【第8話】
「【宣告】料理が完成した。【提案】早期の食事開始」
保管されていた携帯食料や燻製肉を使い、ユーバ・アインスが作り出した本日の晩餐はエルドが驚愕する代物だった。
「おいいいいいいい!? 何で携帯食料と燻製肉でオムライスが出てくるんだよ!?」
ユーバ・アインスが差し出した白い皿には、真っ黄色の卵の山が盛り付けられていた。しかも茶色い特殊なソースと牛乳っぽい白いソースまでかかっている始末である。どんな奇跡があれば立派なオムライスが出てくるのだろうか。
まともなオムライスなど、子供の頃に片手で数えられる程度しか食べたことはない。エルドが幼少期の頃からアルヴェル王国とリーヴェ帝国は激しい戦争を繰り広げていたので、オムライスなど高級品に属される。
ユーバ・アインスは洗ったばかりのスプーンと一緒にオムライスの皿を置き、
「【回答】頑張った」
「軽率に奇跡を起こしてんじゃねえよ、このレガリア!?」
「【赤面】それほど褒められると照れる」
「褒め、いや、うーん……?」
エルドは首を捻った。
目の前のオムライスはまともなオムライスに見えるが、毒が仕込まれているとも考えられる。ユーバ・アインスはエルドの目を欺く為に完璧なオムライスを作って、油断して口に頬張れば即あの世行きみたいな展開になりかねない。
いつまでもスプーンを手に取らないエルドに首を傾げるユーバ・アインスは、
「【疑問】食べないのか?」
「いや、食うけど……」
オムライスに毒が仕込まれているかもしれないという可能性を考えて容易に食事を始めることが出来ないエルドを、ただ単に兵装が邪魔で食事が出来ないとユーバ・アインスは判断したのだろう。何を思ったのか、部屋の隅に追いやられた椅子を引きずってくるとエルドの前に座った。
それから彼は、スプーンを手に取る。洗ったばかりでピカピカとした綺麗なスプーンだ。まだ水気を纏う金属製のスプーンを、温かな出来立てのオムライスに突き刺す。
スプーンの先端にオムライスを掬い、僅かに湯気が立つオムライスの一欠片をエルドの口元に差し出した。
「【要求】口を開けてほしい」
「何してんだよ!?」
エルドは思わず椅子ごと後ろに下がり、スプーンを突き出してくるユーバ・アインスから距離を取った。
「【疑問】何とは?」
「な、何でテメェが『あーん』をしてくるんだよ!?」
そう、これは紛れもなく『あーん』だったのだ。
恋人同士でやるような甘酸っぱいやり取りである。あまり見たことはなく、レジーナが私物で持っている少女漫画の1場面でしか見たことはないのだが、これは紛れもなくその1場面に合致していた。
よく考えてほしい。男相手にそんな恋人同士でやるような甘酸っぱいやり取りを期待していないのだ。
「【質問】これはそのような正式名称なのか?」
「テメェは知らねえのか? これは恋人同士でしかやっちゃダメな奴だぞ」
「【理解】なるほど。【疑問】それでは重病人に食事を提供する際にはどうすればいいのだろう?」
「知るかよ」
病人へ食事を提供する方法を思案するユーバ・アインスは、
「【懸念】これでは食事が冷めてしまう。【提案】貴殿の言う『あーん』の実行。【推測】貴殿の右腕が規格外な改造を施されてしまった以上、生活の補助は必要不可欠だ」
「余計なところまで推測すんなよ」
エルドは深々とため息を吐いた。
もちろん、兵装を解除するという手段はある。エルドだって仕事以外は兵装を解除しているし、まともな食生活を送れなかったとはいえ今までまともに生活をしていたのだ。今更、生活の補助を提案されても受け入れられない。
ただ、問題はユーバ・アインスだ。彼が無防備になったエルドを襲い掛からないという保証はない。兵装を解除した瞬間、殴りかかるという可能性も考えられるのだ。
相手はリーヴェ帝国最強のレガリアである。少しでも油断を見せればつけ込まれるのだ。
「【要求】エルド、口を開けろ」
「だから何で『あーん』をしようとするんだよ!!」
「【回答】貴殿の生活を補佐する為だが」
「子供か俺は!?」
何だかこの真っ白いレガリアに子供扱いされている気がする。
しかし、困ったものだ。このままでは本格的にユーバ・アインスからの『あーん』を受ける羽目になってしまう。
兵装を解除すれば襲い掛かられる可能性があり、このまま兵装を解除しなければユーバ・アインスからの『あーん』が待ち受けている。絶対に嫌だ、それだけは。
最もマシな選択肢と言えば、やはりこれしかない。
「おい」
「【応答】何だ」
「本当に襲い掛からねえんだな?」
「【肯定】当機は貴殿を襲撃しない」
「その言葉を信じるぞ」
ユーバ・アインスが首を傾げるのをよそに、エルドは右腕の兵装に意識を集中させる。
「アシュラ、兵装解除」
その時、右腕の兵装からぷしゅーと白い煙が噴き出した。
まるで爬虫類が脱皮するかのように、エルドの右腕から膨れ上がった戦闘用の外装が剥がれ落ちる。その下から現れたエルドの右腕は、左腕とは対照的に非常に痩せ細っていた。エルドの筋骨隆々とした体格からでは考えられないほどに。
ユーバ・アインスの
「おう、どうした。俺の腕が珍しいか?」
「【逡巡】いや、その」
「テメェは顔に表情が出ない代わりに全部声に出るんだな」
エルドは左手でユーバ・アインスの手からスプーンを奪い取ると、痩せ細った右手全体を使って皿を引き寄せる。それから温かなオムライスを掻き込んだ。
「元から右腕が死んでるんだよ。どれほど成長しても動きやしねえ、肘関節から下は全く動かねえな」
「【納得】そうか」
ユーバ・アインスは、少し悲しそうに瞳を伏せた。
何を嘆く必要があるのだろう、どのみちエルドの右腕は使い物にならないから義手にしようかと思っていたところだ。
ただ義手は高くて物理的に手が出せないので、どうせなら格好良く改造されるし一攫千金も狙える改造人間の道を選んだのだ。これはエルドの選択であって、ユーバ・アインスが嘆く必要はどこにもない。
柔らかな卵の感触を舌の上で楽しみながら、エルドは「テメェが気にしてんじゃねえよ」と言う。
「別にいいさ、この右腕のせいで元から左利きだしな。携帯食料やその他色々と出来合いのものがあるし、飯を食うには困らねえ」
「【提案】当機がこれ以降も貴殿の生活の補助をする」
「あ?」
「【要求】当機に、貴殿の世話をさせてほしい」
銀灰色の双眸で真っ直ぐに見据えてくるユーバ・アインスは、
「【宣言】当機は貴殿の生活を、より安定したものにする。【要求】当機に貴殿の世話をさせてほしい」
「だから何でだよ。そういう話だったか?」
「【願望】当機がそう願った」
「願い? レガリアでも願望とか欲望とかあるんだな」
「【不明】その点に関しては、当機でも分からない」
ユーバ・アインスは自分の胸板に指を這わせ、
「【独白】ただ、当機に搭載された精神回路がそう判断した。そう願ったのだ」
「そうかい」
オムライスの大半を平らげたところで、エルドは「好きにしろよ」と言う。
確かにユーバ・アインスは自立型魔導兵器レガリアで、何故かリーヴェ帝国から追われる身になっている。本当だったら一つ屋根の下に置いておくなんて以ての外だ。すぐに本国へ突き出してやりたいところである。
でも、おおよそレガリアらしくない真っ白なレガリアに、エルドを攻撃するような素振りは見えない。兵装を解除しているのでいつでも襲い放題なのだが、ユーバ・アインスはただエルドの向かいに座っているだけだ。
「まあ、テメェの飯は美味いからな。特別に置いといてもいいぞ」
「…………【感謝】ありがとう、エルド・マルティーニ」
ユーバ・アインスはどこか安堵した様子で、
「【安堵】貴殿が当機を起動させた人物でよかった」
「それならリーヴェ帝国に追われる理由を教えてもらおうかい」
「【拒否】それは出来ない」
「何でだよ!!」
頑なにリーヴェ帝国を追われる身になった理由を語らないユーバ・アインスに、エルドは悔しそうに唸るのだった。
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