第17話 ハイキング

 * * *


 程なくして、俺たちは羽野賀島はのがしまに到着。フェリーを降りた。


 小規模だが観光地になっており、船着き場の近くには、瓦屋根の古風な土産屋がいくつかあった。



「事前に多少は調べてましたけど、確かにレトロな感じがある島なんですね」



 周囲を見回しながら、呟く。


 一般の民家にまでそんな雰囲気があるわけではないのだが、高層マンションなどが建っていることもない。


 比較的都会に住んでいる身としては、こういう雰囲気も新鮮だ。



「そうみたいだねぇ。私はこういう雰囲気、結構好きだよ」



 企画者である花村先輩は、お店の写真を撮っている。



「わたしも、いいと思う。こういうところで、ゆったり、本を読むとか」

「うん。それもいい」



 雨宮さんの言葉に同意しつつ、俺も周辺の写真を撮る。海も近く、天気も良いので、なかなかに趣深い写真が撮れる。


 めちゃくちゃに映える写真というわけではないのだが、どこか郷愁を呼び起こす雰囲気がある。



「よし! さぁ、ハイキングの開始だ! 目的地の羽野賀島はのがしま公園まで一時間くらい! 結構歩くことになるから、覚悟しておいて! 山道じゃないけど、登り坂もあるみたいだよ! ちなみに、バスも出てるけど、今日は徒歩ね。その方が面白そうだから!」



 花村先輩を先頭に、俺たちは道沿いを歩き始める。舗装されているので歩きやすいのだが、徒歩一時間はなかなかの距離だ。


 なお、四人の位置関係としては、先輩二人が前方で、俺と雨宮さんが後方。俺としてはしっくりくる並び。



「雨宮さんって、体力は自信ある方?」


「え、あるように、見える……?」


「いや、あまり」


「うん……。ない……」


「……頑張ろう」


「うん……頑張る……」



 雨宮さんが若干悲壮な顔をしている。いざとなったら俺が背負ってもいいとは思うが、俺との密着なんて嫌がるに決まっているので、自分で頑張ってもらうしかない。


 まずは海沿いの道を進んでいく。花村先輩は、いつの間にかスマホを自撮り棒に装着。それを使って全員が写る写真をちょこちょこ撮っている。


 穏やかな波の音が聞こえて、汗ばむ陽気に潮風も心地良い。普段は味わえない自然の光景に、心が和んでいく。



「……いいな、こういうの。意識的にハイキングみたいなことをすることはなかったけど、色々行ってみてもいいかも」


「夜野君。意外と、アウトドア、好き?」


「そうかも。自分はインドア派だと思ってたけどなぁ」


「そっか。夜野君、アウトドア、好きなんだ……。なら、わたしも、体力、つける」


「お? 一緒に来てくれる? 俺も体力に自信があるわけじゃないから、ちょっと頑張らないとなぁ」



 俺たちの会話が聞こえていたか、花村先輩が軽く振り返る。



「文芸部で体力づくりとかもやってみるかい? 頭脳労働の疲れを癒やすには運動がいいらしいし、今後の人生で体力があって困ることもない。運動部みたいに激しい感じじゃなくて、散歩の延長くらいから始めて、ほのぼのやっていくのは楽しいんじゃないかな?」


「俺はいいですけど、それ、文芸部の枠を越えてますね」


「いやいや、そうでもないよ。前にも言ったけど、物語を描くには実際の経験値を積むのがいい。体力がつけば積極的に外に出て活動できる。外に出れば色んな経験が積める。その経験は創作に活かせる。完璧だ!」


「なんだか、何をやっても文芸部の活動って言えそうですね」


「そうそう。とらえ方次第で、文芸部の活動は幅広いんだ。読むにしても書くにしても、リアルな経験値は活きる。文芸部とは、なんて固定観念に囚われず、楽しいことはなんでもやっていこうよ」



 ニッと力強く笑う花村先輩は、とても魅力的に見えた。


 こんな人が部長をしている部活に入れて、俺は運が良かったのだろう。



「なんでもありなら、いい高校生活を送れそうです」


「うんうん。皆で楽しんでいこう!」



 そして、はりきって歩き続けて、三十分。


 登り坂も続いて、雨宮さんが少し辛そうにする。



「雨宮さん、大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃない?」


「大丈、夫。歩けないことは、ないよ……」



 多少辛いというのと、限界というのはまた違う。


 でも、今は無理して歩き続ける場面ではない。何も急いでいないし、休憩を挟んで苛立つ人もここにはいない。



「少し休憩しようか。ベンチも何もないけど……」


「折りたたみの椅子はあるぞ。一つ」



 先輩二人が立ち止まって振り返り、岩辺先輩がリュックから小型の折りたたみ椅子を取り出す。それを雨宮さんの前に置いた。わざわざそんなものまで用意していたなんて、驚きである。


 ちなみに、ここは一般の道路だが、車の通りも少なく、隅っこで休むくらいは問題ない。



「で、でも、わたしだけ、なんて……」


「気にしないでいいよー。休みたかったらレジャーシートでも敷けばいいんだし」


「俺たちはまだ大丈夫だ」


「そう、ですか……」



 雨宮さんがチラリと俺を見る。いいのかな? と目で尋ねてきていたので、俺は頷く。



「雨宮さんが使っていいと思うよ。先輩の好意に甘えるのも、後輩の務めさ」


「そう……」



 雨宮さんが小型の椅子にちょこんと座る。小柄な体格もあって、妙に似合っている。


 休憩しながら、水筒のお茶を飲んだり、岩辺先輩が持ってきたチョコを食べたり、写真を撮ったりした。


 規模の大きい集団行動だと、行動に何かと制限があるもの。しかし、この規模でのプライベートの行動だと全て自由だ。


 周りの人たちに迷惑をかけない限り、誰かに咎められることもない。


 休憩を挟んだら、雨宮さんも回復。再び歩き始める。



「あの……夜野君」


「うん?」


「ありがとう。その……気遣ってくれて……」


「お礼を言われるほどのことじゃないよ。当然のことをしたまでさ」


「……うん。そうなのかも。けど……わたしが、鈍臭くても、夜野君、全然、嫌な顔しないし……。おかげで、変に、焦らなくていいし……。やっぱり、ありがとう……」


「まぁ、素直に受け取っておこうか。どういたしまして」



 俺は大したことをしていない。俺程度の気遣いは、先輩二人にもできること。


 まぁ、それでも。


 今、雨宮さんの隣にいるのは俺で、たぶん、雨宮さんに一番意識を向けているのも俺だ。


 それについて、雨宮さんが何か特別に思うことがあっても、おかしくはない。


 俺としては、過大評価されているようで、落ち着かないのだけれど。


 ゆっくり三十分ほど歩いて、俺たちは羽野賀島はのがしま公園に到着。



「ついた……」



 雨宮さんは一人だけかなり息が上がっていて、安堵の表情を浮かべていた。



「お疲れ様、雨宮さん」


「うん……」



 額に汗を流す姿には思わずグッと来てしまうが、あまり見つめると失礼なので視線を逸らす。


 カシャリ。


 花村先輩が俺と雨宮さんの写真を撮った。


 女子は気軽に女子の写真を撮れて羨ましい。



「お疲れ様! でも、本番はこれからだよ! ま、ゆっくり休みながら楽しんでいこ!」


「はい」


「……はい」


「雨宮ちゃん、死にかけてる! 体もほっそいもんなぁ……。ま、ゆっくり体力もつけてこ。体力がある方が、人生は絶対に楽しいから」


「……はい」



 雨宮さんが俺をちらりと見て、ぐっと拳を握る。



「頑張らなきゃ……」



 何故俺を見たのかは、よくわからない。


 けど、その決意の籠もった瞳は、素敵だと思った。

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