第7話 残り98日 魔王、画策する
魔王ハルヒが建築を命じた城は、まだ丘の上に材料を積み上げたままの状況だった。
丸太が積み上げられ、どこから運んできたのか岩が重ねられていた。
ハルヒは丘の拓けた場所全体を囲むような、巨大な城を作るよう要求した。
実際には誰も城の作り方を知らなかったため、敷地と決めた場所の一番外側に壁を作ると決め、その位置沿いに丸太を柱として立てるか、岩を積み上げるように命じた。
魔王の自室そのものは、最優先に確保されていた。現在の自室は、魔王城の敷地中央に穴掘りを得意とする魔物が掘った、防空壕のような地下室である。
地上の城が出来上がった暁には地下牢にしようと思っていた部屋だ。
地下の自室で、ハルヒは水盆を見つめていた。
魔女の水晶玉を破壊してしまい、代わりの水晶玉も用意できていないため、代わりに遠くを見る方法として、人型の魔物に勧められたのが水盆だったのだ。
睨みつけていたが、薄暗い地下室以外は何も映し出さなかった。
「……勇者アキヒコの様子を見たいのだけど、映らないわね」
「ただの水盆を魔法のアイテムへと変えるためには、特殊な魔法が必要かと」
答えたのは、赤い肌をした人型の魔物だ。筋骨たくましい男性の姿をし、角が額から二本、上に向かって突き出ている。
「……どんな魔法なの?」
「魔王様がご存知ありませんか?」
魔物は、鬼族のブッシュ・ド・ノエルと名乗った。ケーキみたいな名前だと思ったことで覚えていた。
「私が知っているはずなの?」
「通常、魔物は生まれつきの魔法以外は使えませんので……魔女のような、研究し続けるよう呪われた者達の例外はありますが」
「魔女って、呪われているのね。私も……今は知らないわ。でも……魔王にふさわしい力が私にはあるはずなのよね。ちょっと考えてみる。勇者アキヒコ……ただでは済まさないわ」
ハルヒは、かつての世界で結婚式を挙げた相手を罵りながら、自分の知識を探るように目を閉じた。
頭の中に、図形と文字が浮かび上がる。
ハルヒが目を開ける。
頭に浮かんだ文字と図形を、目の前の水盆に刻みつけるようにイメージする。
水盆が割れた。水が飛び散った。
「どういうこと?」
「魔王様の力に耐え切れなかったのでしょう」
「別の水盆を用意して」
「同じ品質のものでは、同じ結果になります」
用意された水盆は木製だった。
「なんならいいの?」
ハルヒに問われることを予測していたのだろう。ノエルは即座に答えた。
「魔王様が先ほど施そうした魔法陣は、とても特殊で強力なものです。あれに耐えうるなら、エルフたちの生み出すミスリル銀……最低でもそれが必要かと」
「エルフ? それは、どこにいるの?」
「魔の山にもいます。ですが……魔の山の魔物全てが、魔王様に従っているわけではないのです」
「……わかった。まずは、エルフとやらを締め上げればいいのね。案内しなさい」
「承知いたしました」
ノエルは、もともとエルフを魔王に隷属させるために提案したのではないかと、ハルヒは感じた。
いずれにしても、エルフが魔王に従わず、アキヒコの様子を探るのに必要な金属を持っているというのであれば、結果は同じだ。
「ああ……それから、吸血鬼を呼んで」
「魔王様の足元に、一人おります」
ハルヒの足元に、棺があった。ハルヒは棺を踏みつけていたのだ。
強引に棺の蓋を開けると、血色の悪い男が眠っていた。
ハルヒは人間に似た男の胸ぐらを掴み上げる。
「ひっ……魔王様。ご機嫌麗しく……」
「機嫌がよかったら、こんなことしないわよ」
「はっ。では……ご用ですな?」
「ええ。これから人間の国に行き、ロンディーニャという王女をさらいなさい。ブラックドラゴンを貸し与えるわ。うまく使うのね」
「はっ……承知しました」
ハルヒが吸血鬼から手をを離すと、吸血鬼はその場で畏まり、膝をついた。
ハルヒが外に向かう。
「どうして人間の姫を?」
ノエルが尋ねた。
「昨日、私に喧嘩を売ったのよ。勇者の強さはわからないわ。でも……魔王である私がここにいることは伝わったはず。勇者はいつまでも、城になんかいないでしょう。姫を連れ歩くこともないはず。姫だけなら、ただの人間よ」
「なるほど……なぜ、吸血鬼にお命じになられたのです?」
吸血鬼はたまたま近くにいた。ハルヒは魔物が居た場所とは無関係に、吸血鬼を探していた。初めから、吸血鬼に命令するつもりだったのだ。
「より人間に近い外見の者にさわられたほうが、危機感を煽れるわ。特に、お姫様なら命だけでなく、貞操とか色々、大事でしょうしね」
ハルヒがロンディーニャの誘拐を吸血鬼とドラゴンに命じたのは、姫をかどわかすのは、吸血鬼かドラゴンだという前世の偏見によるものだ。ハルヒは自分の思い込みだと自覚していたが、魔物に説明しても理解されるはずがないと黙っていた。
「なるほど……」
ノエルが何故か納得したところで、魔王ハルヒはエルフの森へ向かうと宣言した。
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