第84話 残り59日 勇者、倒れる

 勇者アキヒコの一行は、土石流の流れた跡を、足元を取られながら降っていた。

 遠目に見た人型の形代が、極めて精巧な兵士の型だと見て取り、アキヒコは感嘆の声を発した。

 総数にして一万にも及ぼうかという人形である。


 ほとんどが頭部近くまで土に埋もれ、その身を呈して町を守ったのだと改めて感心させられる。

 町の北側の門は閉ざされていた。

 門が見える頃になると、人形たちも腰までが埋まっているにすぎなかった。

 アキヒコたちが通り過ぎる。


「クモコとギンタはどうする? また、外で待つか?」


 戦闘のアキヒコが背後を振り返った。クモコは巨大な蜘蛛であり、ラーファの町でも外で待たせた。ギンタはクモコの世話係である。


「魔王の支配する町よ。誰も気にしないんじゃない?」

「では……一度町に入ってみようか?」


 魔術師ペコの提案に、アキヒコがクモコとギンタの意見を聞こうとした時、なにかが動いた。


「ギンタ、横だ!」


 ギンタに向かって、何者かが剣を叩きつけていた。

 ギンタには届かず、クモコの脚が一本切り飛ばされた。


「おのれ!」


 クモコの脚が飛んだことに、ギンタが怒ってハンマーを抜いた。クモコの脚はまた生えてくる。本物の蜘蛛であれば再生しないが、クモコは再生するのだ。


 だが、再生するからいいという問題でもないのだろう。ギンタはまるて仇を討とうとするかのように、ハンマーを掲げて撃ちかかった。

 ギンタのハンマーが、クモコの脚を切り飛ばした犯人の頭部を叩く。


「ギンタ、待て! クモコをただの魔物と勘違いした冒険者かもしれない」

「アキヒコ、違うわ!」


 駆け寄ろうとしたアキヒコを、魔術師ペコの冷静な声が止めた。

 ペコにそれ以上言われるまでもなく、ギンタの相手が人間ではないことは明らかになった。

 ギンタのハンマーで頭部を殴られた人影は、全くひるむ様子もなく再び剣を振り下ろしたのだ。


 ギンタがクモコから降り、頭部の兜で受けた。

 クモコの足が、もう一本跳んだ。

 背後から、全く同じ姿の人影が切りかかったのだ。


「アキヒコ、囲まれている!」


 アキヒコも、雷鳴の剣を抜いた。アキヒコたちを、全く同じ姿の兵士たちが取り巻いていた。


「土砂を止めた土人形? じゃないわね。これ……ゴーレムだわ」


 ペコの声が引きつっている。


「全部か?」

「いいえ……当代の魔王、いい性格をしているみたいね。ほとんどがただの人形で、一部だけ、ゴーレムを混ぜてある。不意を突かれれば、冒険者たちなら簡単に全滅する」

「しかし……全部じゃないといっても、この数はまずいぞ」


 アキヒコの周囲には、すでに数十体のゴーレム兵が取り囲んでいた。


「ペコ、魔術で切り抜けられるか?」

「相手が悪過ぎるのよ。ゴーレムだもの……雷鳴の剣も炎も風も効かない」

「水は?」


「召喚した術者が未熟なら、溶けて土に帰るけど……陶器のお皿が土に戻らないのと一緒よ。でも……試してみたら?」


 話している間にも、ゴーレムたちは連携が取れた動きで切りかかってきた。アキヒコは、ペコとアキヒコにしがみつく少女セレスと冒険者をかばいながら、火事場の盾で防ぐ。


「ジャグチヒネリ、大」


 アキヒコがややアレンジも加え、水を発生させる魔術を使う。

 アキヒコは、ペコとセレス、冒険者を抱え上げた。

 アキヒコ自身は両腕を上げた姿になる。


 無防備な勇者アキヒコに殺到しゴーレムが、剣を突き刺す。大量の剣で刺し貫かれると同時に、大量の水が大地に流れる。

 緩んでいた地盤がさらに崩れるが、ゴーレムたちはビクともしない。

 アキヒコが掲げた腕の上を、クモコが跳んだ。背にギンタを載せている。


「わしらは町に逃げるぞ。町の中までは追ってくるまい」

「追ってきたらどうする気だ?」


 腹に大量の剣を刺されながら、アキヒコは意識を保っていた。ギンタに尋ねた。以前の世界なら考えられない。確かに体は強化されている。


「さらに逃げるのみじゃ」


 ギンタとクモコは、全身を傷だらけにしながらも走り去った。クモコの脚は半分しか残っていない。それでも、町の門に飛ばした糸を手繰り寄せて逃げている。


「ギンタが正解でしょうね。戦うには状況が悪いわ」


 頭上でペコが言った。アキヒコが持ちあげているので、アキヒコが負傷していることに気づいていないのだ。


「わかった。ヘリウムバルーン」


 アキヒコが魔術を使用し、3人を掲げるアキヒコもろとも浮き上がる。

 ペコが風の魔術を使用し、アキヒコはゆったりと町に流される。

 ゴーレムたちは、剣しか持っていない。アキヒコは、身体中から血を吹き流し、朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めていた。


 アキヒコの視線の先で、またもや轟音が上がる。朦朧とする意識の中で、アキヒコは山腹に突き刺さっていた聖剣と言う名の巨石が消滅したのを目撃した。 

 また土砂崩れが起こるかもしれない。

 そう思いながら、アキヒコは町の中まで風に流された後、多量の出血により意識を失った。

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