第3話 幼馴染
家を出てから数分歩き続けると同じ学校の制服を着た人の数が少しずつ増えてきた。
僕が通っている高校は同じ中学校の人が結構多いので顔見知りも多く新しい生活に慣れるのにあまり時間がかからなかった。
「おーい、ゆうとー」
そんなことを思っていると後ろから名前を呼ばれる。振り向くと同じ学校の制服に身を包んだ一人の女子生徒が、手を振り後ろで一つにゆわれた紙を大きく揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。
「おはよう!」
「おはよう」
僕が挨拶を返した相手は小さいころから一緒にいるいわゆる幼馴染の
「夏美がこの時間に登校だなんて珍しいね」
「今日は朝の練習休みだったんだよ」
夏美は剣道部に所属している。その証拠に背中には部活で使う竹刀の入ったカバンを下げている。
「そうなんだ」
彼女の剣道の腕前はかなりのもので、中学生のころには全国大会で見事に優勝を果たした。そんな夏美が剣道をやるようになったのは、昔一緒に見ていたアニメに出てきた女剣士にあこがれて、という少し変わった理由だったりする。当時の将来の夢は剣士と答えていた程にあこがれていた。
さすがに今の時代に剣士になることは出来ないのでその代わりに剣道を始めたのだ。
いざ始めてみるとセンスの塊のようでみるみる成長して全国一位まで上り詰めたのだ。もし生まれる時代が違っていたら天才剣士として名を轟かしていたのではないかと思う。我ながら変な感想だと思うが、夏美の凄さをどうにか言葉にしようとしたらそんな感じになってしまったのだ。
「そうだ」
しばらく黙って歩いていると何かを思い出したように声を上げる。
「どうしたの?」
「おじさんたちが海外に行ってからしばらく経つけど大丈夫なの?」
周りにの人たちには父さんたちは海外に出張に行ったことになっている。そして僕は高校があるので父さんたちには付いて行かずに一人暮らしをはじめたことになっている。さすがに魔法少女云々は言えない。言ったところで信じてはもらえないだろう。
「うん。大丈夫だよ」
「それならいいけど……狐白ちゃんのことも心配だよ。ちゃんとお世話してる?」
夏美の家は共働きだったこともありよくうちで預かっていた。なので当然狐白の存在も知っている。
「狐白も元気だから大丈夫だよ」
夏美が知っているのはあくまでも以前の狐白で今の九尾の姿は知らない。まさか僕が狐白に世話をしてもらっているなんて夢にも思わないだろう。
「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとう」
「うん!」
僕の答えに満足したのか嬉しそうな笑みを浮かべる。夏美が心配せてくれるのは素直に嬉しい。
そうこうしているうちに学校に到着した。
「部室に荷物を置きっぱなしだから取ってから行くから先に行ってて」
「わかった」
「じゃあね」
夏美が部室の法衣とは知っていく後ろ姿を見てから下駄箱へと向かった。
◆◆◆
靴を履き替え教室へと向かう。僕は一組で二階に教室があるが、夏美は七組なので教室があるのは三階だ。階が違うのでなかなか会う機会はない。
教室に入り途中何人かの同級生に挨拶をしながら自分の席へと座る。
「おっ、やっと来たか」
顔を上げるとすぐ近くに一人の男子生徒が立っている。
「おはよう」
「おう!」
その男子生徒の名前は
「この前話していた漫画持ってきたぞ」
そう言って机の上に三冊の漫画本が置かれる。
「とりあえず三冊だけ持ってきた。続きはこれが読み終わり次第持ってくる」
啓が持ってきてくれた漫画は、中高生の間で爆発的に人気の作品だ。これまで読んだことがなかったが、あまりにも人気だったので気になっていた。そんな時ちょうど啓が全巻持っているということで貸してもらえることになったのだ。
「ありがとう」
お礼を言いながら漫画をカバンの中にしまう。
「読んだらちゃんと感想教えろよな」
「うん」
そう言って啓は自分の席に戻っていった。
◆◆◆
午前中の授業が終わりお昼休みになると、再び啓画僕の席のもとまでやってくる。
「なぁ、お昼ご飯どうする予定?」
「購買に買いに行こうと思ってる」
「それなら一緒に行こうぜ」
「いいよ」
一人暮らしが始まって最初の方は狐白がお弁当を作ってくれていたが、少しでも狐白の手間をなくそうとお昼ご飯は購買で買うようにしている。
啓と一緒に教室を出て購買に向かっていると、途中でばったりと夏美と出会う。
「あ、いたいた!」
どうやら何か用事があったらしく僕のことを探していたらしい。
「どうしたの?」
「今日の放課後って何か用事ある?」
すこし考えてから応える。
「いや、特に予定はないけど……」
「それならさ、部活見に来てよ」
「部活?」
「今日、他校の生徒と練習試合があるから見に来てほしいなって」
「僕、剣道部と一切関係がないけどいいの?」
「先輩に確認したらオッケーだって。先輩も友達とか彼氏に声かけているらしいよ」
それなら部外者の僕が言っても問題ないか。
「それなら見に行くことにするよ。夏美が剣道している姿は好きだし」
「決まり! 体育館でやるから遅れないでね!」
「わかった」
「後でね!」
要件を終えると走って行ってしまった。その姿を見ていると同じように夏美の姿を目で追っていた啓がつぶやくように言う
「やっぱり夏美ちゃん可愛いよな」
たしかに夏美は昔から良く告白などされている。男子からの人気は絶大で美少女かと問われればほとんどの人が即答で美少女だと答えるだろう。
「いいよな、あんな可愛い幼馴染がいてさ」
「あはは……」
啓みたいなことを言う人は結構いるし、中にはなんでお前みたいな奴が夏美の隣にいるんだ? なんて批判めいたことを言ってくる人までいる。
たしかに僕と夏美とでは釣り合っていないと思うが、そんなことを言われても困ってしまうので気にしないようにしている。
笑って流すくらいがちょうどいいのだ。
「お前でも夏美ちゃんのことは可愛いと思うのか?」
「え? うん。可愛いと思うよ」
「へー、意外だな」
「意外って?」
意外、という意味が分からず思わず聞き返す。
「ほら、物語に出てくる男女の幼馴染同士ってさ、男の方は女の方の可愛さとか魅力に気づいていないパターンが多いだろ?」
「確かに言われてみるとそうかも」
「大体は物語が進んでいくうちに相手の良さに気づいて行って……みたいな展開だろ? だからさ、お前が夏美ちゃんのことを可愛いって思っているのがなんか意外だったんだよ」
そういう意味で意外といったのか。啓の言っていることはなんとなくわかるが、あくまでも物語の世界の話だ。
「現実と物語は違うんじゃないかな? 少なくとも幼馴染みとして他の人より長い間一緒にいるんだからその人の良さだって他の人より気づくんじゃないかな?」
「そういうものか?」
「僕はそう思うよ」
「実際に幼馴染がいるお前が言うんだからきっとそうなんだろうな……あーあ、俺にも美少女の幼馴染がいればなぁ!」
なぜかものすごく悔しそうな表情をする啓。
ふと時計を見るともたもたしていると休み時間が終わってしまうことに気づく。
「急がないと休み時間終わっちゃうよ」
「やべ、急ぐぞ!」
慌てて走り出す啓の後を追って購買へと向かった。
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