【第10話】

 荷物を自分の四輪車に積み込んだエルドは、夜の闇の中にぼんやりと浮かぶ白いレガリアに視線を投げる。



「おい」


「【応答】何だ?」


「本当に残るつもりか?」


「【肯定】当然だ」



 月明かりを全身に浴びて闇の中に浮かび上がる真っ白なレガリア――ユーバ・アインスはわざわざ首を縦に振って肯定を示した。



「【不要】当機の心配はいらない」


「いや心配じゃなくてだな」


「【疑問】貴殿が思うような懸念事項はないはずだが?」



 あくまでユーバ・アインスは、善意でこの場に残ることを提案した。

 絶対の守りを持つ真っ白な自立型魔導兵器の存在は、ユーノを目指して進軍する量産型レガリアにとって脅威となるだろう。昼間は一瞬で三機も倒してしまったのだ、大量に増えたところで誤差の範囲か。


 不思議そうに首を傾げるユーバ・アインスに、エルドは「そうじゃねェ」と言う。



「テメェにとっても、俺らの存在なんぞ今日出会ったばかりの元敵兵に過ぎねえだろ。いくら何でも俺らの逃走の手助けで命を張るような真似は」


「【否定】当機にとって、少なくとも貴殿の存在はそんな軽いものではない」


「あ? 何でだよ」



 ユーバ・アインスが傭兵団『黎明の咆哮』を庇う必要はどこにもないし、またエルドもユーバ・アインスを匿う必要性もない。ユーバ・アインスは『黎明の咆哮』を見捨ててもいいし、エルドたちも自分の食い扶持を稼ぐ為にユーバ・アインスの申し出を無視して残ってもいい。

 どちらにせよ、互いに「勝手にしろ」の言葉が似合うのだ。助ける義理もなければ守る義理もない、そういう関係性だろう。


 ユーバ・アインスは銀灰色ぎんかいしょくの双眸でエルドを見据え、



「【回答】エルド・マルティーニ、貴殿は当機を起動してくれた。任務半ばでたおれるはずだった当機を修理し、貴殿が当機を再び戦場に立たせてくれた。それだけで、当機は貴殿の逃走を助ける理由となる」



 平坦な声で告げるユーバ・アインスは、



「【感謝】エルド・マルティーニ、貴殿に出会えてよかった。貴殿に、起動してもらえてよかった」



 口の端を持ち上げて、笑ったのだ。

 人形のように表情を崩さなかったはずのユーバ・アインスが、ほんの少しだけエルドに微笑んだのだ。


 エルドは何も言えなかった。彼は頑固すぎる、もう何を言ったって通用しない。多分エルドが「ついてこい」と言っても、彼はここに残るだろう。



「そうかよ」



 戦闘用外装を装着したままの状態では四輪車を運転することが出来ないので、運転用の兵装に切り替えて運転席に乗り込む。

 傭兵団が使っている四輪車は、魔力駆動のものだ。充填された魔力を消費して走る四輪車で環境にも優しく、余計な燃料も必要ではないし、ドクター・メルトが開発したものなので凸凹の道でも余裕で走れる優れものだ。


 四輪車を起動させ、エルドは窓の向こう側に立つ真っ白なレガリアに告げる。



「あばよ、ユーバ・アインス」


「【挨拶】さようなら、エルド・マルティーニ。武運を祈る」



 ひらりと手を振って、エルドは四輪車を発進させた。


 後方を確認する為の鏡を使えば、白いレガリアが廃墟となったユーノに取り残されたまま徐々に距離が開いていく。

 ユーバ・アインスはしばらくエルドが乗る四輪車を眺めていた様子だが、そっと視線を外して背を向けた。もう用事は済んだとばかりの反応だった。



「…………クソが」



 ハンドルを握りながら、エルドは吐き捨てる。


 今日出会ったばかりの、元敵兵。便利な機能を搭載した真っ白いレガリア。

 見捨てても問題はない。彼は彼の問題がある、頑なに口を割らなかったのだから協力してやる義理なんてない。


 ない、はずなのに。



「何でこうも、アイツのことが気になりやがるんだ……!!」



 後ろ髪を引かれつつも、エルドは迷いを振り切るように四輪車の速度を上げた。



 ☆



 夜の世界を、四輪車の集団が一斉に移動し始めていた。


 先頭の四輪車が掲げるのは、傭兵団『黎明の咆哮』の旗である。紺色に染められた布地に金の刺繍糸で朝日に向かって吠える狼の姿が描かれている。

 夜の風に棚引くそれは自分たちの居場所を知らせているようなものだが、何故か不思議と敵兵は彼らに気づいた様子を見せない。おかしなものだ。



『なあ、本当にあいつを1人だけ残してよかったのか?』


『随分と自分の腕に自信があるような言い方だったけど、本当に一般人かよ』


『エルド、知ってんだろ?』


『お前の側にいたんだから』



 四輪車に取り付けられた音声機器が、他の車両に乗る仲間たちの声を伝達する。これもドクター・メルトが開発した魔導具で、離れた場所にいる特定の相手と会話が出来る優れものだった。

 そこから流れてくる仲間たちの冷やかしにも似た声に苛立つエルドは、ハンドルを握りながら受話器に左手を伸ばす。


 無造作に引っ掛けられた受話器を口元に当てて、エルドは息を吸い込んだ。



「うるっっっっっせえ、バーロー!!」



 出せる限りの声を叩きつければ、あちこちの車両から「ぎゃー!!」「耳がーッ!!」という悲鳴が上がる。ざまあみろ。


 エルドだって不本意だったのだ、彼を置いていくのは。

 いいや、表面上は賛成である。エルドには何の関係もないし、出来れば関わりたくない案件だ。ユーバ・アインスを置いていけば命が助かるなら見捨ててやる所存である。


 なのに、何故か脳裏から彼の微笑んだ表情が離れない。



「クソ……クソが、何でだよ……」



 どうしてこうも、彼のことを放っておけないのだろうか。


 何かとてつもなく大きくて面倒な事情を抱えているのに、それを1人で背負う真っ白なレガリア。事情さえ話してくれれば、まあ多少は協力してやろうと考えたつもりなのに。

 元敵兵で、最強にして最優と名高い魔導兵器だ。捨て置くことだって簡単なのに、どうしてこうも頭の中から彼の存在が消えてくれない。


 やはり、あのオムライスが原因か。ユーバ・アインスは何か毒を盛ったのだろうか。



「俺には関係ない、関係ねえんだ。――だって、アイツが」



 ユーバ・アインスは「助けてほしい」とさえ言わなかったのだから。



「助ける義理なんてない」



 自分に言い聞かせるように、エルドは何度も繰り返す。


 助ける義理なんてない、あの真っ白いレガリアは捨て置くべきだ。

 それなのに、脳裏をよぎるのは夜の闇に浮かぶ真っ白なレガリアの姿だけだ。どうせなら綺麗なおねーちゃんの姿でも想像したいのだが、どうしても彼の姿が焼き付いて離れない。



 ――【感謝】エルド・マルティーニ、貴殿に出会えてよかった。貴殿に、起動してもらえてよかった。



 耳にこびりついた、あの穏やかで平坦な声が懐かしい。



「ああクソが!!」



 エルドは先頭車両に乗るレジーナにダイヤルを合わせると、受話器に苛立ち塗れの声を叩きつけた。



「姉御、俺やっぱり戻るわ!!」


『エルド!? お前は何を言って』


「放っておけねえんだよ!!」



 最初に出会ったのは廃教会。

 明らかに手遅れな状態だったのに、魔力を充填したら回復して目が覚めた。機械のような口調で淡々と話す彼を鬱陶しく思い、警戒心を解くことはなかったけれど、やはりどこか居心地が良かったのだ。


 誰かと一緒に肩を並べることなんて、エルドにとっては初めてのことだったから。



「姉御、俺が死んだら墓前には美味いオムライスでも供えておいてくれや!!」


『待て、エルド。お前に死なれたら――――!!』



 レジーナの制止を振り切り、エルドはぐるんとハンドルを思い切り回す。

 遠心力が働き、物凄い勢いで四輪車が180度回転した。進行方向とは真逆の方角を向くと、素早く動力炉の強さを切り替えて四輪車を発進させる。


 音声機器からレジーナの声が聞こえてきたが、強制的に通話を切断する。受話器を元の位置に引っ掛けると、エルドは夜の闇を睨みつけた。



「ふざけんなよ……」



 歯を剥き出しにして笑うエルドは、



「こんな後味悪い別れ方なんて、俺は絶対に認めねえからな!!」



 せめて彼がもう1度機能停止に追いやられる前に、中指を立てながら「テメェの言うことなんざ誰が聞くか」と言ってやるのだ。


 心配される筋合いはない、助ける義理も毛頭ない。

 それでもエルドは、ユーバ・アインスを助けると決めたのだ。

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