第2話 狐白
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ」
叫び声と共に跳ね起きる。
「はぁ……はぁ……」
息苦しく肩で呼吸を繰り返す。夢と現実の間にいるような感じで頭がくらくらする。
ぼんやりしている頭で周囲を確認すると、薄暗い部屋にカーテンの隙間から朝日が漏れている。
時計を見て時刻を確認すると朝七時をすこし過ぎたころだ。
全身汗でびっしょりになっている。寝間着が汗を吸い込んでいるせいで気持ちが悪い。
「また、あの夢を見ちゃった……」
父さんから魔法少女や負の感情が集まりとんでもないことが起きてしまうこと、そしてそれを防ぐために僕には大事な役割があるということを聞いてから数カ月が経った。
話を聞いてすぐは父さんの言っていることが信じられなかったが今はすべて事実なのだと思っている。
突如見せられた実の母親の魔法少女姿。しかもご丁寧に変身から見せてくれた。そんなのを見せられては信じるしかない。
父さんの話が真実だと分かる代償として、僕は大きなトラウマを背負うことになった。あれから数カ月たっているにも関わらず、あの時の光景を何度も夢に見てしまいそのたびにうなされ起きてしまう。
実の母親の魔法少女姿なんて心の準備が出来ていてもきついのに、そんなものをいきなり見せられてはかなわない。
実の母親の魔法少女姿を見たという人が世界中にどれだけいるのか分からないが、もしそんな人がいたら仲良くなれるような気がする。
時間も時間なのでベッドから起き上がる。汗で濡れて気持ちが悪いのですぐにでも寝間着を脱ごうとボタンに手をかけたところでドアがノックされる。
「優斗様、入ってもよろしいでしょうか?」
透き通るようなきれいな女性の声。さっきまでの悪夢で苦しかった気持ちが軽くなるような気がする。
「いいよ」
僕の返事を聞くと部屋ドアが開き声の主が入ってくる。
「おはようございます」
「おはよう、
入ってきたのは人ではない。
大型犬くらいの大きな狐だ。全身綺麗な白い毛におおわれている。普通の狐とは一線を画する神々しさのようなものを身にまとっている。違いはそれだけではない。本来一本のはずのしっぽが九本ある。狐白は有名な九尾の狐なのだ。
「さっきほど大きな声が聞こえてきましたけど大丈夫ですか?」
狐白と言う名前は母さんがつけたものらしい。綺麗な白いきつねなので『狐白』。単純な名前だが本人は気に入っているみたいだし、僕もこの名前はかなり好きだ。偶然かもしれないが狐白のきれいな琥珀色の瞳ともうまくかけ合わさっている。
「うん。心配させてごめんね」
「いえ、優斗様の身が第一ですから」
僕は心配してくれた狐白の頭を感謝の意味を込めて優しくなでる。すると気持ちよさそうに目を細める。こういったところは昔から変わらない。
狐白は僕が生まれたころからこの家にいるもう一人の家族だ。つい最近まで普通の狐と変わらない見た目をしてた。大きさだって今よりももっと小さかったし尻尾も一本だった。もちろん言葉が喋れるということを知ったのはつい最近だ。
狐白の姿が変わったのは父さんから色々な話を聞いた日だ。当然の狐白の変化には驚いたが、それ以上にとんでもないものを見てしまったので、すんなりと受け入れることが出来た。
むしろ大きくなったもふもふの体で心の傷をいやしてもらったくらいだ。
「優斗様、そのままでは風邪をひいてしまいますので着替えた方がいいかと」
狐白に言われて寝間着が汗で濡れていたことを思い出す。
「そうだよね。ありがとう」
再びボタンに手をかけ脱ぎ始める。
「朝食の準備は終わっているので支度が終わったらリビングに来てください」
「わかった」
狐白はそう言うと部屋を出ていく。
僕は狐白を待たせてしまわないように急いで身支度を進めた。
◆◆◆◆
顔を洗い終え学校の制服に身を包んだ僕は狐白の待つリビングへと向かうとそこにはすでに朝食の準備が済んでおり、テーブルの上には食べ物が並んでいる。その近くには狐白の姿もある。
狐白とは生まれた時からずっと一緒に暮らしているから特に疑問に思ったことがなかったが、狐が家にいる家は相当珍しだろう。それにただの狐ではなかったし……
「いつも助かるよ」
「これくらいたいしたことありません。それに優斗様に使える身としては当然です」
どうやら狐白は昔母さんたちに助けてもらった恩があるらしい。その恩返しとして僕の助けになってほしいという母さんたちの頼みを聞いてくれているそうだ。
「母さんたちが家を出てからしばらく経つけど、狐白のおかげで不自由なく過ごせているよ。ありがとう」
狐白は僕の言葉に一礼するとリビングから出ていった。掃除や洗濯など家事全般をしてくれているので、朝食の用意が済んだので次の作業に向かったのかもしれない。
自分の家にいる犬や猫と話したいと考えたことがある人は結構いると思う。僕も一度でいいから狐白と話してみたいと思っていた。その夢がかなったのは素直に嬉しかった。父さんの話を聞いたから多くのことが変わったし大変なことに巻き込まれてしまったけれど、いやなことばかりではないと思う。
狐白の姿が見えなくなったところで手を合わせる。
「いただきます」
感謝しながら狐白の用意してくれた料理に手を伸ばす。どれもおいしくあっという間に食べてしまう。
今この家にいるのは僕と狐白だけだ。
父さんたちは僕にいろいろと話した数日後にやることがあるからと出ていってしまった。きっと一族の役割に関係することだろう。
話を聞いてから僕も自分の力を使うことが出来るように訓練を始めた。まだまだ未熟だが少しずつ力を使えるようになってきている。こうやって改めて特別な力を目の当たりにすると父さんの話が本当のことなのだと実感する。
特訓と同時に魔法少女の存在を探し始めているのだがこちらは何の進展もない。そもそもどんな人が適任何か分からないのだから探しようがない。
年齢的に少女ではないような気がするが、僕の知っている魔法少女って母さんだけだし……
とりあえず今僕が出来ることをすこしずつでもいいからやっていくしかない。
ふと時計を見るともう家を出ないといかない時間だ。あまりゆっくりしていると学校に遅れてしまう。
急いで部屋から荷物を取って来ると玄関に向かい靴を履く。
扉に手をかけ『行ってきます』の挨拶をしようと振り返るとすぐ後ろに狐白が行儀よく座っている
「行ってきます」
「いってらしゃいませ」
狐白に挨拶を済ませると家を出た。
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