僕と契約して魔法少女になってよ、と言って誘ってみた

カムシロ

第1話 魔法少女と契約ってなに?!

 高校への進学も決まり春休みを悠々自適に満喫していたある日のこと、僕は父さんに呼び出された。

 今日は日曜日で仕事は休みなので朝から家族全員がこの家に集まっている。


 高校進学が決まったことによる解放感と試験に向けて勉強を頑張ったので、学校が始まる前の今くらいはだらだらとゆっくりしていたいと思っていたのだが、父さんの雰囲気がいつも違い只ならぬ様子だったのであわててリビングへと向かう。


 リビングには父さんだけではなく母さんの姿もある。二人とも神妙な面持ちで静かに椅子に腰かけている。


「来たか。そこに座ってくれ」


 父さんは俺と目が合うと自分たちの真向かいの席を指さしながら座るように言う。

 父さんだけではなく母さんの様子もいつもと違う。いつもニコニコとしていて明るい母さんが今はにこりともせずにただ黙って座っている。少しだけ怖いと思ってしまう。


 これまで感じたことのないような重々しい雰囲気にたじろぎながらも父さんの指示通りに椅子に座る。

 カチカチと時計の音がやたら大きく聞こえる。なかなか話始めない父さんの様子を見て嫌な予感がしてくる。


 まさか……


 いつも冗談を言ったり、周りからは悩みがなさそうだと言われるほどの人がこんな表情をしていると嫌でも悪い想像をしてしまう。

 我が家は仲のいい家族だし、父さんと母さんが喧嘩しているところなんてこれまで一度も見たことがなかった。子供の僕の目から見ても仲のいい夫婦だと思っていた。


 でも……二人が子供の僕に心配をかけたくなくて隠していただけだとしたら……


 家族がバラバラになってしまうかもしれない。


優斗ゆうと、よく聞いてほしい」


 今まで黙っていた父さんが口を開く。


「うん……」


「お前に言わないといけないことがあるんだ」


 普段とは違うまじめな口調に思わず背筋が伸びてしまう。もし予想しているようなことを言われても動揺しないように心を落ち着け父さんの次の言葉を静かに待つ。


 ほんの数秒のはずだがやたらと長い沈黙のように感じてしまう。そしてようやく父さんが言葉を発する。


「この町を守るために魔法少女と契約するんだ!」


「…………………………へ?」


 予想外どころか意味の分からない内容に理解が追い付かず気の抜けた間抜けな声が出てしまう。


 父さんが僕の様子を見て頷く。


「この町を守るために魔法少女と契約するんだ!」


「違うよ! 別に聞こえなかったから聞き返したんじゃない!」


「そうか。聞こえていたならよかった」


 なぜか満足そうな父さんの様子を見て頭が痛くなる。


「全然よくない! 父さんの言っている事何一つ分からなかったから!」


 内容をいくら思い出してもまったく分からない。正直、父さんの頭がおかしくなってしまったとしか思えない。


 魔法少女? 契約?


「あぁ、悪い悪い。いきなりこんなこと言われても困るよな」


 いきなりじゃなくても困るんですけど……


「ちゃんと説明するから」


 そう言う父さんはいつも通りに戻っている。さっきまでのまじめで重々しい雰囲気はどこかに行ってしまった。混乱している僕を見てまるでいたずらっ子のように笑っている。


「優斗の気持ちは痛いほどわかるぞ。父さんも昔同じことを言われたことがあるからな」


「そうなの?」


「ちょうど父さんが優斗と同い年の時にな。一族の伝統らしい」


 父さんはとても懐かしそうな表情をしているが、早く説明をしてほしい。とりあえず今気になったことを聞いてみることにする。


「一族って?」


「そうだな。まずそこから話した方がいいか。いろいろと言いたいことが出てくると思うが、まずば話を聞いてくれ」


「わかった」


 何もわからない状態なので素直に頷く。父さんが手元にあるお茶を一口飲むと説明が始まる。


「うちは遥か昔から代々続いている特殊な一族でな、この町ー-いや、世界中の人々を守る大切な役割があるん


「役割?」


「そうだ。みんなが幸せに暮らすために大切な役割だ」


 父さんの口調はまじめなものでふざけている様子はない。さらに話が続いていく。


「人間の負の感情ってなんだか分かるか?」


「えーと、悲しみとか怒りとかだよね?」


「そう、そういった負の感情がたくさん集まると地震や洪水、噴火といった自然災害や原因不明の病が世界中を襲い多くの人間が死んでしまうことに繋がる。最悪の場合、人類がこの世界から消滅してしまうかもしれない」


「そんなことって……」


「信じられないかもしれないが事実だ」


 力強い語調に息をのむ。


「それを防ぐために父さんたちがいるんだ。その集まった負の感情が世界中の人々に牙をむく前に封じ込めるのが我が一族に課せられた使命だ」


「そんなこと出来るの?」


「出来る。優斗はまだ自分の力を自覚してないから分からないと思うがすぐにわかるさ」


「父さんはその力を使えるの?」


「特訓したからな」


 そこでもう一つ疑問に思っていたことを聞いてみる。


「とりあえずだけど封印? のことはわかったと思う。でも、それと魔法少女とどう関係してくるの?」


「それはだな、負の感情が集まると時に人ならざる化け物が生まれることがあるからだ」


「……化け物?」


「その化け物を放っておくとさらに被害が出てしまう。でも、父さんたちの力は封印に関係するものだから戦う力はないんだ」


「だったらー-」


「そのための魔法少女だ」


 僕の言葉を遮るように言う。


「父さんたちに戦う力は無いけど、秘められた力を開放することは出来る」


「秘められた力……」


 父さんの言葉を理解しようと小さな声で繰り返す。


「力がないと危険だから誰でもいいって訳じゃないけどな」


「みんなを守るためには、その魔法少女に協力が必要なんだね」


「まぁな」


「封印する力だけじゃなくて戦う力もあればだれかを危険な目に合わせなくてすむのにね」


 父さんが僕の呟きを聞いて少し驚いたような顔をしたがすぐに笑い、強めに僕の頭をなでる。


「やっぱり優斗は優しいな! 父さんは嬉しいぞ」


「う、うん」


 いきなり褒められたので少し気恥しい。


「とまぁ、こんな感じだ。細かいところは後で話すとして、とりあえずわかったか?」


「うーん……」


 父さんが嘘を言っているようには見えないが、だからと言ってはいそうですか、と信じることはできない。話が大きすぎるというか突拍子もないというか……


 負の感情で災害が起きることも信じがたいが、それよりも負の感情から化け物が生まれるなんてそれ以上に信じ難い。

 それに魔法少女なんて物語の世界だけの存在だ。そんなのが現実世界にいたら驚くなんてレベルじゃない。

 父さんの話はどれも現実離れしすぎている。


「やっぱり信じられないか?」


「……うん。ごめんなさい」


「いや、それが普通の反応だ。父さんだって最初は信じられなかったからな」


「そうなの?」


「こんな話聞かされて素直に信じるほうがおかしいと思うぞ」


「だ、だよね。なら、いつ信じることが出来たの?」


「実際に力を実感したり、魔法少女をこの目で見たりしたからな」


「え?! 魔法少女見たことあるの?!」


「そりゃ父さんだって昔は平和の為に戦っていたしな」


 衝撃の事実に耳を疑う。そんな話聞いたことなかったし、素振りだってなかった。


「なら、父さんがまた活動するのは駄目なの? 僕には使えない封印の力も使えるんだし」


「いろいろ事情があるんだ。父さんたちもやらないといけないこともあるしな。それに大きな問題がある」


「大きな問題って?」


「今の状況から考えて新たに魔法少女の協力を得ないといけない。そこでだ、魔法少女っていたら何歳くらいを想像する?」


「うーん、高校生……いや、中学生とか小学生かな」


「そうだ。父さんがその年の女の子に魔法少女にならないか? なんて声を掛けたら捕まるぞ?」


 たしかに中年のおじさんがそんなことを小学生に入っている姿は犯罪者以外の何ものでもない。


「やめた方が良さそうだね」


「だろ?」


 そう考えると父さんがやるよりは僕がやった方がまだマシかもしれない。


「と言う訳で、頼む」


 そうは言われても、やっぱりこの目で見ないことには信じることが出来ないというのが素直な感想だ。


「僕も実際に見たら信じられると思うんだけどね……」


「そうよね。それなら私に任せて」


 僕の言葉に反応したのはずっと黙って座っていたか母さんだ。


「任せるって、何か心当たりがあるの?」


「もちろんよ」


 母さんはそういって立ち上がる。


「お父さんが昔活動していたって言っていたのは覚えている?」


「う、うん」


 さすがにさっき聞いたばかりの話なのだから覚えている。


 母さんはエプロンのポケットに手を入れると何かを取り出す。


「その時一緒に戦った魔法少女っていうのは私なのよ」


「は?」


 母さんが取り出したのはステッキだ。それもピンク色でハート型の宝石のようなものがついている。どう見ても大人が持っているようなものではなく、小さな女の子が持っていそうなおもちゃのステッキにしか見えない。


「優斗もこれを見ればきっと信じることが出来るわ」


「ちょ、ちょっと待って?!」


 だが、僕の制止を聞かずキラキラのステッキを高く掲げる。


「よーく見ているのよ」


 母さんの周りが不自然に光りだす。


 自分でもよくわからないがここで母さんを止めないととんでもないことが起こると本能が警告してくる。僕さその本能に従い叫ぶ。


「か、母さん! 僕の話をー-」


「変身!」


 その言葉と同時に母さんが光に包まれる。かろうじて見えるシルエットがどんどん変化していく。見た目で分かるほど服装が変化していくのがわかる。


「お願いします! やめて、やめてくださいっ!!」


 俺の叫びもむなしく服装の変化は止まらない。

 おそらくみんなが想像するような魔法少女の衣装。さっきまでズボンをはいていたはずだが今はフリフリのスカートのようなシルエットに変化している。それだけではなく、全身がフリフリのような物でおおわれていく。


「本当にダメ! ダメだからっ!!」


 母さんのシルエットが完全に変わると、全身を覆っていた光が弱まっていく。


 そして、そしてー-


 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ








 僕は心に大きな傷を負った……

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