第21話 ご清聴

 雨宮さんの告白された後のことは、あまり覚えていない。


 夢見心地でいたら、俺は気づけば家に帰り着いていた。ぼぅっとしながら夕食を食べて、風呂に入って、ベッドに寝転がった。


 時刻は午後十一時。


 このまま眠ってしまってもいい頃合いだ。


 スマホのアラームを設定しようとしたところで、花村先輩からのメッセージに気づいた。



『帰り道、様子が変だったけど、何かあった?』



 八時過ぎに連絡が来ていたので、花村先輩はもう眠っているかもしれない。


 それはそれで仕方ないと思いつつ、返信。



『少し。悪い話ではないので、心配はいりません』



 すると、すぐに花村先輩から返信。



『雨宮ちゃんからちょこっと話を聞いたよ。雨宮ちゃん、君に告白したんだってね』



 どうやら俺からの返信がない間に、雨宮さんと連絡を取っていたらしい。



『まぁ、はい。そうですね』


『少し、話せる?』



 返信の代わりに、俺は体を起こして花村先輩に電話をかける。先輩はすぐに応答。



『やぁやぁ! 夜野君、気分はどうだい? 女の子に告白されて、浮かれてるかい?』


「浮かれてるっていうより、まだ理解が追いついていないって感じです。俺、本当に告白されたんですかね? 雨宮さん、本気で俺のこと、好きだなんて思ってるんですかね?」


『本人は、たぶん好き、って言ってるね。夜野君を思うと胸がドキドキしてしょうがないのー、みたいな感じではないけど、ずっと一緒にいたいんだって』


「そう、ですか……」


『誰かを好きになって、恋をして、どんな気持ちになるかは人それぞれだと思う。好きな人のこと以外なんにも考えられなくなるのだけが、恋ってわけでもない。だから、雨宮ちゃんの君に対する気持ちも、立派に恋だよ』


「……誰かに好かれるだなんて、全く実感が湧きません」


『そうかもね。でも、現に雨宮ちゃんは君を好きになった。あの子の気持ちにどう応えるかは君次第だけど、少なくとも、ちゃんと真剣に考えてあげなよー』


「……はい。それは、もちろん」


『ちなみに、雨宮ちゃん、告白なんてして良かったのかな、なんて悩んでるみたいだったよ。気持ちなんて伝えずに、ただの友達として一緒にいた方が良かったんじゃないかって』


「……俺が、普段と違う感じになっちゃったせいですね。悪いことしました……」


『初めてのことだし、普段通りでいられないのは当然。仕方ないことだよ。雨宮ちゃんには、心配いらないよって軽くフォロー入れといたから、君からも雨宮ちゃんに連絡してあげて。今までとは少し違った形でも、また君と仲良くできるって思えたら、雨宮ちゃんも安心するはず』


「……はい。わかりました。それにしても、花村先輩、わざわざ俺と雨宮さんの仲を取り持つだなんて、いい人過ぎません?」


『部員のことだからねぇ。いい関係を築いてほしいって思うのさ。……私が上手くできなかった分、君たちには上手くいってほしいなんて気持ちもあるよ』



 後悔の滲む、花村先輩の声。


 何があったのか、気になってしまう。



「花村先輩って、彼氏と上手くいかなかったことがあるんですか?」


『うん。あるよ。一年生のときの話で、私、すっごく好きだった人と付き合うことになったんだけど、たった三ヶ月で別れちゃった。しかも、世界で一番好きな人だったはずなのに、別れるときには、世界で一番嫌いな人になってた』


「……随分と極端な変化ですね」


『本当にそう。今になって思えば、原因は色々あったんだ。私の気持ちが重すぎたこととか、お互いに相手の気持ちに寄り添えてなかったとか……。少し冷静になれていたら、きっと二人の関係を完全にダメにすることはなかったんだと思う。でも、恋をしている最中は、冷静になんてなれなくてさ。私は暴走して、彼も私の暴走を受け止めることなんてできなくて……最悪な終わり方をした』


「……辛いですね。俺には、どうしてそうなってしまったのか、上手く想像できませんが……」


『君と雨宮ちゃんが順調に関係を築いていったら、想像できないままかもね。ただ……誰かと恋人として付き合うって、本気で他人と向き合うってことだからさ、結構しんどいこともあるんだ。相手の嫌な部分も見えるようになっちゃうし、自分のダメな部分も浮き彫りになる。自分ってこんなくだらないことにイライラしちゃうんだ、なんて嫌な発見もたくさんある。自分と他人が別の人間で、理解し合えない部分が少なからずあるんだってこと、うんざりするほど痛感することもある。……恋とか愛の力で解決できる問題は意外と少なくて、幻滅することもある』



 深い実感の籠もった言葉は、俺の心にじんわりと沁み込んでくる。


 それは、知らない方が幸せだった、世界の真実なのかもしれない。


 いずれ、俺もそれを知ることになるのだろうか。



『あんまり暗い話ばっかりするのもなんだから、この辺でやめとこうか。君もこれから色々と悩むことはあるかもしれないけど、まぁ、誰かと真剣に向き合ったからこそ、得られるものだってたくさんある。自分が泣いたり、相手を泣かせたりしながら、自分なりの幸せを掴んでいけばいいさ』


「……はい」


『ま、とにかく、お互いに手探り状態なんだし、始めから上手くやろうなんて思わないことだね。失敗していいんだって、お互いに思っていれば、そう悪いことにはならないでしょ。……雨宮ちゃんにも似たようなことを伝えてあるから、お互い、気軽にね。以上! 先輩からのありがたいお言葉でした! ご清聴ありがとうございました!』


「……本当にありがたいお言葉でした。ありがとうございました」



 花村先輩が茶化して、俺は丁寧にお礼を言った。


 実感できることばかりではなかったけれど、少なくとも、失敗していいのだと思えたら、気楽になった。


 俺がまだ自分の現状を上手く飲み込めないことも、きっと、そう悪いことではないのだ。



『じゃ、またね! ばいばーい』


「はい。また」



 花村先輩との通話が終了。


 少し遅い時間帯だったけれど、俺は続けて雨宮さんにメッセージを送る。



『今、少し時間ある?』



 返信はすぐに来た。



『大丈夫』


『良かった。今日は、色々と伝えてくれてありがとう』


『うん』


『まだなかなか実感も沸かないんだけど、俺、ちゃんと色々考えていこうと思う。自分の価値とか、自分の気持ちとの向き合い方とか』


『うん』


『ちゃんと考える切っ掛けをくれてありがとう』


『うん』


『俺を好きになってくれて、それを伝えてくれて、本当にありがとう』


『うん』


『まずはこれからも、友達として、仲良くしてほしい』


『うん』


『正直言うと、俺はまだ自分の気持ちがよくわからない。雨宮さんをどう思っているのかわからない。でも、俺はきっと、雨宮さんを好きになる。そのときに、俺からちゃんと伝えるから』


『うん。待ってる。いつまでも待ってる』


『ありがとう。今夜はもう遅いから、また明日、連絡していい?』


『うん。いいよ』


『おやすみ』


『おやすみ』



 スマホを置く。力を抜いて、ベッドに横たわる。



「……まだふわふわしてる。一晩寝たら、マシになるかな……」



 灯りも消さず、ただベッドでぼぅっとする。


 眠りにつくまでは、もう少し時間がかかった。

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