第94話 残り54日 勇者、カバデールを踏破する

 勇者アキヒコは、さらに一休みした。魔術師ペコに教わった魔術を使用すると、ほぼ肉体は全快した。

 生き残った唯一の冒険者を回復させると、ナタリーと名乗った。

 まだ顔にはそばかすが残る、活発な女の子といった印象を受ける。


 アキヒコがナタリーにクモコを紹介すると、ナタリーはクモコのことを人間だと信じて疑わず、今後一緒に行動すると約束した。


「一緒に行く」


 だが、ぐずったのはクモコである。クモコは、アキヒコと別れて行動することを拒絶した。

 体つきは、華奢とも言える。だが、顔はハルヒである。アキヒコはハルヒ本人の体を見たことがなく、魔術師ペコが気を利かせて自分の服の予備を着させていた。


「僕たちは、ペガサスで王都に戻る。クモコは……ペガサスには乗れないだろう。ペガサスを捉えた時、クモコのことをとても怖がっていた。クモコが飛べない限り、一緒には行けない。寂しがらなくても、すぐに戻ってくるよ」


 クモコはふるふると首を振った。ハルヒではない。ハルヒは、こんなに可愛い仕草をしない。


「クモコ……これをわしだと思ってくれ」


 ドワーフのギンタは、魔王を見たことがない。魔王が現れた時、ずっと気絶していたし、姿見や水面を通しても会ったことはなかった。

 ギンタはクモコと離れたくないようだ。ギンタは、削ったドワーフの像を手渡した。

 クモコは、ギンタからの贈り物を口に入れた。


「……クモコ、こらっ。食いもんじゃない」

「いえ……ギンタだと思えというなら、逆に正しい反応じゃない?」


 魔術師ペコは近づこうとはせず、壁際に背を預けていた。怪我は癒えている。魔王の姿をしたクモコを警戒しているのだ。


「それよりアキヒコ、どこでペガサスを呼ぶの? 町の中に呼べば、ゾンビ兵の餌食だし……町の北に出ればゴーレムに囲まれる。かといって、北以外に行くなら、町の中をつっきらなければならないわ」

「ゾンビ兵は、弓も使うのか?」


「ええ。私たちを弓矢で狙ってきたわ。もう怪我は消えたけどね」

「町の中を進めばいいじゃろ。何が問題じゃ?」


 ギンタが首を傾げた。


「ギンタ、何を見ていたの? ゾンビ兵は、間近いなく外部からの侵入者を狙っているわ。私たちが外に出ただけで、一歩も歩かないうちに群がってくるわよ」


 魔術師ペコは確信を持っているようだった。

 アキヒコはクモコを見た。クモコが首を傾げる。こんな可愛い仕草は、ハルヒはしない。


「クモコ、町を出るまでは一緒にいよう。頼めるかい?」

「うん」

「ペコとナタリー、クモコを……かっこ良くしてくれ。例えばそうだな……魔王みたいに……」


「まさか、アキヒコ……」

「ああ。クモコがこの姿に進化したのを、利用させてもらう」


 魔術師ペコと冒険者ナタリーの手により、クモコが魔王に飾り立てられた。


 ※


 クモコが外に出る。

 ゾンビ兵が姿を見せた。クモコを見た途端、カタカタと震えた。

 敵かどうか、判断できなかったようだ。


 クモコの背後に、二階の寝室にあったシーツをかぶったアキヒコ、ペコ、ギンタ、ナタリーが立った。

 ゾンビ兵は震えたまま動かない。


「嘘みたい。こんな方法で切り抜けられるなんて」

「しっ、ペコ、できるだけ話すな。クモコ、進め」

「うん」


 クモコが進む。

 しばらく町中を進む。


「おお、魔王様。いつお戻りで」


 犬の耳を持つ青年が膝をついた。


「……さっき」


 アキヒコに囁かれた言葉を、クモコは口に出す。

 行き交う人々が足を止め、中でも動物の耳を持つ人間たちは恭しく膝をついた。それ以外の人間たちは、魔王の姿を恐れているのか近づかない。ゾンビたちは、迷ったように震えるだけで、動かない。

 黒いフードを被った、小柄な人影が目の前に立った。


「……ゾンビたちから妙な報告があると思い、参上しましたが……魔王様、お戻りでしたか……魔王様ですな?」

「……うん」


「屋敷に戻りますか?」

「……南」

「わかりました。ご案内します……ゴーストをお連れで?」


 小柄な魔物が、クモコの背後に立つシーツを見上げた。ペコがアキヒコに囁く。


「ネクロマンサーよ。ゾンビがいたから、まさかと思ったけど……こんな高位の魔物まで従えているなんて……」

「クモコ、僕たちはゴーストだ。手を出さないように言ってくれ」


「ゴースト。手を出さない」

「もちろんでございます。魔王様直属の魔物でしたら、さぞかし有能なのでしょう」


 アキヒコは、クモコに先を急ぐよう促す。

 ネクロマンサーは訝しむようについてきたが、途中からどこかに行ってしまった。

 町の南側から、外に出る。


 広大な田園地帯が広がっていた。

 周囲に人影がないことを確認し、アキヒコたちはシーツを脱いだ。


「……すごい。不毛の地だと言われていた平原が、畑に変わっている……」


 感動するペコを置いて、アキヒコはクモコの肩を抱いた。


「……クモコ、ありがとう。絶対に死ぬなよ」

「うん」


 最後に冒険者ナタリーにクモコを託し、勇者アキヒコは従魔の首輪を鳴らし、ペガサスを呼んだ。

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