上司の言葉がきつすぎて、緊急で心を癒します【朗読にも使える】

雪月華月

上司の言葉がきつすぎて、緊急で心を癒します

 ど、どうしようもないと思いつつ、ため息をついた。

今日は最悪だった、上司から無作法に傷つけられた。とにかく厳しい、きついという評判の上司の下になったのだが、その手厳しさに当てられた。


 確かに私のミスであるのだけど、あまりの厳しさに、心が固まりきって、頭がパニックになりそうだった。そうしたら相手に気取られてしまって


「泣くんじゃないぞ、女だからって。もしやったら、ずるい奴だからな、根性がないってことを俺の前で晒すなよ。まったく、情けない顔だな、気分が悪くなる」


 その言葉で心がまったく動かなくなってしまった。相手の言葉が逃げようとする私の心を追撃し、ぐさりと刺していく。以前噂で聞いていた……あの人さぁ、きつい言葉で、人を支配しようとするんだよね……


 問題ある、パラハラだ……そう言われても、上司が上司の立場を守られているのは、それだけ有能で、会社の成長に全身全霊をつくしてきたから……結果的に自分以外の社員のほとんどが手駒にしか見えない。会社を成長させる……手駒に。

 まわりは尋常じゃないことを察していたが、何もしなかった。傍観していたところが、とても、この会社らしい。下手に干渉したら、今度は自分なのだから。


「ああ、くそやろー」


 私は唸るように言っていた。世の中なんて理不尽なんだ。馬鹿みたいに理不尽なんだ。こんなこと、これから毎日、そんなありふれた日常みたいな顔でやってくるのだろう。負けられないのだ、安直に転職していられないんだから。


「ビールください!!! ビール!」


 私は自分の近所にある、小さな宿に入っていた。

宿場町だった頃から続くという由緒正しい旅館だ。こじんまりとしているが居心地はいい。近所にあるが、ここで過ごす時間は、特別に感じる。


 明日は休みだったこともあり、突発的に宿泊していった。

 まだ開いていた食堂で、ビールをあおるように飲む。酔いたい、炭酸で喉を焼けさせたい。ゴクゴクとした喉越しの音が、苦しいほどに喉奥に入っていくビールの感覚が、うわぁあと言いたくなるほど気持ちよかった。しかし結構がぶ飲みしたのに全く酔えない。酔いでいろいろと誤魔化そうとしているなんて、超不健康である。でも不健康な飲み食いって、心にはいい。私にはいい。


「今日も荒れてますねぇ……ああ、春の山菜の天ぷらがあるんですけど、食べていきます?」


「あ、はいっ、お腹がぺこぺこなので……」


 山菜は昔は田舎に住んでいたので、わんさか食べた。

山に行ってきた祖父母がこれでもかといわんばりにとってきて、一日がかりでアク抜き作業をするのだ。春の味と教えられて食べていた、くせがあるけど、だんだんとそのくせというか、ほろ苦さがたまんなくなっていった気がする。


「ふふ、ではどうぞ、あげたてですよ……」


 私は小さく頷いた。


 タラの芽の天ぷらは、ほろ苦く、お酒とよくあった。もつ煮も進められて、ついでに食べた。

 天ぷらはタラの芽の他に、よもぎの天ぷらもいただいたのだけど、食べようとしたら感情の波がこみあげて。とても食べられなかった。私はその後、日本酒ばかりを飲んでいた。


 さんざん飲んで……酔い潰れなかった。しかし気分が上がりきらなかった。

熱い温泉に入って、お湯の熱さに、声をもらしてため息をついたら……

急に心に、大波みたいな感情が現れた。自分をだめにしそうな、感傷だ。やだなって思う、自分は病んでいるのかなって思う時がある。だけど誰もいないお風呂で、一人で泣くくらい許してほしい。甘えないから、ちゃんとこの後で自分の足で立つから。そう、誓う。


 ……上司の言葉は、さらりと吐かれて、その言葉の軽さが悲しかった。


 傷つけた自覚もないのだろう。ああいう時、どうしたら正解なのだろう。さらりと言葉を流せばよかったのか、反抗しちゃえばよかったのか。私にはわからなかった、真正面から受けてしまって、重傷だった。


「いいこと、あんのかな……」


 私はため息をついた。ぐずぐずとしてしまう自分が悔しい。

問題があるなら、心を守るためなら、逃げた方がいい。

それは優しい、正しさだろう。でも経済面を無視しすぎた選択は、あまりに危険だ。

だから今の居場所を、そう簡単に、間違いだと言って逃げ出せない。


 ほんと、ほんと、ほんとにさぁ……。


 考え込むと地の底までいきそうで、私はむりくり思考を止めた。

そしてうだる前に、温泉からあがった。そそくさと着替え、ビンの牛乳を飲んで、体のほてりをとろうとする。すると食堂で私に給仕をしていた女将さんと会った。


「ここにいたんですね……あの、お腹に余裕ありますか?」


「え、あー、はい……」


 思考がドツボにハマったせいか、お腹が軽く空いていた。まあ、酒で誤魔化そうとしたこともあって、あまり食事も入ってなかったが。


「よもぎの天ぷらが少し残っていて……甘いので、よかったらどうぞ……」


 食堂に案内されて、そっとよもぎの天ぷらが出された。

夕食時、急に感情がぶわっとこみあげて、食べられなかったものだ。

ちょっと多くあげてしまったのです、おすそわけですと、女将さんは言った。


 そういえば久しぶりかもと思った。都内に引っ越して、山菜は手が届きづらいものになったし、よもぎは天ぷらより、よもぎ餅にウチはしてしまうから、あまり食べたことはなかった。


 さくりと、よもぎの若い葉のてんぷらを食べる。ぱっと口の中に広がったのは、甘さと、よもぎの優しい香りだ。


 春のものなのに、全然苦くない……


 ……ふと思い出したのは、子供の頃、タラの芽が苦手で、まったく箸が進まなかった時のことだ。母は祖母に謝っていて、私に好き嫌いしちゃだめとと怒っていた。

 私は母の様子にへそを曲げ、余計に食べなかった気がする。

 祖父はその様子を見て、祖母にこう言った。


「よもぎの天ぷら、つくったらどうだ」


 その言葉が発端になって、出された。


「これは苦くないよ」


 なんとなく拗ねている自分がわるいとわかっていたので、私は渋々と、食べた。


「あっ」


 そうしたら、よもぎの天ぷらは、春のほろ苦さはなく、甘くて、よもぎの香りで口の中がいっぱいになった。そう、ただ優しい味だった。


 美味しくて、もぐもぐと一生懸命に私は食べた。皆ほっとして、よかったよかったって笑っていた。本当に……懐かしい話だ。


「おいしい……」


 泣き止んだはずなのに、頬に一筋、涙が流れた。

ああ、もう、温かい思い出のせいだ……思い出が私の傷口にそっと触れて、私を慰めてくれる。もう、あの頃じゃないのに……でも涙が止まらないのだ。


 ああ、もう、もう……

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