第82話 残り60日 勇者、聖剣を諦める
体を浮かせる魔術は、浮くだけで移動は風まかせだ。同時に風を作り出す魔術を展開させるのは簡単ではない。
山崩れが収まり、崩れるものが崩れ切った頃を見計らい、勇者アキヒコたちは地面に降りた。
倒れた樹木の根が突き出し、岩がごろごろと転がっている。
地面は柔らかい。
勇者アキヒコは聖剣だった大岩を振り返った。
「……僕が手を離したために……大事故になった……」
「この子が何かしたんじゃないの? ずっと、アキヒコに剣を手放すように言っていたじゃない」
隣に降りた魔術師ペコが、アキヒコにしがみついていた少女セレスを指差した。
「ううん……私、なにもしないよ。女神嘘つかないよ」
「ああ……女神様、私に進化のお力を……」
生き延びた冒険者が、セレスにひれ伏す。
アキヒコはペコに言った。
「やはり……あの剣は僕には扱えないな。セレスが何かしていないのなら、僕が手を離せば岩に戻るってことだろう。僕はダンジョンにも入れないし、宿屋にも泊まれない。重さは縮んでも変わらないなら……剣を担いで建物に入ったとたん、床を踏み抜いてしまう」
「確かに……手を離さなければいいというだけではないわね。地盤がもろければ、ダンジョンが崩落してしまうわ」
「うん。あんな剣に頼らなくても、私がいるもの」
ペコとアキヒコの話を聞いていたのか、少女セレスが割り込んできた。
「あの……女神様……」
少女セレスはアキヒコしか眼中になさそうだが、冒険者がすがりついた。セレスはじとっとした視線を冒険者に向けた。
「お腹減ったな……」
「非常食を持っています」
「もっと、美味しいのがいい」
「町に着くまで、お待ちください」
「仕方ないなあ」
少女セレスが、冒険者に町での食事を約束させる。アキヒコは聖剣を諦めて崩れた斜面を降ることを決めた。
視界の先に、遠くからクモコが顔を出した。
クモコとギンタは魔術で逃げたわけではない。ギンタを乗せたまま、クモコが素晴らしい勢いで逃げたのだ。結局逃げきれずに土石流に巻き込まれたらしく、クモコは土の中から顔を出した。だが、生きている。その背には、毒ドワーフのギンタがしがみついていた。
※
ザラメ山脈を下り、平原の町カバデールが次第に大きく見えてくる。
町に、山崩れの影響はなさそうだった。
大量の土砂が、奇跡的に町の北側の壁の手前で止まっていることがわかった。
「アキヒコ……凄いわ。カバデールの北側に、陶器かしら……大量の人形が置いてあるわ。等間隔に並べて……あれが、土石流を最終的に堰き止めたみたいね。カバデールの人たち……まるで山が崩れることを想定していたみたい」
魔術師ペコが分析したとおり、カバデールの北側には人間の形をした土の人形が置かれていた。
その人形たちは、土石流に見舞われても当然逃げる事はなく、自らの体で大量の土と岩を受け止めたのだ。
「土石流を受け止めるなんて……陶器だとしたら凄い強度だな。でも、カバデールは魔王の支配下に置かれているんだろう? 魔王の仕業なのかな?」
「魔王というのは、未来が見えるの?」
アキヒコが聖剣を失ってから、アキヒコにしがみつくように歩いていた少女セレスが尋ねた。
「いや……それは……どうなんだろう?」
「もしそうなら、とんでもない強敵じゃぞ」
後ろで聞いていたギンタが唸る。
「ねえ。魔王が強敵って……誰か魔王と戦おうとしているの?」
セレスに従者のようについてきた冒険者が、不安そうに4人を見回した。
「アキヒコよ。勇者だもの。私も一緒。ギンタもクモコもね……セレスどうか知らないけど」
「アキヒコがやるなら……私も一緒ね」
「女神様から進化の力を授かったら……参加しないといけませんか?」
冒険者の女は、心底嫌そうに尋ねた。
「……任せるよ」
「戦わなくたっていいと思う。私に美味しいものを届けてくれるならね」
「は、はい」
冒険者は、セレスに感謝の祈りを捧げた。
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