第44話 だらっと
絵馬を書いた後、本殿に行ってお参りも済ませる。
願い事はさっきと同じ。正確には、具体的な名前を述べたけれど。
「ここに来たら、やっぱり名物の餡子餅は食べないとねー」
花村先輩に連れられて、本殿から脇道にそれ、細い道を通っていく。
「こっちの方にもお店があるんですね」
「あるよー。超あるよー。まぁ、どこで食べたら美味しいってのがあるのかはよくわからないけど、私はよくこっち来てるね」
やってきたのは、奥まったところにある渋い長屋風のお店。
そこで名物の餡子餅をいただく。ガワ部分をパリッと焼き、中にほのかな甘味の餡子が入った、美味しい餅菓子だ。
毎年初詣の時期に食べているけれど、何度食べても飽きない。いや、年に一回程度だから飽きないのだろうか? 毎日食べたらどうなるかわからない。
座敷席で賑わいながら餅菓子を食べていると、日輪先輩が妙にしみじみと呟く。
「文芸部は賑やかでいいねぇ。私は文芸よりも美術よりの人間だけど、一緒に過ごすのはこっちの方がいいかなー」
「美術部って、なんかギスギスした感じなんですか?」
俺の問いかけに、日輪先輩は首を横に振る。
「ギスギスとまでは言わないけど、うちの美術部には尖った子が何人かいてね。一人は、アートとはなんぞ? なんてやたらと難しく考えて、ただ漠然と綺麗な絵を描くことをバカにしてたりする。逆に、ある人は、ただ綺麗なものを描くことの何がいけないの? って主張して引かない。どっちがいいってわけでもないのに、どっちも自分の主張を曲げないから、二人が仲良くなることはない。……みたいなことがあるんだよー」
「へぇ……。大変そうですけど、どちらも真剣だからこそ、ぶつかりあっちゃう感じなんですね」
「そういうこと。ま、文芸部もさ、例えば、人気が出ればなんでもオッケーな人と、独自性を出すのが大事な人がぶつかり合ってたら、何かと不和な部分もあったのかもんね」
「今のところは、そういうのないですね。……たぶん」
俺は軽く皆を見回す。特に確執があるようには感じられない。
「文芸部の皆は、いい意味で力が抜けてると思う。一生懸命になりすぎて周りが見えない感じがなくて、それぞれが違う考えを持ってて当然、くらいに思ってそう。……まぁ、一生懸命すぎて、周りを見る余裕がない人は早々に部を抜けた、とも言えるかな。如月先輩がまだ残ってたら、部の雰囲気も変わってたと思う」
「……俺は如月先輩を知りませんけど、そんな感じなんですね」
「そうそう。一生懸命なところは良かったと思う。けど、余裕がないと、人としての普通の生活に支障が出ちゃう……。頑張りすぎないって大事だと思うなー」
「そうかもしれませんね」
「夜野君は、ちょっと注意して雨宮さんを見ておきなよ? なんとなーくだけど、雨宮さん、放っておくと如月先輩ルートに突入しそうだよ? 小説だけに一直線で、他の何も顧みない……とかね」
「雨宮さんが、ですか?」
隣に座る雨宮さんを見る。突然名前を呼ばれて少し動揺しつつ、雨宮さんは俺を見返していくる。
「……雨宮さんとしては、どう? 自分でも、小説を書くだけの生活をしちゃいそうだって思う?」
「わ、わたしは、その……そんなこと、ないと思う」
「そう? なら安心だ」
日輪先輩の勘違い。そう思ったけれど、雨宮さんは続ける。
「ただ……ただ……夜野君と、仲良くなれて、なかったら……そんな風に、なってたかもしれない……」
「へぇ……そうなのか……」
「わたしには……小説しか、ないから……。どうせ、友達とか、できないなら……もう、小説だけ書いてればいいって……なってた、かも。小説書いて、それで稼ぐって、そればっかりに、なってたかも……」
「……そう」
「夜野君のおかげで……普通の、高校生活……いいかもって、思える……。わたしには、小説だけじゃないって、思える……。たぶん、とてもいいこと、なんだと思う……。ありがとう……」
「……どういたしまして」
俺は何も特別なことをしていない。ただ雨宮さんと友達になっただけ。
でも、それだけのことが、雨宮さんにとっては重要なことだったのかもしれない。
「いやぁ、仲良しな二人を見ていると癒やされるねぇ。末永くお幸せにね?」
日輪先輩がにんまり笑顔を浮かべている。
「……まぁ、そうですね。末永く幸せになれるよう、頑張りますよ」
「そうかそうか。結婚式には呼んでおくれ」
「そのときがくれば、そうですね」
「むぅ……。夜野君はからかいがいがないなぁ。雨宮ちゃんを見てみなさいよ。顔を赤くして俯いてるでしょ? こういうウブで可愛い反応を期待してるわけよ。ちょっとは見習いなさい」
日輪先輩の言う通り、雨宮さん恥ずかしそうにしている。女の子が恥じらっている姿は真に良いものだと思わざるを得ない。
「俺がこんな風に振る舞っても、誰も得しませんよ。っていうか、あんまり見ないでください。じっくり見ていいのは俺だけなので」
他の皆に見られるのがなんだか嫌で、独り占めしたくて、手で雨宮さんの顔を軽く隠す。
「むぅ? 彼氏でもないのに彼氏面するの? そういうのは付き合ってからやりなさい!」
「俺たちには俺たちのペースがあるので、放っておいてください」
「……まったく。変な二人」
日輪先輩は呆れながらも、付き合えだのなんだのと要求してくることはなかった。
それどころか。
「変な二人だけど、なんかいいな、とも思うよ。二人きりの世界に閉じこもるわけじゃなくて、こうして皆と過ごす時間もないがしろにしない。特別な非日常を求め続けるわけでもなくて、だらっと続く日常をのんびり楽しんでる。そういうの、大事なんじゃないかなー……。二人の関係は長続きしそう……」
「どうなんでしょうね。俺は男女の関係に疎いので、よくわかりません」
「私もわかんないけどさ。ま、これから二人がどうなるのか、近くで見守らせてもらうよ」
日輪先輩に続き、花村先輩もにたりと微笑みながら言う。
「いきなり大喧嘩して関係が破綻する……なんていうのは劇的で面白いけれど、身近でそういうことが起きることは求めてないかな。二人とも、まったりした幸せを満喫していてくれ」
「まぁ、言われなくても、ですよ」
雨宮さんの方を見る。雨宮さんはまだ顔が赤い。でも、嫌がっているわけではない……のだろうか。わからない。
もし、本当は嫌だったというのなら、後で何かフォローをしておこう。
皆で餅食って、だらだらとおしゃべりをして、漫然と時間が過ぎていく。
特別なことは起きない。
でも、俺が求めていたのはきっとこういう時間だ。
たまにはちょっとした事件が起きてくれてもいいけれど、ゆったりした楽しい時間を味わいたかった。
「……まだ気が早いですけど、初詣とかも、またこうして皆で来たいですね」
俺が希望を述べると。
「それは雨宮ちゃんと二人で来なよー」
日輪先輩に突っ込まれてしまった。
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