第91話 残り56日 魔王、地下帝国に到る
魔王ハルヒは地下洞窟に戻り、地下帝国の女王だったラミアたちと先に進んだ。
しばらくして、廃墟と思われる町が現れた。
暗く広い空間に、確かに人工的な建物の残骸がある。
「広いわね。大きな町だったみたいね」
「はい。地獄の魔獣に滅ぼされるまでは、地下の楽園といってもいい豊かな町でした」
ラミアがハルヒの背後を歩いている、堕天使サキエルを睨んだ。
「これだけの大都市であれば、私を封印している地獄の魔獣ぐらい、倒せると期待しても仕方がないでしょう」
サキエルは、悪びれるでもなく肩をすくめた。
ラミアが舌を出して威嚇するが、怯える堕天使ではない。
「地上にはどうやって出るの?」
「地上への出口は、町の北の端です。階段があります」
「……階段まであるのね。いたれり尽せりね。生き残りもいるのでしょう? あなたは生き残った魔物たちを集めて、最後の戦いに挑もうとしていたのだから」
「……はい。ご案内します」
ラミアが廃墟を進む。
「魔王様、見られているぜ」
「そのようね」
再び肩に乗せたドレス兎コーデが警告を発する。
ハルヒは同意し、魔法陣を刻んだ水晶を高く掲げた。光を灯す。
「出て来なさい。お前たちの女王は、私に服従した。私は魔王ハルヒ、服従する者を虐げはしないわ」
ハルヒが名乗りをあげると、崩れた建物のあちこちから、黒く小さな者たちが姿を表した。
「ラミア……これが都市の最後の生き残りなの?」
「……はい。残念ながら……町は魔獣に破壊されただけではなく、汚染されました。他の者たちは、地下の町を捨て人間が支配する地上に出るか、南に下って暗闇に住むか、魔の山に住むか……」
街角から出てきた者たちは、ぬめぬめとした皮膚を持ち、腰が曲がった貧相な体をしていた。
魚に手足をつけて歩かせたような姿で、胴体の顔の間に首がなく、左右に離れた目と大きな口が印象的だ。
「……『汚染された』って? 何に?」
「お前たち、魔王様をご案内して」
「は、はっ……へぇ?」
女王ラミアの命令に、よくわからない返事をしたが、理解はしたようだ。
よちよちとした歩き方で、魚人間たちが背を向ける。
「何という種族? まるで、海から来たみたいね」
「この辺りは、もう港町ラーファの近くです。海から来たのでしょう」
ハルヒに問われ、赤鬼族のノエルが答える。だが、種族名までは知らないようだった。
「海ドブネズミ……私たちはそう呼んでいます。町が破壊された後に、人間の町から追われて住み着いた者たちですが……この汚れた町で生きられるのは、こいつらだけだったのです」
「汚染がどんなものかわからないけど……そんな場所に行って、他の魔物は大丈夫なの?」
「短い間であれば大丈夫です。長く滞在することはお勧めしませんが」
「……そう」
ハルヒは、町の奥に案内された。
町の北のはずれのあるという、地上への階段を見つけることはできなかった。
そのはるか手前から、積み上がるものがあった。ハルヒも見たことがあるような、死骸とガラクタの山だった。
「ひどい臭いね」
「港町ラーファが、地上の入り口付近にあります。地獄の魔獣と戦うことをあきらめた者たちが逃げ出してから、100年が経ちます。その間……誰も出てこない穴を……人間たちはゴミ捨て場にしたのです。捨てられたのは、ゴミだけではありません。人間の出した汚物も、死体も、有毒な金属もあります」
ハルヒは頭を掻きむしった。
「まだ……今でも、捨てられているの?」
ラミアは海ドブネズミを睨む。
海ドブネズミはうすら笑いを浮かべた。汚物の中から、何かの肉を引っ張り出して食べた。答えたのはラミアだった。
「はい。まだ大量の汚物が投げ込まれています。100年前、この地下帝国で最も権勢を誇ったのはドワーフ族でしたが……現在では、人間の町の南側で、小さな集落作っていると聞いています」
「そう……地下帝国の住人たちは、地上で暮らしているのね。ドワーフもいるのなら、連れて来ればいいわね。海ドブネズミしかいないのでは、元の帝国に戻ることは無理でしょうし……ノエル、サキエル、階段を上がるわよ」
「すでに階段ではありませんが……」
「構わないわ。人間がどんなことをしたのか、確認しないとね」
ハルヒは、汚染物質の山を上り出す。
「魔王様……私たちは、どうすれば……」
ゴミの山に近づくのが嫌なのか、ラミアは立ち止まっていた。ハルヒは振り向いた。
「町を脅かす魔獣が消えたのよ。町を立て直しなさいな。かつての地下帝国に戻しても構わない。ただし、海ドブネズミもすでに町の住人よ。そのことを忘れないように」
「はい。ありがとうございます」
「それから、ヤモリたちは残りなさい。ラミアを手伝っても、戻ってもいい。汚染された土の上を歩くには、ヤモリは頭の位置が土に近すぎるわ」
「あの……私はいかがいたしましょう? 地上に出ると死にますが……」
吸血鬼の王子が尋ねた。
「夜になったら上がってきて。飛べるでしょう」
ハルヒは言い置くと、ヤモリたちの平伏を尻目に、ゴミの山を上り始めた。
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