第43話 願い事
俺たちが次に入ったのは、雑貨のお店。
普通に参道に並んでいるお店の一つなのだが、俺はそこに入ったことがなかった。男子が興味を持つお店でもないし、家族で入るお店でもない。あることは知っていたはずなのに、俺の中では空白地帯と同義になっていた。
アクセサリーだったり、おしゃれな文房具だったり、主に女子三人は興味津々で店内を見ている。
一方、俺と岩辺先輩は少々蚊帳の外感を味わう。
「……女子って、こういうお店が好きなんですね。俺、一人っ子で姉も妹もいないんで、新鮮です。これがカルチャーショックという奴でしょうか」
「そうかもな。……雨宮とは、こういう店に来ないのか?」
「来ないですね。ショッピング行こう、みたいなことはしてないです。行くのは本屋とか図書館とか」
「そうか。まぁ、俺も詳しくはないが、女子ってこんなもんらしいな」
「岩辺先輩って、一人っ子でしたっけ?」
「大学生の兄が一人」
「へぇ、お兄さんが。男兄弟ってのも楽しそうですね。俺の家、両親は共働きなんで、小さい頃は一人で過ごすことが多かったんですよ。結構寂しくて、兄弟姉妹がいたらいいなって思ってました」
「一人っ子には一人っ子の苦労もあるだろうが、兄がいても楽しいことばかりじゃないさ。兄ってのは別にいつも弟に優しいわけじゃない。ちょっと年上っていうだけで威張るし、暴力で言う事聞かせようとするし」
「へぇ、そんな感じなんですね。そういう思い出があるのも、なんか羨ましいですよ。俺、喧嘩で嫌な思いをしたことはありませんけど、一人で黙々と漫画読んだりアニメ見たりしてる思い出ばっかりです」
「そうか。それはそれで寂しいな」
「そうなんですよ」
女子組に入っていけない俺と岩辺先輩が話していると、不意に女子組の方から右とか左とかの単語が聞こえてきた。そして、どうやら俺と岩辺先輩に妙に熱のこもった視線を送ってくる。
なんの話をしているのかは、詮索しないことにした。
きっと、俺は知らなくていい世界のことだから……。
いくつか雑貨屋を回った後、俺たちは本殿へ。
本殿付近ではおみくじやお守りを売っていて、花村先輩がまず、必勝祈願のお守りと絵馬を一つずつ購入。
「お守りは部室に飾っておこう。コンテストで受賞できるようにね。それで、この絵馬には皆で一言ずつ願い事を書いて奉納しようか」
とのことなので、皆で一言ずつ書いていくことに。また、部の皆のものという扱いだったので、購入は割り勘となった。
最初に願い事を書いたのは花村先輩で。
『無病息災だけお願いします! あとは自分でなんとかします! M・H』
なんともかっこいい願い事。見習いたい。
続いて、岩辺先輩と日輪先輩。
『世界平和。安心して創作ができる世界であり続けますように。R・I』
『時間が足りないので一日を五十時間くらいにしてください。もしくは二人に分裂できるようにしてください。N・H』
岩辺先輩は願い事のスケールが大きい。
日輪先輩はちょっと無茶振りしすぎだが、最近はその気持ちもわかる。創作はやたらと時間を使うから、とにかく時間が欲しいのだ。
さて、俺と雨宮さんの番が来たのだが。
「雨宮さん、どっちが先に書く?」
「え、えっと……夜野君から……」
「わかった。けど、何を書こうかな……。色々願い事はあるけど……やっぱり文芸部っぽい話がいいか……」
「夜野君の、一番の願い事って、何……?」
「んー……今の一番の願い事は……」
雨宮さんといつまでも幸せな日々を送れますように。
二人きりならば、こんなことを口にしてもいいのだけれど。
「……ちょっと先輩方。また温かい目で俺を見るのはやめてください」
「どうぞどうぞ。お構いなく」
「皆で書いてるからって、創作関連の願い事を書く必要はないよー?」
「自由に書くといい」
やれやれである。
「うーん、じゃあ……」
『かけがえのない大切な人と、いつまでも幸せな日々を送れますように。R・Y』
個人名を出すのは良くないので、それは少しぼかした。しかし、まぁ、誰のことかはわかるだろう。
雨宮さんは俺の願い事を見て、両手で口元を隠しながら赤面している。
「……えっと、最後、雨宮さんで」
「う、うん……」
雨宮さんが絵馬を受け取り、さらさらと迷いなく書いていく。
『大好きな人がずっと隣にいてくれますように。M・A』
率直で、気持ちが伝わりすぎる願い事だった。
妙に体が熱いのだが、もう夏が来てしまったのだったかな?
「ねぇねぇ、花ちゃん。この二人、まだ付き合ってないの?」
「うーん、付き合ってはいない……? のかな……?」
「これで付き合ってないって、どういうこと?」
「まぁまぁ、二人には二人のテンポってもんがあるんだよ」
「両想いで、それをお互いに知ってて、それでも付き合わないって意味わからなくない?」
「特別に親しい二人の間には、他人には理解できない何かが少なからずがあるもんだよ」
「むぅ……。じれったい。いやらしい雰囲気にしてやりたい……」
「余計な手出しはするもんじゃないよ」
先輩二人の会話も、今は聞き流しておこう。
さて、絵馬も書き終わったので、奉納場所に吊るしておく。そして、絵馬を中心に、花村先輩の自撮り棒を使いつつ、皆で記念写真。絵馬はなくなってしまうが、写真と思い出はずっと残る。
今日の願ったこと、ずっと忘れずにいよう。
なんて思っていたら、雨宮さんがの手がそっと俺の手に触れた。
二人で視線を合わせて、なんとなく笑いあって。
忘れようと思っても、この願いは忘れられるはずもないな、なんて思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます