第6話 残り98日 勇者、魔術師と出会う

 魔王襲撃の翌日、勇者アキヒコは埋め立てられた池と燃えた庭園を見つめていた。

 ハルヒは妻である。だが、その姿を見たときは恐怖しかなかった。

 元の世界に戻って、夫婦に戻れるだろうか。


 一方的にアキヒコが悪いのだとわかっていても、不安は拭えなかった。

 兵士が駆け寄り、王が呼んでいると告げられる。

 ロンディーニャ姫との関係はもはや公になった。


 だが、穏やかな王は何も言わず、王宮の人々もむしろ祝福してくれた。

 王に呼ばれた理由が恐ろしかったが、行かないわけにもいかない。

 アキヒコは玉座の間に行き、早速土下座した。


「どうしたんじゃもん」


 王の声はやはり特徴的で、穏やかだった。丸い体型も相まり、怒っているようには見えない。

 だが、相手の人となりにつけ込んで思い上がった時は、失敗する兆候だ。

 アキヒコは頭をあげなかった。


「この度は、ロンディーニャ姫とのこと……僕の不甲斐なさで……」

「うん? それは、勇者アキヒコはロンディーニャ姫とは添い遂げらけないということかもん?」

「い、いえ。僕は……ずっと、姫と一緒にいたいと思いますが……」

「それじゃあ、問題ないもん。姫、よかったんじゃもん」


 アキヒコが頭をあげると、王の隣にロンディーニャ姫が立っていた。

 アキヒコと視線が重なり、穏やかに笑顔を向けられる。

 アキヒコは赤面した。


 ハルヒとのことは置いておき、この異世界においては、ロンディーニャから逃げるわけにはいかないのだと覚悟した。


「呼んだのは、そのことじゃないんだもん」


 王が言いながら、手を打ち鳴らす。

 体にぴったりとした黒いローブをまとった若い女が、キャスター付きのテーブルを押して入ってきた。

 比較的大きなテーブルで、上には剣と盾に、兜と鎧、すね当てと手甲が乗せられていた。


「装備ですね」

「そうじゃもん。本当はもっとゆっくりさせてやりたいが、魔の山に魔王がいることがはっきりしたんじゃもん。それも、勇者だけでなく姫にまで、なんだか怒っているんじゃもん。調査するって言ってくれたけど、できれば倒してほしいんじゃもん」


 王宮内で、魔王についての議論があったのだろう。

 魔王ハルヒは勇者アキヒコとロンディーニャ姫を目の敵にした。

 魔王ハルヒが、魔の山にいながら王宮の中庭を燃え上がらせたことは、恐怖だったのだ。

 アキヒコは頷いた。


「はい。当面調査のつもりでしたが……魔王ハルヒの討伐に向かいます」

「うむ。そう言ってくれるとおもったもん。でも、流石に一人では心細いと思うもん。そこの魔術師は、宮廷魔術師の孫なんじゃもん。ついていくといいもん」


 キャスターを押してきた黒いローブの女は、退出せずその場に止まっていた。

 ちょこりと頭を下げた。


「はい。よろしくお願いします。魔術師のペコです」


 丸い眼鏡をかけ、茶色い髪を大きな三つ編みにして背中に垂らしている。


「よろしく」

「手を出しちゃ駄目ですよ。アキヒコ様」


 ロンディーニャはにこやかに笑ったが、少なくとも目は笑っていなかった。

 勇者アキヒコはまだ土下座の姿勢のままだった。深々と、床に額をこすりつけた。

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