迷うなら離れる
シヨゥ
第1話
行きつけのラーメン屋に来てみると『しばらくお休みします』との張り紙が貼られていた。
店主が体でも壊したのだろうか。そう思っていたら店の裏手から店主が出てきた。
「どうも」
と声をかけると、
「すみませんね」
と返ってきた。
「どうかされたんですか。この張り紙」
と尋ねると、
「ちょっと」
と返ってくる。口数少ない店主だけあって会話は難しそうだ。
「ご家族が病気とか?」
と尋ねれば、
「いえいえ。個人的な理由です」
と返ってくる。
「その中身を訊いても?」
そう尋ねてみるとしばらく店主は考えこんだ上で、
「分からなくなって」
と返してきた。
「分からなく?」
「そう。分からなく。お客さんが分からなくなって」
「お客さんが?」
「そう……口下手ですみませんね」
「いえいえ。いいんですけど。お客さんが分からなくなったというのは?」
「えっと……どんな人に食べてもらうために作っていたのかが分からなくなって」
「どんな人に?」
「そう。初めはあったはずなんです。その人に店にやってきてもらって、『うまい』とただ一言言ってもらいたいっていうのが」
「それが分からなくなったと」
「はい」
「だから休店と」
「はい。続けることはできます。ですがその目標がなければ味がぶれる。そうなったらこの店はこの店じゃなくなるので」
「なるほど。もう一度そこに向き合うための時間が必要だったということですね」
「そうなります」
やっとのことで引き出した回答に店主の真摯さを感じた。
「しばらくご迷惑をおかけしますが」
そう言って店主は頭を下げる。
「また店を開いてくれるのでしょう?」
「その予定です」
「だったらいつまでも待ちますよ。だってあなたが追い求めた味がうまかったんですから」
「ありがとうございます」
「だから絶対に帰ってきてくださいね」
「はい」
そう返事をするや何度も頭を下げて店主は立ち去っていった。
人間迷うこともある。迷って正解が分からなくなるよりはちょっと問題から距離をとる方がいいのだろう。店主の選択を僕は指示しよう。そしてこの店があり続ける限り通おうと思う。だってあの店主なら信頼できるから。そう思わせてくれるから。
迷うなら離れる シヨゥ @Shiyoxu
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