第19話 特別
さらに進んで、俺たちはまた少しレトロな街並みの残る通りに来た。
瓦屋根の長屋などが並び、昭和感、あるいは時代劇感がある。ここでもまたたくさん写真を撮った。
駄菓子屋もあり、普段は口にしないお菓子を買って食べるのも面白い経験になった。
道なりに歩いていくと、今度はちょっとした遊び場を発見。竹馬なんかも置いてあり、俺としては若干興味が沸いた。ただ、今日は人も多かったので、この場はスルーして進んでいく。
そうするうち、広い丘に到着。ここにも色鮮やかな花畑があり、その奥には青い空と海が広がっている。
開放的で非常に景色のいい場所だった。
「うーん、花村先輩のノリに合わせてとりあえず付いてきた感じだったけど、来て良かったな」
俺がぼやくと、隣の雨宮さんもぽつり。
「……そうだね。綺麗な景色……」
そして、景色をゆったり楽しんでいると、花村先輩が言う。
「ここ、桜の季節にはまた格別にいい景色が見られるらしいよ?」
「へぇ、そうなんですか? 気になりますね」
「気になり、ます……」
そう言いながら、雨宮さんが俺の服の袖をくいくいと引く。
「ん?」
雨宮さんがぼそぼそと何かを呟く。声が小さすぎて、すぐ近くの俺にさえ聞き取れない。
「えっと、ごめん、なんて……?」
少しだけ、雨宮さんに耳を近づける。
すると、雨宮さんは俺の耳に口を寄せて、囁く。
「ら、来年も、来たいな。で、できれば、ふ、二人で……」
雨宮さんがすっと離れていく。俺はその言葉の真意を考えて、しばし固まる。
ふむ……。雨宮さん、やはり先輩たちと一緒だと少し落ち着かないのだろうか? 花村先輩も岩辺先輩も気安く接することができる人たちだが、先輩ということに変わりはない。少し気を遣ってしまうのは否めないだろう。
ここで俺が返すべき言葉は……。
「……うん。そうだね」
先輩たちには俺たちの会話の内容がわからないよう、言葉は最低限にしておく。
それでも、雨宮さんには十分伝わるはずだ。
そして、雨宮さんは顔を赤くしながらコクンと頷いた。
こんな俺たちのやり取りを、先輩二人は少し離れて見守っていた。
さて、景色も堪能して、午前十一時前。花村先輩が提案。
「ちょっと早いけど、昼ご飯、どうかな? 今ならまだ、お店に来る人も少なめだろうし」
「俺は食べられます」
「大丈夫、です」
「いいと思う」
提案に乗って、俺たちは海を望めるレストランに入った。開店直後でまだ人も少なく、待ち時間もなく席に座れた。
メニューを見たところ、あまり選択肢はなかったので、四人ともおすすめされている海鮮丼を選んだ。
料理が来る前に、花村先輩が席を立ってお手洗いへ。雨宮さんもついていった。
俺と岩辺先輩が残されることになり、しばし沈黙が流れる。
無言のまま過ごすのもなんなので、俺は少し思い切って、気になっていたことを尋ねることにした。
「岩辺先輩。ちょっと、野暮なことを訊いてもいいですか?」
「内容による」
「まぁ、ですよね。じゃあ、訊くだけ訊きます。岩辺先輩って、花村先輩のこと、好き、なんですか?」
岩辺先輩は、特に表情を変えない。数秒の沈黙の後、答える。
「……ああ、そうだ」
「あっさり認めましたね」
「別に、どうしても隠さなきゃいけない話でもない」
「それもそうですね。得意な性癖の話をしているわけでもありませんし」
「そういうことだ」
「もしかして、もう告白とかしてるんですか?」
「いや。何も言っていない」
「花村先輩、岩辺先輩の気持ち、気づいてるでしょうか」
「さぁな。本人に訊かないとなんとも」
「ですね。……告白のご予定は?」
「ないよ」
「付き合いたいとか、思わないんですか?」
「さぁなぁ……。恋人として側にいるより、友人として側にいる方がいいような気もしてる」
「そんなもんですか? もっと近づきたい、とか思いませんか?」
「……近づきすぎると、自分のしょうもなさが浮き彫りになりそうで怖い、かな」
岩辺先輩がどういう意味で言っているのか、なんとなくわかる。
俺は、他人に誇れる何かなど持っていない。好きな人に自分の全部をさらしたところで、空っぽの自分に幻滅されるだけだと思う。
誰かと恋愛しようっていうのなら、何かしら自分の中身をちゃんとしなければいけないような気がする。
それが本当かどうかなんて、わからないけれど。
「……複雑ですね」
「ああ、複雑だ」
「でも、岩辺先輩って面白い小説書けるじゃないですか。しょうもなくない、とは思いますよ」
「……前にも言ったが、俺は小説を書くのをそんなに楽しんでいない。それでも、同じことを思うか?」
「そう言えば、そんなことも言ってましたね……。うーん、そうなると話が難しくなりますね……」
「小説を書くことは嫌いじゃない。でも、ドハマリしているわけでもない。花村と一緒にいるために書き続けているに過ぎない。やっぱり、俺はしょうもない」
「うーん……」
もしかしたら、こういう部分も俺と似ているのかもしれない。
俺も、特段小説を書くのが好きっていうわけじゃない。
文芸部が居心地良くて、文芸部で過ごすために、俺は小説を書き続けている。
「花村はさ、小説を書くのが大好きなんだ。暇があればずっと書いているし、暇がなくても無理矢理時間を作って書いている。あいつを見ていると、自分はしょうもないなって思うよ。俺には、どうしても書きたい物語や、誰かに伝えたいことなんて、ないんだから」
岩辺先輩は寂しそうに目を伏せる。
自分と花村先輩の間にある、埋められない溝を見つめているように。
「……花村先輩って、眩しいですよね」
「ああ、眩しいな。だからこそ、俺は花村に惹かれるんだろう」
会話が途切れて。
それから、今度は岩辺先輩が尋ねてきた。
「ところで、夜野は雨宮とどうなんだ? 随分仲がいいみたいだが、付き合ってるのか?」
「ただの友達ですよ。俺に恋人なんて十年早いです。いえ、十年どころか、自分が恋人を持つに相応しい人物になっている状況なんて、とても想像できません」
「……まぁ、わからんでもない」
「ですよね。誰かを好きになったとしても、自分がその好きな人に見合うだけの人間になれるとは思えません。俺には、なんにもないです。夢も、希望も、優れた人間性も、優秀な頭脳も」
「卑屈だな」
「そうですか? 自分を客観視すると、ただつまらない自分が見えてしまうだけじゃないですか?」
「……そうかもしれない」
「いつか、客観的に見て、自分にも価値があると思える日が来るんでしょうか?」
「どうかな。俺にもわからん。わからんが……」
岩辺先輩はどこか遠くを見つめて、呟く。
「少なくとも、俺はお前のことを、つまらない人間とは思っていない。お前には人を包み込む懐の広いところがある。雨宮のように人見知りの子でも、平気で受け入れている。それに、相手に警戒心を抱かせないで、すっと距離を縮められる。案外、難しいことをしているよ」
「そう、ですか……?」
「俺にはそう映る。俺だったら、雨宮とどう接していいかわからず、途方に暮れる」
「そんなもんですか……」
「そんなもんだ。お前には雨宮が普通の女の子に映ってるかもしれないが、結構難しい子だぞ。人見知りで、自分から誰かと距離を縮めることができない。他人に過剰に距離を縮められても、怖くなって逃げたくなるタイプ。他人の気持ちに敏感で、自分の存在が相手を不快にさせていると思うと、すぐに気づいて距離を取る。誰かといて気疲れするより、一人でいる方がいいと思ってしまう。……俺から見ると、雨宮はそういう子だ。雨宮と自然に一緒にいられるお前は、すごいことをやってるんだよ」
「……あまり実感は湧きませんね」
「お前にとっては、普通のことをしているだけだもんな」
「ええ、まぁ」
俺は、何か特別なことをできているのだろうか?
誰の目にも留まらない、背景の一部みたいな奴ではないと思ってもいいのだろうか?
俺が首を傾げていると、雨宮さんと花村先輩が戻ってくる。
二人は俺と岩辺先輩の対面の席に座った。
「ねぇねぇ、雨宮ちゃんと話してたんだけどさ、次にどこか行くときは皆でお弁当用意しない? そういうのも楽しそうじゃない?」
花村先輩が気軽に言って、俺は真顔になる。
「俺、得意料理は目玉焼きです。目玉焼き弁当でいいですか?」
「それはそれで面白いけどねぇ。雨宮ちゃんも得意料理はインスタントのお味噌汁って言ってたし、とりあえず皆で練習から始めようか?」
「そうですね。面白そうです。是非やりましょう」
「うんうん。いやぁ、夢が膨らむね! 二人が入ってきてくれて良かったよ!」
花村先輩がいると、場が一気に明るくなる。
やっぱり眩しい人だな、と思う。
年齢は一つ違うけれど、友達と呼んでいいのなら、花村先輩ともずっと友達でいたいものだ。
それからまもなく、注文していた海鮮丼も到着。
四人で、美味しい食事を楽しんだ。
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