第18話 回復魔法

 公園内に入って少し歩くと、ピンク色の花が咲き乱れる花畑が見えてくる。校庭の半分くらいの広さがあり、かなり壮観だ。


 花を見て名前がわかるほど俺は花に詳しくないが、事前情報によると、五月はツツジの季節らしい。


 俺たち以外にもたくさんの人がいて、とても賑わっている。


 隣を見てみると、雨宮さんも唇を綻ばせて花畑に見入っている。



「綺麗だね」


「……うん。綺麗な、花畑」



 いや、綺麗なのは君のことだよ。


 なんてクサイセリフ、俺にはもちろん言えない。



「そうだね。綺麗な花畑だ」



 雨宮さんがスマホを取り出し、写真を撮る。俺も同じく写真を撮った。



「集合写真も撮ろうねー。ちょっと集まってー」



 花村先輩の指示で、俺たち四人が集まる。花畑を背景に、花村先輩の自撮り棒を駆使して集合写真を撮った。



「どちらかというと、俺は女の子二人の写真が欲しいですね」



 俺が提案すると、花村先輩も乗ってきた。



「その方が華やかではあるね。雨宮ちゃん、二人で写ろうよ」


「あ、はい……」


「夜野君、カメラ係お願いね。スマホは夜野君のでいいよ」


「わかりました」


「ちなみに、どんなポーズがいいかな? 夜野君に百合を嗜む素養があるなら、それっぽい感じのポーズをしてもいいよ?」


「え、本当ですか? 俺、百合は超好きです。是非やってください。課金します」


「課金はしなくていいよ。代わりに……わかってるね?」



 花村先輩が、俺と岩辺先輩を交互に見る。


 その視線の意味は……まさか……。



「雨宮ちゃんも私と同族だもんね? やっぱり見たいよね? 男子二人のラブいシーン」


「え、あ、そ、その……それは、でも……」


「遠慮しなくていいんだよ? ここは学校じゃない。もっと開放的な気分になって、自分の欲望をさらけ出しちゃっていいんだよ?」


「うぅ……その……わ、わたしは……」



 雨宮さんがチラチラと俺を見る。それから岩辺先輩も見る。



「……ちょ、ちょっと、見たい、かも、です……」


「素直で宜しい」



 いや、素直で宜しいというか、俺と岩辺先輩の絡みなんかに需要があるのか?


 どちらも別に美形男子というわけでもないのに。


 女子の求めるものはわからん。



「よーし、雨宮ちゃん! こちらの要求を飲ませるために、私たちもちょぉっと頑張らないとね!」


「ひゃう!」



 花村先輩が雨宮さんに後ろから抱きつく。雨宮さんのビクってなってところがとっても尊い。可愛い。素敵。



「ほらほら、夜野君! せっかく雨宮ちゃんが一肌脱いでるんだから、早速たくさん撮っちゃって! それとも、もっと過激なのがお好みかなぁ?」


「確かにもっと過激で濃厚なのが好みですけど、それは流石に雨宮さんが嫌でしょうからやめてください。とにかく撮ります」


「うんうん! 岩辺君も遠慮しなくていいよ!」



 俺と岩辺先輩は、スマホで写真を撮りまくる。いやー、女の子二人の絡みって本当に素敵だと思うんだ。


 花村先輩が遠慮するなと言うので、かなり近づいての写真も撮る。花村先輩の悪戯っ子な笑みもいいけれど、雨宮さんの恥ずかしそうな赤面顔には到底及ばない。でも、とにかく二人とも可愛い。至高。


 二人が抱き合ったり頬を寄せ合ったりした姿を堪能し、撮影会の前半は終了。



「さぁ、次はそっちの番だよ!」



 花村先輩はルンルンしていて、雨宮さんも割と乗り気でスマホを構えている。


 俺たち、なかなか業が深いな。


 正直言うと気は進まない。全く進まない。しかし、人間関係はギブアンドテイクが基本だろう。貰ったならば、返さなければいけない。


 俺は岩辺先輩と顔を見合わせ、渋い顔で頷き合う。



「……やりますか」


「……仕方ない」



 こういうときに抵抗しないのは岩辺先輩の長所だろう。


 あるいは、単に花村先輩が喜ぶなら、なんでもしてやると思っているのだろうか。



「さぁさぁ、もっと顔を近づけて! 表情もちょっとエロい感じに!」



 主に花村先輩が盛り上がっている中、撮影はしばらく続いた。


 楽しい体験ではなかったのだが、まぁ、女子二人が楽しそうだったから良しとしよう。


 撮影会後編が終わると、雨宮さんが俺を労ってくれる。



「お、おつかれ……」


「いや、本当に疲れた……。俺のライフポイントはゼロだよ……」


「そんなに……? 男子は、こういうの、辛い……?」


「まぁねぇ。大多数にとって、男同士の接触は精神力を削るんだよ……」


「どうすれば、回復、する?」


「うーん……女の子に手でも握ってもらえたら、回復するかなぁ」



 俺は冗談のつもりで言ったのだけれど。


 雨宮さんは、すっと俺と両手を重ねた。


 柔らかで、温かで、ほんのりと汗ばんだ指先が、俺の手に触れていた。



「こ、こう……かな?」


「え、あ、う、うん……まぁ……はい……」



 俺の両手を取り、上目遣いに見上げてくる雨宮さん。キャップの陰になっているけれど、その瞳はしっかりと俺の目に映っている。


 岩辺先輩とのあれこれで負ったダメージなど一気に吹っ飛ぶくらい、魅力的だった。



「か、回復、魔法……使えてる?」


「……超、使えてる……」


「良かった……」



 雨宮さんが照れ笑い。


 俺は思わず息を呑んだ。


 カシャリ。


 花村先輩が、俺たちの写真を撮っていた。


 雨宮さんがぱっと手を離し、一歩後退。



「邪魔してごめんよ? でも、めっちゃいい感じだったからさ。後で送るね?」



 その写真は欲しい。でも、ちょっとだけ、憎たらしい。


 もう少し、手を繋いでいたかったな……。


 俯いてもじもじしている雨宮さんを視界の端に入れつつ、俺は彼女の手の感触を思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る