第83話 残り60日 魔王、行く手を阻まれる

 魔王ハルヒは新たに堕天使サキエルを従え、洞窟を進んだ。

 ラミアたちも付いてくるが、ラミアが支配していた地下帝国は、もともと洞窟の北の端に城と町があったらしい。現在でも建物の多くは残り、生き残った人々が暮らしているとのことだ。


 ハルヒは、ラミアに帝国を再興する許可を与えた。ラミアが付いてくるのは、単に目的地が同じ方向にあるからというだけだ。


 魔王ハルヒが洞窟に潜った目的の一つは、勇者アキヒコが洞窟内で魔王ハルヒを倒すための力を探しているという憶測によるものだ。

 あわよくば、洞窟内でアキヒコを見つけ、不倫を追求してやらなければならないと息巻いていた。


「そろそろ、カバデールを越えた頃でしょう」


 ハルヒの背後から、赤鬼族のノエルが声をかけた。


「そう……たまには水盆で町の様子を見ようかしら」

「それはいい。魔王様が姿をみせれば、あいつらも喜ぶぜ」


 ハルヒの肩の上で、コーデが前足を叩いた。


「羽を伸ばしているところに、水を差しちゃうかもしれないけどね……ところで……カバデールを越えても、この洞窟はザラメ産地の下を進んで、港町ラーファまで続いているのよね?」

「間違いございません」


 地下帝国を滅亡に追い込んだ地獄の魔獣ベヒーモスを、事実上パンチ一つで殺したハルヒに対して、ラミアは明らかにへりくだっていた。


「なら、これは何?」


 地上であれば平原の町カバデールを越えたあたりで、魔王ハルヒの前に、洞窟を塞ぐ岩の壁が出現したのだ。

 一枚板の岩は非常に巨大で、洞窟の横も縦も完全に塞いでいる。

 隙間どころか、洞窟を横に掘ってもずっと岩が続いているのではないかと思われた。


「私が、北の廃墟から生き残りの民を探して南下したのは5日前です。その時には、こんな岩はありませんでした」


 ラミアは、ずっと洞窟内を移動していたはずだ。間違いはないだろう。


「なら、道を間違えたの? この道は、マグマが吹き出る最も低い場所を通過する道で、ベヒーモスの住処だったのだから、普段は通らなかったのでしょうし」


「魔王様、ベヒーモスはマグマの中に住んでいるわけではありません。私が、ベヒーモスを殺すためにマグマに誘導したのです。意味はありませんでしたが……誰がマグマの中で水浴びをする魔獣がいると思いますか」


 堕天使サキエルが言い添える。地下帝国を滅ぼしたのはベヒーモスだが、責任のほとんどはサキエルにある。口を開けば開くほど、それが明らかとなっていく。

 その魔獣を一撃で殺したハルヒは、堕天使サキエルを無視してラミアに尋ねた。


「他の道はあるのでしょう? 回り道になるけど仕方ないわ。この道が行き止まりかもしれないのだし」


 目の前の岩に、横幅ほどの厚みはないと知っていたら、ハルヒは破壊するか穴を開けようとしただろう。だが、ハルヒは目の前の岩が、地上では聖剣と呼ばれていることを知らなかった。

 魔王ハルヒは回り道することを決め、かなり遠回りした結果、再び立ち止まった。


「今、地上ではどの辺りかしら?」

「カバデールを少し過ぎた辺りでしょうか」


 ノエルは答えた。


「つまり、この何日かで出現した大岩をどうにかしないと、誰もこれ以上北には行けないということかしら?」


 ハルヒは洞窟の中を大きく迂回し、より浅い場所の同じ位置に戻ってきていた。結果として、再び行く手を阻まれたのだ。


「そんなはずはないのですが……」


 ラミアが手にした木の棒で岩を叩くが、ただ乾いた音が響いた。


「まあいいわ。ここに壁があるとしても、無理に洞窟を通って北にいく必要もないわ。ラミアたちは、地上からでも行けるでしょう?」

「それはそうなのですが……」


「地下でこれだけの異変があったとすると、地上はどうなっているかしら?」

「一度戻りますか?」

「このまま進めないのなら、戻るしか仕方はないでしょうね。でも、地上に出るために、入ってきた場所まで戻るのは時間の無駄ね。真っ直ぐ上に登れないかしら」


 ハルヒは洞窟の天井を眺めた。ちょうどその真上にアキヒコがいるとは、考えてもいなかった。

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