第85話 残り59日 魔王、剣を得る

 魔王ハルヒは、洞窟が突然分断されている場所に出くわし、仕方なく引き返そうとしていた。その前に、突然出現した岩であれば、何か魔法的な力が働いているのではないかと疑った。

 試しに、手を当てて、自分の脳に意識を集中させた。


 適切な魔法陣が思い浮かぶかもしれない。ただそれだけの認識だった。

 ハルヒが手を触れた途端、目の前の巨石が消えた。

 ハルヒの手に、今まで見ていた岩と同じ色をした、剣の形をしたものが出現していた。


「これは……えっ?」


 ハルヒの手に落ちた剣の形をしたものは、とてつもない重さで、ハルヒの手を潰した。


「痛っ……手が折れた。千切れるわ……こんなもの……」


 ハルヒは咄嗟に魔法陣を意識した。思い浮かんだ魔法陣を、乱暴に剣に叩きつけ、魔力を流し込む。

 途端に、剣はやや軽くなった。

 だが、まだハルヒの手を潰すには十分だ。ハルヒはさらに軽量化の魔法陣を刻みつけた。


 まだ重い。その後数十回におよび、ハルヒはこれ以上軽くしたら、剣としては役に立たないと思われる寸前まで軽量化した。


「魔王様……こりゃ……何事なんだい?」


 肩の上にいたドレス兎のコーデが、何が起こったのか全く理解できずに尋ねた。


「私にも分からないわ。どうやら、私たちの邪魔をしていたのが、この剣だったみたいね。なぜか小さくなったから……剣が大きかった分、穴が空いたのよ」


 ハルヒたちがいる地下から、天井に空いた穴の先に青空が見えた。


「魔王様……その剣が持てるのですか?」


 ハルヒの背後で、堕天使サキエルが声を震わせた。


「いえ。持てなかったわよ。手が潰れたわ。腹が立ったから、軽量化の魔法陣を刻んでやったの。20回以上重ねがけしたかしら」


 ハルヒは巨石だった剣を振り回す。


「……軽量化ですか。なるほど……本来でしたら、その剣は大きさが変わっても重さが変わらないはずなのです。洞窟を塞ぐほどの大岩を振り回すなど、巨人族でも不可能でしょう」


「石だから金属ではないけど、魔法素材としてはかなり優秀ね。普通の石なら、ちょっと複雑な魔法陣を刻むだけで形を失うほど崩れてしまうわ。だから、金属を加工できるドワーフを仲間にしたかったのだし……金属でも、二つか三つの魔法陣を刻むのが限界でしょうね」


「ほう……やはり女神が下した剣……それほどまでに優秀ですか……」


 サキエルが顔を突き出して、しげしげとハルヒの手元を覗き込む。サキエルは目が悪いので、顔を近づけたところでしっかりと見えてはいないだろう。ただ近くで見たかったようだ。


「この剣のこと、知っているの?」

「まあ……私が見たときは、剣と呼べるような代物ではありませんでしたが」

「昔のこと?」


「正確な数字は覚えていませんが……1000年以上前のことでしょう。私も高位天使として手伝いました。はるか宇宙から小惑星をひっぱり、この世界を壊さないように剣の形に整えるのに苦労したものです」


 ハルヒは剣の形になった小惑星を振り回した。感触は悪くない。手にも馴染む。


「なんのために、そんなことをしたの?」

「同時、世界を混乱に陥れた邪神を討伐するためです」

「女神が手を下せなかったの?」


「その邪神は、進化と豊穣を司ります。人間たちは、本物の神と崇めました。ですが、行きすぎた進化は破滅を、偏った豊穣は戦乱を引き起こします。邪神はそれを知っていて、あえて人間に力を授けました。結果、世界は一部の強力な力を持った者が支配する混沌とした社会になり……ですが邪神は絶対の信仰を獲得しており、本物の女神の言うことを人間たちは聞きません。むしろ、女神が邪神として信仰が失われる始末です。悩んだ女神は、天災の形を取って邪神を滅ぼすため……邪神が奉られていた神殿に剣の形をした小惑星を落としました。より威力を上げるよう、剣の形に整えたのは、お話したとおりです」


「で、その邪神は死んだの?」

「わかりません。ただ……それ以降、誰も姿を見ていませんし、この世界は停滞を始めました」

「……うん。それはわかる」


 世界が停滞し、進歩させるため、ハルヒとアキヒコは魔王と勇者として転移させられた。そのことは覚えている。


「縮んだのはどうしてかしら?」

「魔王様の何かに反応したのでしょう。女神がさまざまな仕掛けをしていたようですが、その全てを理解するのは、私にもできません」


「そう。面白い剣が手に入ったし……少し、試してみたいわ。この剣がどこまで魔法陣を刻めるか試してみたいし……女神の力がこもった剣なら、魔王の力になんか負けないでしょう?」


「そうですね。まだ、その剣には女神の力が宿っているようです。そもそも女神は……邪神が苦手とする鉱物を多量に含む小惑星を選んでこの世界に引き寄せました。邪神が剣の下で生き延びていたとしても、その剣を手放さなければ、恐ることはないでしょう」


「ふん……なら、この剣には『神殺し』と名付けましょう。でも、私が邪神を恐る理由があるの? 邪神であっても、味方につければ進化と豊穣を授けてくれるのでしょう?」


「世界の支配者である魔王様の手助けはしないでしょう。あれは、それほど素直ではありません。だからこそ……邪神なのですから」


 サキエルの声を聞きながら、ハルヒはさらに神殺しの剣に魔法陣を刻みつけた。

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