第5話 残り99日 魔王、激怒する

 魔王ハルヒは、魔物の中でも人型に近い魔女の指示に従っていた。魔女の掲げる水晶玉の中に、アキヒコがいるのを見つけた。

 魔女は人型の魔物で、例外なく年老いた老婆である。皺だらけの顔と、イボが浮かぶ突き出た鉤鼻が印象的だ。


「声は送れないの?」

「わしの魔力では難しいかと……」

「魔力なら、私のを貸してあげるわ。まあ……魔力があるかどうかもわからないんだけどね。でも、魔王にふさわしい力をくれるって言っていたから、いけるんじゃない?」


 魔王ハルヒは水晶玉に手をかざした。

 手の平から、水晶玉に朧な影が流れ込む。自分の魔力なのだと、ハルヒは理解した。


「おお……さすがは魔王様。これなら、声だけでなくお姿も送ることができますぞ」

「そう。なら、やってちょうだい」

「では……ふん」


 魔女が気合いを入れた瞬間、魔王ハルヒの5感が空間を越えた。

 魔王の本拠である魔の山にいながら、ハルヒの周囲は王宮の中庭にいるように感じた。

 足元には池が広がっている。


 王宮の池から水が立ち上がり、魔王ハルヒになったのだろうと、ハルヒは自分が見ている光景、聞こえる声、自分の手足の様子から判断した。


「ハ、ハルヒ……ま、魔王なのか?」


 ハルヒの前で、下着姿のアキヒコがうろたえていた。


「あなたが勇者? 私の名前を言い当てたのは、勇者のお力かしら?」


 勇者と魔王が知り合いでは、異世界の人間たちは困惑するだろう。そう思い、ハルヒはあえて知らないふりをした。


「あ……ああ。夢のお告げだ」


 アキヒコも合わせた。ハルヒは頷く。


「勇者であることは認めるのね。いいわ、あなたを私のものにする」

「駄目!」


 ハルヒの精一杯の意味深なセリフを、遮った者がいた。

 勇者であるアキヒコの前に立ち、まるでアキヒコを守るかのように両手を広げて仁王立ちしている。


「ロンディーニャ姫!」


 アキヒコはその名を叫んでいた。

 さっきまで寝ていたはずの姫は、シーツを体に巻きつけただけの姿で、髪は乱れ、裸足だった。シーツが滑り落ちれば、全裸ではないかと思わせるほどの姿だ。


「……どういうこと?」


 魔王の怒りが溢れ、庭園の植物を燃え上がらせた。


「勇者アキヒコは、私と将来を誓ったのです! あなたに差し上げるわけにはいきません! 魔王は、勇者アキヒコが討伐します!」

「それで……いいのね?」


 人々が逃げ惑う。ただ、ロンディーニャ姫は引かなかった。足元まで炎が迫っていても、動かなかった。

 ハルヒは出現した場所から動けなかった。魔女の力の限界だろう。

 ロンディーニャが背を向ける。アキヒコに抱きついたのが見えた。


 シーツがずれ落ちる。

 姫の、美しい白い背中が露わになった。頭部が重なっている。唇を重ねているように、ハルヒには見えた。

 アキヒコの両腕がロンディーニャの背中に周り、両手を重ねた。


 この世界の人間に意味がわかるかどうかはわからない。アキヒコの両手は、合掌していた。

 つまり、謝罪の意味である。


「絶対に、許さないからね!」


 ハルヒの怒りが頂点に達した。

 さらなる災害を産むかと思われたが、ハルヒの視界が魔の山に切り替わった。


「魔王様……申し訳ございません」


 ハルヒの足元で、魔女が息も絶え絶えに這いつくばっている。


「……どうしたの?」

「魔王様のお力に耐え切れず、水晶が……」


 魔女の力の象徴でもある水晶玉が、粉々に砕け散っていた。


「ごめんなさい。すぐに代わりのものを用意するわ」

「このような醜い魔女に……もったいないお言葉です」


 魔女がひれ伏す。魔王ハルヒは号令をかけた。


「敵は勇者アキヒコ、姫ロンディーニャよ。血祭りにあげるわ」


 魔王ハルヒの周囲で、魔物たちが快哉をあげた。

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