第95話 残り54日 魔王、ラーファに君臨する

 魔王ハルヒは、港町ラーファの領主邸に向かった。

 人間たちはハルヒのことを魔王とは認識しなかったが、引き連れている鬼族に恐怖し、領主邸の前では兵士が人垣を作った。


 ハルヒが地面に魔法陣を描き、地面を崩落させると、人間の兵士たちは腰まで沈み、身動きがとれなくなった。

 兵士を尻目に領主邸の踏み入ると、領主自身が案内に出てきた。以前にミスリル銀の水盆で見た男だった。


「こ、これは魔王様……本日はどのようなご用件で……」

「この町の支配についての打ち合わせに来たわ」

「承知しました」


 領主が震えながら腰を折り、客間に通された。

 交易で潤っていると言われるラーファの領主邸は、明らかにカバデールより豪華だった。


 ハルヒは客用のソファーに身を沈め、赤鬼族のノエル、堕天使サキエルを背後に立たせた。威厳を損なうかもしれないと、普段は肩から降ろさないドレス兎コーデを、ノエルに預けてある。他の鬼は案内してきたドワーフと共に別室待機である。


 向かい合ったのは、領主と武装した人間が一人いた。


「兵士長の立会いをお許しください」

「ええ。私がその気になれば、何もできないでしょうから構わないわ。こちらも4人いるのだし」


 領主の背後で兵士長と紹介された男の顔が引きつったが、何も言わなかった。

 領主はコロレル、兵士長はザフルと紹介された。


「人間の町のことは、人間に任せた方がいいと思っている。私に従うのなら、ラーファには手出ししない。ただし、求められたものは差し出すこと。できなければ反逆とみなす」

「そんな……勝手な……」


 兵士長ザフルが唸ったが、領主コロレルが止めた。


「それで……どのようなものを差し出せばよろしいでしょうか」

「以前にも言ったわね。従う者を虐げはしない。仮に差し出せなくても、十分な理由があるのなら、無理にとは言わない。当面……私たちがこの町に滞在するのに必要な食料と金銭ね。どれぐらいかかるかしら?」


 ハルヒは背後に尋ねるが、誰もこれまでの生活で、金銭を使用してこなかった。

 堕天使や鬼に話させないためか、領主コロレルが自ら口を開いた。


「……食事は用意します。宿泊についても、この邸の中はご自由にご利用ください」

「それではつまらないわ。カバデールで、そういう生活だもの。宿に泊まって、人間たちと同じように買い食いをしてみたいのよ」

「それでは……市井が混乱します」


 ザフルが領主に囁いた。コロレルも頷く。


「町の人間たちに、魔王様だと知られてもよろしいのでしょうか?」

「知られたくはないわね。それなら、私の町にしてしまっても同じだもの」


「なら……護衛の方たち……そちらのウサギ以外はこの邸にご逗留下さい。魔王様だけ町で生活されるのなら、金貨を当面の生活費として100枚用意します。足りなければ追加で用意しますので、申し付けください」

「……ふむ。私はいいけど……」


 ハルヒは背後を見る。ノエルは憮然とした表情を崩さない。納得していないのだ。ただ、サキエルが口を開いた。


「こちらのドレス兎は、死ぬときに警戒音を発します。もし何者かに襲われたら、この兎を絞め殺してください。すぐに駆けつけます」


「……そうなの?」

「そうなのか?」


 ハルヒとコーデの視線がかち合う。どちらも、把握していなかった。


「ご存知で、連れ歩いていたのかと思っていましたが……」


 サキエルの呆れたような言い方は忘れることにして、ハルヒは領主に向き直った。


「当面の要求はそれだけだけど……これからが本題よ。地下に帝国があったのは知っているわね?」

「100年ほど前に滅びました……と聞いていますが……」


「ええ。でも、その情報は正確ではないわね。住民はほとんど人間ではなかったから、まだ生きている者が結構いるわ。帝国を滅ぼした元凶のベヒーモスは私が殺した。女王のラミアも健在だし、これから魔物の国……でもないわね。人間以外の種族の国として復興するわ」


「しかし……あの国は洞窟として……」

「この町のゴミ捨て場となっている。それを辞めなさい。これは決定事項よ。覆さないわ」

「拒否すれば、この町を滅ぼすと?」


 兵士長ザフルが歯ぎしりした。


「ええ。私はそれでも構わない。ただ……ゴミを捨てるのに必要な穴ぐらい、私が作れるわ。それと……人間以外の種族を奴隷扱いしているなら、全て解放しなさい。捨ててもいいわ。捨てる場所は、貴方達がゴミ捨て場に使用していた地下帝国がいいわね。全ての種族を受け入れるぐらいの広さはあるから」

「……承知しました」


 領主コロレルは、声を震わせながらも、同意した。

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