


 その秘匿任務を知られてはダメだ、ユーバ・アインスもそれを望まない。



「ええー……」


「じゃあ帰るか。俺の診断は終わったし、アインスは自動修復機構が備わってるから魔導調律師いらずだな。いやードクターの仕事が減ってよかったよかった」


「わ、分かりましたよぅ!! 診るだけ、診るだけ……」



 非常に不満げだったが、ドクター・メルトはユーバ・アインスの視診だけという条件を素直に飲んだ。これで余計な改造を施されずに済む。

 密かに安堵の息を吐くエルドの腹に、椅子に座ったユーバ・アインスが後頭部を擦り付けてきた。正面を向いてユーバ・アインスの観察に熱心なドクター・メルトには気づかない素振りで、ユーバ・アインスはエルドに縋り付いてきた。


 視診とはいえ、自分自身が体験したことのないことなのだ。得体の知れない恐怖はある。それは、この意外と感情豊かなレガリアもそうなのだろうか。



「大丈夫だ、アインス。怖いことは何もねェから」



 小声でユーバ・アインスにそう言って、エルドは彼の白色の髪を左手で撫でた。

 手のひらから伝わってきた彼の髪の毛は、意外とサラサラで触り心地がいい。人の手で作られた人形とは思えない手触りの良さだ。


 それからたっぷりと10分以上も観察され、そろそろ痺れを切らしたエルドがドクター・メルトに強制終了を告げるまでユーバ・アインスがエルドから離れることはなかった。

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