【第13話】

「あー、俺の四輪車が……」



 表面がベコベコに凹んでしまった愛用の四輪車を前に、エルドは膝をついて嘆いた。


 荒々しい運転でも壊れなかったのは不幸中の幸いと呼べるだろうが、これほど表面がベコベコに凹んでしまうと動くかどうかも怪しいところだ。特に四輪車の前方部分には大切な機材がたくさん詰め込まれているので、その部分がベコベコに凹んでいたらトドメを刺したようなものである。

 試しに起動してみるべきだろうか。動かなければ音声機器でドクター・メルトに連絡をすればいいのだが――いいや、この場合だと届くのだろうか。


 頭を抱えるエルドの肩をポンと叩いたのは、夜の闇にぼんやりと浮かぶ真っ白なレガリア――ユーバ・アインスである。



「【提案】当機が修理を担おう」


「あ? 出来るのかよ、テメェ」


「【肯定】当機の非戦闘用武装は多方面で充実している。任せてほしい」



 しっかりと頷いたユーバ・アインスは、おもむろに倒したばかりの量産型レガリアの元へ歩み寄る。

 何をするのかと思えば、ひしゃげた外装や量産型レガリアを構成していたであろう回路の数々をぶちぶちと容赦のない手つきで引っこ抜き、両手に抱え切れないほどの部品と共にエルドの四輪車へ近づいた。


 バラバラ、ガシャンガシャンと足元にレガリアの部品を散らしたユーバ・アインスは、銀灰色の双眸で凹んでしまった四輪車の前方部分を眺める。



「【展開】修繕修復リペア。【展開】【並列】資源変換リサイクル



 白い光が夜の闇を引き裂く。


 ユーバ・アインスの足元に散らばった部品の数々が白い光に包まれ、ひとりでにふわりと浮かび上がる。何が起きたのか理解できないが、目の前で起きていることは確かな現実だ。

 携帯食料や燻製肉をあーしてこーしてオムライスが出来上がった時と同じような、この世のものとは認識できない奇跡が再び起ころうとしていた。


 唖然とするエルドをよそに、ユーバ・アインスはベコベコに凹んだ四輪車の前方部分の蓋を開ける。ツイと指先を空中に滑らせて白い光に包まれた部品を、特に確認もせずに放り込んでいく。



「【完了】修繕が終わった」


「いや何でだよ!?」



 説明を面倒臭がる三文小説か、というぐらいの速さだった。驚きのあまり、エルドは夢でも見ているかのような気分に陥った。


 ユーバ・アインスは確かにちゃんと仕事をしてくれた。

 四輪車は傷跡1つ見当たらないほど完璧に修繕が終わり、ベコベコに凹んでいた部分も綺麗に直っている。試しに四輪車を起動させてみたら、問題なく動力炉も動いた。



「テメェ、やっぱり優秀なんだな」


「【感謝】そう言われると直した甲斐がある」



 エルドは後部座席に戦闘用外装を放り入れ、運転席に乗り込んだ。扉の部分も直してくれたので、正直ありがたい。千切れた状態だったらこの四輪車を組み上げたドクター・メルトに死ぬほど怒られるところだった。


 四輪車を発進させようとするエルドだが、いつまで経ってもユーバ・アインスが四輪車に乗り込んでこない。彼は夜の闇に支配されたユーノの街に突っ立っていた。

 もう量産型レガリアの脅威は去ったはずだ。それなのに、まだユーノにいるつもりなのだろうか。



「オウ、乗れよ」


「【逡巡】しかし」


「テメェはウチの傭兵団のモンだ。俺は同業者を迎えにきただけ、そうだろ」


「…………」



 戸惑いという人間らしい側面を見せるユーバ・アインスに、エルドは言う。



「テメェはウチの傭兵団の1人なんだから、そろそろ何を抱えてるのか話せ。姉御には黙っておいてやるから」


「…………【承諾】分かった」



 静かに頷いたユーバ・アインスは、四輪車の助手席に乗り込んで重たい口を開き始めた。



 ☆



「――なァるほどな、テメェを作った親御さんの頼みじゃなァ」



 ユーバ・アインスの口から語られたのは、とある男の願いだった。


 男は祖国の為を思って自立型魔導兵器『レガリア』を開発し、平和な世界を願って最強と謳われる『ユーバシリーズ』をこの世に生み出した。設計・開発まで男が1人で担い、生み出された7人のレガリアはそれぞれ男の自慢できる子供たちだった。

 その子供たちを、男の祖国は戦争の道具として扱った。戦場で誰よりも成果を上げて、祖国の勝利に貢献することを良しとした。


 男は、自分が手塩にかけて開発した子供たちが人殺しの道具に落ちていくのを耐えられなかった。そして、自分が何千人という死者を生み出す最悪の兵器を作り出したことに気づいてしまったのだ。



「【疑問】製作者たる彼は何も悪くないはずなのに、どうして死を選んでしまったのだろうか」


「世の中がそうさせたんじゃねェかな」



 エルドは夜の闇に沈む世界を眺め、



「アルヴェル王国とリーヴェ帝国は長年の敵同士だ、どう足掻いても仲良くなんてなれねえんだよ。生み出されるものは何だって戦争に投入されて、それから虚しく使い潰される運命だ」



 そしておそらく、改造人間となったエルドもそのうち居場所をなくすだろう。

 戦争用に改造を施された右腕では、まともに日常生活すら送れない。ユーバ・アインスのように奇跡を起こす力もない。平和になった世界では、エルドのような改造人間の居場所などなくなる。


 自立型魔導兵器『レガリア』はまだマシだ。彼らは少なくとも人間らしい姿形を保っている、人間社会を学んでいけばちゃんと生活できるはずだ。



「【宣告】当機は製作者の願い通り、秘匿任務を続投する」


「ッてーと、リーヴェ帝国を壊滅させるってアレか?」


「【肯定】当然だ」



 ユーバ・アインスは銀灰色の双眸で後方に流れていく夜の世界を見ながら、



「【感謝】だから、当機をアルヴェル王国側で受け入れてくれるのはありがたい」


「オウ、じゃあもっとありがたいことを言ってやろうか」



 エルドはハンドルを回しながら、



「その秘匿任務、俺も協力しよう」


「【驚愕】何だと」


「だって目的は同じだろ」



 ユーバ・アインスの秘匿任務は、リーヴェ帝国へ忠誠を誓った他の弟妹機の撃破とリーヴェ帝国の壊滅だ。それはアルヴェル王国側に属する傭兵団『黎明の咆哮』にとっても利益になる。

 アルヴェル王国がリーヴェ帝国に打ち勝つことが出来れば、きっととんでもない報奨金が望めるはずだ。そこの部分は団長のレジーナに任せよう、彼女なら上手く交渉してくれる。


 運転するエルドの横顔を見つめるユーバ・アインスは、



「【質問】本当か?」


「おうよ」


「【質問】【再度】本当に本当か?」


「何で同じことを聞いてくるんだよ」


「【回答】当機はずっと1人で、任務を遂行していた。1人が当たり前だった。弟妹機も、1人で何とかなるように設計されていたから」



 ユーバ・アインスは「【納得】そうか」と呟き、



「【発見】当機は、ずっと1人は嫌だったのか」



 驚いたものである。

 自立型魔導兵器『レガリア』に感情はないはずなのに、ユーバ・アインスは極めて人間らしい。「1人が嫌だ」なんて答えに辿り着くのか。


 驚きのあまりハンドルを握る手がブレるエルドに、ユーバ・アインスが横から手を伸ばして運転を補助してくれる。



「【要求】ならばエルド、貴殿は当機の側にいてほしい」


「お、おお……?」


「【提案】その代わりに、当機は貴殿の戦闘面・日常面・その他あらゆる面で補佐を担当しよう」


「あー、うん。何かもういいわ、うん」



 何故か色々と誤解が生まれそうな言葉の数々だが、まあ仕方がない。ユーバ・アインスは見た目通りに生真面目な奴なのだから、そういう風に言ったつもりは毛頭ないのだろう。

 ユーバ・アインスは非常に優秀な機体だ。団長のレジーナも文句はないだろう。もし文句を言うようなら黙らせるまでだ。


 ハンドルを切るエルドは、横から飛んできたユーバ・アインスの「【質問】」という言葉に反応する。



「ンだよ」


「これはどこに向かっている?」


「姉御たちのところだけど」


「【補足】団長殿の位置は逆方向だが」


「…………」


「【疑問】やはり貴殿は方向音痴か?」


「うるせえッ!!」



 ハンドルを思い切り回し、車内に遠心力がかかる。ぐるん、と180度回転した四輪車の動力炉を切り替えてエルドは先程まで進んでいた方向とは逆の道を突き進む。

 うん、こういう場面でも彼は非常に役立つ。広範囲の索敵技能はどう頑張ってもエルドたち改造人間には真似できないのだから。


 ――ただ自分が方向音痴だという事実が証明され、エルドはちょっと納得できなかった。

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