【第9話】
唐突の来客は、エルドがちょうど食事を終えた直後のことだった。
「エルドさーん、エルドさんはいらっしゃいますでヤンスか?」
「あ?」
薄い扉が乱雑に叩かれ、エルドは視線を扉にやる。
建て付けの悪い扉を壊す勢いで叩いてくる相手は、ヤーコブだった。時刻は夜の7時を回った頃合いだ、こんな時間に何か用事だろうか。
ユーバ・アインスが「【質問】応対するか?」と問いかけてくるが、エルドは左手だけで制する。いきなりリーヴェ帝国最強のレガリアが顔を出せば、非戦闘員であるヤーコブはひっくり返ってしまう。
「ヤーコブ、一体何の用事だ?」
「大変でヤンス!!」
「あ?」
扉を開けるなり意味不明な言葉を叫ぶヤーコブの表情は、どこか焦燥感に駆られていた。焦っているのは目に見えて分かる。
「大量のレガリアが、拠点めがけて進撃してるでヤンス!! 団長はユーノを捨てて出来る限りの荷物を積んで逃げるって言ってるでヤンス!!」
「はあ? おいおい、嘘だろ。本国を叩くならまだしも、何で一介の傭兵団でしかねえ俺らを襲撃するんだよ!?」
「理由は不明でヤンス!!」
低い身長には不釣り合いな大きめの背嚢を揺らすヤーコブは、
「団長が戦闘要員に召集をかけているでヤンス!! エルドさん、すぐに本部へ向かってくださいでヤンス!!」
「了解!!」
俄かには信じ難い出来事だが、このご時世だからこそ起こり得る大事件である。
一介の傭兵団でしかない『黎明の咆哮』を狙う理由は分からない。ただ、リーヴェ帝国側も何か考えがあって本国ではなく傭兵団を襲うのだろう。魔導兵器の考えることなど、エルドが理解できるはずがない。
急いで部屋に引き返したエルドは外したばかりの戦闘用外装を引っ掴み、痩せ細った右腕に装着する。右腕を通した瞬間、外装は痩せたエルドの右腕に合わせて大きさが調整され、神経が接続されてエルドの意のままに操れるようになる。
「【質問】当機も同行してもいいだろうか?」
「ああ? 何でだよ」
同行を申し出たユーバ・アインスに視線をやり、エルドは理由を問う。
傭兵団『黎明の咆哮』に所属する他の傭兵や子供たちなどの非戦闘員に、レガリアを拾ったなどということは話していないのだ。量産型のレガリアならまだしも、最強にして最優と名高いユーバシリーズの初号機とあっては、他の傭兵たちから反感を買うことは間違いない。
ユーバ・アインスが手元にいるなどという情報は団長のレジーナと、ユーバ・アインスを連れてきた張本人であるエルドとヤーコブ、それから彼を修理したドクター・メルトしか知らない。変に怯えさせて、傭兵団の統率が取れなくなったら困る。
だが、ユーバ・アインスは譲らなかった。「【要求】当機の同行の許可」とエルドに詰め寄ってくると、
「【説明】当機は索敵能力・撃破能力共に優れている。作戦の提案等は任せてほしい」
「いやでもな」
「【代案】拒否するのであれば無理やりついていく」
「あー、クソが分かったよ!!」
エルドはくすんだ金髪を掻き毟ると、部屋の隅に丸まっていた
少し丈が足りなくて裾から彼の長い足が見えてしまっているが、誰も足元まで注目しないだろう。「今朝、仕事の最中に見つけた。レガリアに襲われてたから保護した」と言えば納得するはずだ。
襤褸布を被せられて首を傾げるユーバ・アインスの肩を掴み、エルドは強い言葉で命じた。
「いいか、絶対に喋んじゃねえぞ」
「【了解】その命令を受諾する」
「よし行くぞ、急げ」
「【了解】その命令を受諾する」
エルドの背中に続くユーバ・アインスは、それ以降エルドの命令通りに何も喋ることはなかった。
☆
「まずいことになった」
幼児なら見ただけで泣き出しそうな強面の連中が勢揃いする中、知的な印象を与える団長のレジーナが険しい表情で唸る。
彼女の前には地図が広げられていた。拠点となるユーノには『黎明の咆哮』の旗が突き刺さり、南西方向から赤い石が大量にばら撒かれている。あの赤い石が示しているものは、リーヴェ帝国から派遣された量産型レガリアで間違いないだろう。
その数はざっと見ても数えられないほどだ。おそらく正確な数字ではないが、とにかく拠点としているユーノめがけて大量のレガリアが押し寄せてくるというヤベェ情報だけは理解できた。
「理由は依然分かっていないが、とにかく大量のレガリアがユーノめがけて進撃してくる。せっかく築いた拠点だが、捨てなければならない」
「でも逃げるアテなんてあるのかよ、姉御。これだけレガリアが大量に押し寄せてくるんなら、絶対に追いつかれるぞ」
「どうにかして逃げないと傭兵団の中から犠牲者が出る。それだけは避けたいところだ」
レジーナは切れ長の双眸で、エルドを含めた戦闘要員たちに視線を巡らせる。
傭兵団の戦闘要員は、この戦争に於いて1番の稼ぎ頭だ。彼女も出来れば戦闘要員を失いたくないのだろうが、この状況で我儘を言っている余裕はない。一刻も早くユーノを離脱しなければ、エルドたちは仲良く戦場の藻屑となって消える。
団長の命令の内容を理解した戦闘要員たちは、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。それしか方法がないのだから受け入れる他はない。
「アネさん、任せてくださいや。殿はオレらが務めますって」
「非戦闘員のガキどもが安全地帯に逃げ切るまでは時間稼ぎをしますよ」
「タダでは死にたくないんで、逃げ切ったら賞与は弾んでくださいよ」
「お前たち……」
レジーナが「それはダメだ」と首を振りかけたところで、エルドがポンと彼女の肩を叩いた。
「心配すんなよ、姉御。それよりこれだけの戦闘要員を動かすんだから、姉御は臨時報酬の金額でも計算してろ」
「だが、お前たちだけに殿を任せる訳にはいかない。もし万が一、レガリアにお前たちが殺されれば」
「タダでは死なんって言ったろ、姉御」
そう、傭兵たちは意外としぶといのだ。
生きる為に戦うことに長けた連中が集まったのが、傭兵団『黎明の咆哮』の戦闘要員である。残念ながら簡単に死ぬような精神をしていない。
エルドも幾度となく修羅場を潜ってきた。この程度の襲撃で怖気付くような男ではないのだ。
「……ではお前たちの腕を信じよう。
「却下」
団長の命令を真正面から却下した馬鹿がいた。
エルドは頭を抱える。「絶対に黙っていろ」と言ったはずなのに、どうして口を開くのか。
高身長のエルドの影に隠れるようにして、
「自分がその役目を担う」
「おい、テメェ」
「元より自分は余所者だ。貴殿らの荷物となる存在だ」
感情の読み取れない平坦な声で告げるユーバ・アインスは、
「自分がこの場に残り、レガリアを食い止める。その隙に貴殿らは逃げるといい」
「それはあまりにも無茶だろ!!」
「兄ちゃん、考え直せ。レガリアが一体何機いると思ってんだ」
他の傭兵たちからもユーバ・アインスへ思い直すように説得していた。
彼らには「レガリアに襲われていた一般人だ」と説明をした。これではその説明をした意味がなくなってしまう、彼には一般人らしく振る舞ってほしかったのに。
頭を抱えるエルドをよそに、ユーバ・アインスは告げる。
「団長、貴殿は懸命な判断が出来るはずだ」
知性的な女性に詰め寄るユーバ・アインスは、最悪とも呼べる決断を彼女に迫った。
「自分をここに置いていくといい。今日助けたばかりの自分なんぞに思い入れなどあるまい、荷物になるぐらいならここに置いて行かれた方がいい」
さあ、決断の時だ。
ユーバ・アインスはリーヴェ帝国から追われる身となった、異端のレガリアである。ここで自分の持ち駒である戦闘要員を減らせば、この先も安全に金銭を稼ぐことが出来なくなる。
エルドが何かを言おうとするより先に、レジーナが「分かった」という了承の声を絞り出した。
「戦闘要員はレガリアの襲撃から非戦闘員を乗せた四輪車を護衛しながら逃走しろ。――お前には、すまないがここに残ってもらおう」
「了解した」
エルドが否定の言葉を叫ぶより、事態はすでに決まってしまった。
いいや、何故ユーバ・アインスのことを気にかける必要がある。
彼は元々、リーヴェ帝国側に所属していた自立型魔導兵器レガリアだ。この場に置いていけば、エルドたちは安全に逃げ果せることが出来る。
なのに、どうして納得できない?
「よし、それでは各員荷物を纏めて出立するぞ!! 3分以内に支度を済ませろ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
打ち合わせが終わりを告げ、エルドは納得できないまま自宅代わりにしていた空き家まで戻ることになった。
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