Episode1.2
金髪ボブで百五十センチメートルそこそこの小柄な女性は、鞘から抜かれた真剣を片手にニコニコしていた。
「ひっ」
やっと顔面の痛みから立ち直ったネルが、その姿を見るなり短く悲鳴をあげた。隣のフェナンドもごくりと喉を鳴らす。
「お疲れ様です。お戻りになられたんですね、イリス特殊部隊隊長」
「トス君もプラトンくんのお守りお疲れ様」
「誰がお守りだよ、ふざけんな」
イリスの労いの言葉に、トスが頭を下げる前にプラトンが嚙みついた。
プラトンと同期であるイリスだが、プラトンとは一回り以上の差があるような若々しさを保っており端から見ると若い女性に暴言を吐く四十手前の男、というなんとも情けない絵ズラになっている。
「お前が戻ったってことは国王との話はついたんだな」
「ええ」
危険な動植物から人間を守るサンクチュアリの任務中の不慮の事故だとしても、首都ガランドの象徴でもあるリンゼの時計台を真っ二つにした事実は変わらない。テルーナ王国の国王からの非難と責めは必ず取らなければいけないだろう。一体、その内容は何だろうと当事者であるネル、フェナンドはじっとイリスの言葉を待った。
「……その前に」
会議室の一番後ろの壁際に立たされたネル、フェナンド、アリサーを一瞥したイリスは一旦言葉を切って「ふぅ」と短く息を吐いた。トスが持っていたペンをひょいっと奪うと、何の前触れもなくアリサーめがけて大きく振りかぶる。
「――っ!」
目にも止まらぬ速さで飛んでいったペン先がアリサーのお面に突き刺さる。そして、みしりという嫌な音と共にお面が真っ二つに割れた。
「起きなさいな、アリサー君」
お面の下から現れたのは整いすぎた顔立ちの美青年。影ができるほどに長いまつ毛に、すっと通った鼻筋、色白の肌のせいか深紅の瞳がより際立ち、さらには艶やか漆黒の髪も相まって、芸術的な作品を見ているような気分にさせる青年だ。しかし、その表情はどことなく億劫そう。
「……俺、まじであいつら嫌いになりそう」
「まだ嫌いになってなかったんですか、案外タフですね」
「褒めてんのか貶してんのかわかんねぇ言い回しすんな」
今までの説教兼嘆きが、そもそもアリサーに届いていなかったという事実に泣きそうなプラトンをトスはなんとか慰めていると、イリスが話し始めた。
「今回の件に関するお咎めは二つ。まずひとつ、リンゼの時計台の修理費の請求。これはボクが本部に掛け合うから気にしなくていいわ。もちろん君たちは半年の減給だよ。そしてもう一つ」
確実に自分たちの首が飛ぶと思っていたネルたちが意外に軽い罰にほっと胸を撫でおろしたのもつかの間、イリスの次の言葉に度肝を抜かれた。
「生活魔術工具の技術水準を半年で一段階引き上げること」
「……は?」
おもわずネルたちと同様にプラトンまで呆けた。
魔法使いがサンクチュアリの“特級希少種”と認定されるまでに激減した現代において、まだ人と魔法使いが友好関係にあった古代の遺物である魔法陣による魔法を、生活の中に取り入れた道具が魔術工具だ。
基本、魔法は魔法使いしか扱えない。しかし、魔法陣であれば発動時の動力源となる魔力さえあれば誰でも、陣に刻まれた魔法が使える仕組みとなっている。ただ、現代の魔法使いたちの間でも魔法陣の知識は失われた古代の魔法とも呼ばれるほど希少価値は高く、その知識を有する魔法使いはほぼいない。そもそも、現在進行形で魔法使いたちはその存在事態、情報を掴むのが容易ではないのだ。
そのような背景はサンクチュアリ内では誰でも当たり前に知っていること。だからこそ二つ目のお咎めとやらがどれだけ常軌を逸したものか。
「た、たいちょー。それってつまり」
「魔法陣魔法の知識を有する魔法使いを
「ひえぇぇぇぇぇっ!? 無理ですぅ」
ネルが半泣きで天井を仰いだ。
魔法使いを相手に闘えるのは特殊部隊員のみ。魔力耐性の強い者を集めた特殊部隊という位置づけの彼らでも、魔法使いとの戦闘は骨が折れるものだ。戦闘不能にさせてやっと捕まえられる相手なのに、そう簡単に都合よく魔法陣の知識を有した魔法使いの情報を得られるわけがない。
そのことは隊長であるイリスこそよく理解しているはずだ。
「おい、それはもはや暗に大人しく首を差し出せって国王がブチ切れてんじゃねえのか」
「ブチ切れつつも
「お願いですから外では控えて下さいよ、お二人とも」
不敬罪で捕まりそうな物言いをする二人に、トスは苦笑いをこぼす。
「んで、目星が全くないわけじゃねぇよな?」
「ないけど」
その瞬間、プラトンはトスが持っていた辞表を略奪しようと襲い掛かった。昨日のうちにプラトン自身が書いたものだ。今すぐ辞表を出そうとするプラトンを、トスは必死に止める。二人の間で紙切れの辞表が引き千切れそうな勢い。
「ふぬぬぬっ! はっ、なせぇぇぇぇぇえッ」
「落ち着いてください! せめてっ……せめて後始末だけはして辞めて下さいっ」
今までにないほどの真剣なやり取りを真顔で見ていたイリスは、欠伸をしながら何でもないことのように言った。
「ふあぁ、冗談よ」
「……あ?」
それにぴたりと動きを止めたプラトンは、心底嫌そうな顔をしてイリスを見た。暇そうに剣をブンブン振り回すイリスは「なあに?」とにっこり顔で聞く。
「いっそのことお前の首が飛べば良かったッ!」
「あら嫌だ。物騒なこと言わないでよ」
「どの口が言ってんだよッ!?」
「まあまあ、お二人とも」
これ以上は口喧嘩が止まらなくなると判断したトスが仲裁に入る。そろそろ話を軌道修正しなければ今後の任務の計画に支障をきたす。ただでさえ半年という短い期間しかないのだ。トスとしてもぐずぐずしていられない。
「それで、イリス特殊部隊隊長。目星というのは?」
「ああ。さっきね、今回保護した魔法使いに会いに行ったのだけれど、面白いことを言ってたわ」
「何か気になることでも?」
「ええ。『見たことない魔法陣が刻まれた首飾りが闇オークションに出品されている』って」
新しい任務を告げるときと同じ笑顔を見せたイリスを見て、ネルとフェナンドは今週末も休暇はないなと確信した。
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