第6話 封印のクリスタル
夏美に誘われて練習試合を見に行ってから数日後のある日の放課後、僕はソファに腰かけていた。手には禍々しく濁った色をした小さなクリスタルがある。
これは人間の負の感情によって生まれた世界を滅ぼす原因となるエネルギーを封じ込めたものだ。
簡易的とはいえ封印されているにも関わらず、持っているだけで全身を寒気が襲う。うまく言葉にできない不快感を感じる。
そんな僕のすぐ近くに、狐白がまるで忠犬のように控えている。その表情は不安げで僕のことを心配しているのがよく分かる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
そんな狐白を安心させるために声をかけるが、その表情はすぐれない。
「ですが……」
「これの危険性は十分理解しているつもりだし、何が起きても平気なように注意しているから」
「なにかあればこの身に変えましてもお守りします」
狐白の声から強い覚悟が伝わってくる。
「ありがとう」
そう言って狐白から手元のどす黒く濁ったクリスタルへと視線を戻す。
これは父さんたちから魔法少女の話を聞いてから修業をはじめ、ある程度力を使えるようになったころに渡されたものだ。
人の負の感情から生まれるエネルギーによって世界が滅ぶと言われただけでは実感がわかなかったが、そのエネルギーを封印したものをこうして目の当たりにすると父さんの話が嘘ではないということを身をもって感じることが出来る。
こんな小さなクリスタルの中に封印されている量だけでもそのエネルギーの脅威を感じることが出来るのだ。
時に怒りなどの負の感情が大きな原動力になるという話を聞くが、あながち嘘ではないのかもしれない。
「このエネルギーが原因で化け物が生まれるんだよね?」
「そうです。いまその中に封印されている量はかなり少ないので、それから化け物が生まれる心配はありません。しかし、多くの負のエネルギーが集まることにより人々に害をなす化け物が生まれるのです」
この負のエネルギーが危険だということは以前身をもって経験した。そんな負のエネルギーから生まれる化け物がどれほど脅威になるかは火を見るより明らかだ。
「その化け物が生まれてくるのを止めるのは不可能なんだよね?」
「はい……この土地はどういう訳か昔から負のエネルギーが集まりやすいのです。優斗様の祖先がそのエネルギーが人々に害をなさないように封印したのですが、その封印も限界が近いのです」
「父さんたちが戦っていたのはその封印から漏れ出した負のエネルギーによって生まれた化け物たちってことか……」
「人の負の感情というのは人がこの世にいる限り消えることがありません。人間がいる限り世界に負のエネルギーが存在し、化け物が生まれ続けるのです」
人間が自らを滅ぼす化け物を生み出す原因となっているなんて皮肉は話だと思う。
「何としても止めないといけないね」
「優斗様が望むのであれが喜んでお手伝いいたします」
狐白の言葉に感謝の意を示すようにそっと頭をなでる。
父さんたちの話によると僕の祖先が施した封印が解けてしまうと、それまで封じ込められていた負のエネルギーがばらまかれてしまい、世界中で人間を滅ぼす化け物が生まれてしまうらしい。
しかもその封印が解けてしまうまで時間があまり残されていないらしい。
「はやく魔法少女を見つけて契約しないとね」
「優斗様の力はあくまでも封印で戦闘向きではないので、今化け物が現れたら大変なことになってしまいます。が自身の身を守るという意味でも早く魔法少女を見つけてほしいです」
負のエネルギーから生まれた化け物たちと戦うことが出来るのは負の感情とは正反対の正のエネルギーを扱うことの出来る魔法少女たちだけなのだ。
ただ、あくまで負のエネルギーを削ぐことが出来るだけで完全に消し去ることは出来ないらしい。だからこそ僕たち一族の封印の力が必要になってくるのだ。
「魔法少女もそうだけど、僕ももっと力を使いこなせるようにならないとね」
「優斗様ならばすぐに先代を超えられると思います。それどころか……
「どうしたの?」
「いえ、何でもあません」
なにか言いかけたようだけど、狐白が何でも無いというのだからわざわざ聞き出すようなことをしなくてもいいだろう。
狐白をなでながらやらなきゃいけないことを頭の中で整理する。
まずは魔法少女になることの出来る素質を持つ人を見つけ出し契約してもらうこと。そして、僕自身の力の強化だ。
魔法少女に関しては街を歩いてそれっぽい人を探しているのだがなかなか見つけることが出来ない。一つ言っておくけど、決して犯罪者のようなことはしていない。
封印が解けてしまうまでまだ時間があるからと言ってもたもたしていることは出来ない。封印が解けてしまわないとしても、解けかかった封印から漏れ出した負のエネルギーによって化け物生まれてくるかもしれないのだ。
僕の最低限度の準備が整うまで父さんたちがサポートしてくれると言っていたが、早いに越したことはないだろう。
そんなことを考えているとふと明日のことが頭に浮かぶ。
「父さんから荷物が届くのって明日の何時頃だっけ?」
「お昼だと言っておりました」
お昼か……やっぱり夏美の応援に行くのは厳しいようだ。応援に行けないのは残念だけど仕方がない。
夏美は今日も明日の練習試合の為に部活で遅くまで練習をするそうだ。直接応援に行くことはできないが、せめて心の中だけでも応援しようと思う。
そうだ、あとでメッセージを送っておこう。
「そろそろ私は夕食の準備をはじめます」
狐白の言葉を聞いて時計を見ると、思いのほか時間が立っていることに気づく。
「いつもありがとう」
「私が好きでやっているので気にしないでください」
そう言って狐白は台所の方へと消えていく。
手に持っていたどす黒い濁った色のクリスタルをしまい、軽く体を伸ばしてから立ち上がる。
狐白が料理を作ってくれている間に出来ることをしよう。
立ち上がると、次の行動へ動き出した。
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