第2章:驕れる兵器に叛逆を

【第1話】

 修理が終わったばかりの四輪車を走らせ、エルドはだだっ広い荒野を進んでいく。


 音声機器は通用しない。通話範囲に音声機器を持つ人物がいないので使うつもりは毛頭ない。

 そもそもエルドには隣の助手席に座る頭の先から爪先まで真っ白な男がいるので、道案内の必要はないのだ。彼が存在する限り、エルドが道に迷って永遠に傭兵団『黎明の咆哮』とお別れする羽目にはならない。



「【進言】この先10キロ地点に集団を確認。【補足】改造部分の魔力反応から察するに、傭兵団『黎明の咆哮』で間違いはない」


「お、意外と早めに追いついたな」



 ハンドルを握りながら、エルドは軽い口調で言う。



「他に反応は?」


「【報告】レガリア等の反応はない」



 エルドの質問に淡々と応じる純白の男は、実は生きている人間ではない。かと言って、エルドのように戦うべく改造を施した改造人間でもない。

 自立型魔導兵器『レガリア』――そのうちで現在でも最強の名を冠するユーバシリーズの初号機であるユーバ・アインスだ。つまり魔導兵器であり、彼の内側に詰まっているのは肉の塊ではなく歯車や複雑な回路などの機械部品である。


 ユーバ・アインスは銀灰色ぎんかいしょくの双眸を夜の闇に支配された世界に投げ、



「【質問】団長に対する言い訳は考えてあるのか?」


「ンなもん考えてる訳ねえだろ。俺はそこまで頭がいい訳じゃねェしな」



 エルドも自分自身の馬鹿さ加減は知っている。

 団長であるレジーナの制止を振り切って、大量のレガリアが侵攻を開始したユーノへ戻ったのだ。ユーバ・アインスを助ける為とはいえ、命懸けだったことは理解できる。


 昔馴染みであるレジーナを心配させるようなことをした挙句、置いてきたはずのユーバ・アインスを引き連れて戻ってきたら説教どころでは済まない。



「まあ、それでも謝るんだよ」



 速度を一定に保ちながら、エルドは言う。



「姉御に余計な心配をかけさせたのは悪かったからな。姉御も姉御で、好き勝手した馬鹿野郎のことなんざ放っておけばいいってのによ。どうせどこぞで野垂れ死ぬしかねえんだから」


「【否定】貴殿は死なせない」



 夜の帳が降りた荒野を静かに眺めていたユーバ・アインスが、運転中のエルドへ銀灰色の瞳を向けて言う。その平坦にも聞こえる彼の声は、どこか感情が篭っているようにさえ思えた。



「【宣言】当機が貴殿を守る。絶対に貴殿を戦場で死なせることはない」


「はいはい、そうだったわテメェがいたわな」



 ユーバ・アインスがいる限り、エルドが死ぬような要素はないはずだ。感情のない自立型魔導兵器『レガリア』のくせに、妙に人間臭い彼は絶対にエルドの側から離れないだろう。

 相棒というより監視役を得た気分だ。何というか、ユーバ・アインスはエルドに執着している気がする。


 ハンドルを握るエルドは「お」と前方で炎の明るさを確認した。白銀の星々が浮かぶ紺碧の夜空を掻き消す勢いで、煌々とした明るさを見つける。



「あそこか」


「【肯定】あの場所が『黎明の咆哮』の待機場所だ」


「ご苦労だったな、案内役」


「【回答】褒めても何も出ない」



 傭兵団『黎明の咆哮』の仮拠点が判明すれば、あとは追いつけばいいだけの話だ。目標はすぐそこである。


 エルドは傭兵団を率いる彼女に対する謝罪の言葉を考えながら、四輪車の速度を上げた。

 夜の闇が凄い速度で背後に流れていき、徐々に明るさが近づいていった。



 ☆



「歯ァ食い縛れ」



 傭兵団『黎明の咆哮』と合流を果たした瞬間、知的で美人なおねーさんこと団長のレジーナ・コレットから上段回し蹴りをお見舞いされた。

 しかも彼女の両足は改造が施された特別仕様である。鋼鉄の右足が華麗にエルドの側頭部を捉えたが、寸前で白い頑丈な盾に守られる。敵兵であるレガリアの首をもぐ勢いの上段回し蹴りを叩き込んでくるとは、彼女はエルドの首がどうなってもいいのか。


 レジーナの上段回し蹴りを白い盾で受け止めた衝撃が、エルドのくすんだ金髪を乱れさせる。「歯を食い縛れ」ではない、もうこれでは死ぬしかない。



「……お前、何のつもりだ?」


「【疑問】何のつもりだとは?」



 エルドをレジーナの上段回し蹴りから守ったのは、頭の先から爪先まで真っ白な最強のレガリア――ユーバ・アインスである。レジーナが大股で近づいてきた瞬間にあんな一言から上段回し蹴りを叩き込んだにも関わらず、ユーバ・アインスの速さには追いつけなかったらしい。

 レジーナが改造された右足を下ろしたところを確認してから、ユーバ・アインスはエルドを守るように展開された彼自身の兵装を解除する。どんな攻撃でも防ぎ切ると噂があったことを、エルドは密かに思い出していた。


 レジーナはユーバ・アインスを真っ向から睨みつけ、



「そこを退け。その馬鹿を蹴飛ばしてやる」


「【拒否】その命令は受諾できない」


「ならばお前ごと蹴飛ばしてやろうか」


「あ、姉御。あのー……そのー……ソイツにそんなことを言うのは命取りっていうかァ」



 ユーバ・アインスに対して喧嘩を売り始めるという命知らずな行動をし始めるレジーナに、エルドは「落ち着いて」と冷静になるよう要求した。


 しかし、レジーナは止まらない。エルドの馬鹿行動で心配していたのに、あっさり戻ってきたかと思えば敵兵であるユーバシリーズの初号機を連れているのだ。怒りたくもなる。

 ユーバ・アインスもユーバ・アインスで戦闘の気配を感知したのか、音もなく虚空から純白の盾を呼び出す。それを身体の正面で構えて戦闘準備は完了だ。


 額に青筋を浮かばせるレジーナは、



「いいだろう、お前の首を蹴り飛ばしてリーヴェ帝国に送り返してやる」



 彼女の改造された両足に青い光が灯され、戦闘用兵装が展開されたことを確認する。


 対するユーバ・アインスもまた売られた喧嘩は買う主義なのか、純白の盾を構えるのみだった。銀灰色の双眸でレジーナの攻撃を観察している様子である。

 エルドが何かを言うより先に、レジーナの強力な回し蹴りがユーバ・アインスの構える盾に叩きつけられた。さすが最強のレガリアと言われるだけあるのか、レジーナの高出力の蹴り攻撃を受けてもなお数歩退がるだけで済んだ。


 目にも止まらない速度の蹴りを受けても、ユーバ・アインスの構える純白の盾には傷1つない。それどころか、彼女はユーバ・アインスにとんでもないものを与えてしまったのだ。



「【構築】レジーナ・コレットの攻撃を兵装に変換」


 ――【報告】蹴りの速度・威力・魔力等の計算を完了。


 ――【構築】兵装『蹴撃風塵ストライカー』を展開します。



 ジジジ、とユーバ・アインスの右足に白い光が集まる。

 戦場で大量のレガリアを薙ぎ払った際に見たものと同じだ。エルドの拳を新たな兵装として組み込んだユーバ・アインスの攻撃を目の当たりにして、エルドはユーバシリーズを最強のレガリアであると確信したのだ。


 これはまずい、と馬鹿なエルドでも理解できる。相手は資材があれば直るレガリアではなく、改造されていても生きた人間なのだ。



「アインス、止めろ」


「【了解】その命令を受諾する」



 エルドの言葉に従って、ユーバ・アインスは展開中だった兵装を中断した。何事もなかったかのようにユーバ・アインスの右足から白い光が消え失せる。


 相手の攻撃に対する防御の姿勢を見せていたレジーナに、エルドは「悪かった」と頭を下げた。

 彼女に必要のない心配をかけてしまったのは事実だ。蹴られて殺されるのは嫌だが、そうされてもおかしくないことをしてしまったのは分かる。抱えた傭兵たちを大切に思う彼女だからこその愛の鞭とも言えよう。



「いらねえ心配をかけた、余計なものも抱えてきちまった。――でも」



 エルドの答えは、決まっていた。



「コイツをどうか、ウチに置いてくれ。責任は俺が取る」


「……………………はあー」



 深々とため息を吐いたレジーナは、



「勝手な行動は控えろ、エルド。お前はウチの傭兵団の稼ぎ頭だ、死なれては困る」


「簡単に死ぬようなタマじゃねえって知ってんだろ、姉御」



 どうやらユーバ・アインスは『黎明の咆哮』で受け入れる方向で確定のようだ。エルドはレジーナの寛大さに安堵の息を密かに漏らすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る