第16話 ずっと

 * * *


「雨宮ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。私、夜野君を盗ったりしないから」



 花村先輩に耳打ちされて、わたしは赤面してしまった。


 予想はできたことだけれど、わたしの気持ちは、花村先輩には筒抜けらしい。


 そもそも絶対に隠そうと思っているわけでもないので、仕方ないことだ。



「はぁ……」



 小さく小さく、溜息。


 わたしは、たぶん、夜野君のことが好きだ。


 夜野君の側にいたい。夜野君と話していたい。夜野君のことをもっと知りたい。夜野君を独り占めしたい。夜野君が他の女の子と仲良くしているのが嫌だ。


 この気持ちを一言で現すと、恋、なんだろう。


 はちゃめちゃに強い感情ではない。夜野君のことしか考えられないというわけでもない。


 でも、まだ少し薄い感情でも、確かにあって、決して無視できない感情だ。


 いつからこんな気持ちを抱くようになったかは、正確にはわからない。


 最近のような、元々出会った頃からのような。



 今まで、誰かを好きになることなんてなかったのに。


 好きになるときは、あっさり好きになってしまうものだった。


 まだ、夜野君との交流なんて、二週間程度のものなのに。


 岩辺先輩が撮った写真でも、わたしは泣きそうな顔をしていた。夜野君と花村先輩の距離が近くて、それが嫌で。


 夜野君には、見せられない顔だ。



「ねぇ、雨宮さん」


「え、あ、うん?」



 夜野君に名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。



「もし良かったら、海を背景に雨宮さんの写真、撮ってもいい?」


「あ……うん……いいよ」



 恥ずかしいけれど。


 写真を撮られるなんて、本当はあまり好きではないけれど。


 夜野君なら、いい。



「雨宮さん、撮るよー」


「うん……」


「ピースとか、決め顔とか、なくて大丈夫?」


「だ、大丈夫……」



 ポーズとかは苦手だ。



 わたしがそんなことをしてもしょうがない、と思ってしまう。


 特別に可愛くもないのに、って。



「撮るよー」



 カシャリ。


 夜野君が写真を撮る。


 それを私に見せてくる。



「どうかな? いい感じに風で髪もたなびいて、可愛く撮れてると思うけど」


「か、かわ、いい……かな」


「うん。可愛いと思う。……あ、でも、俺に、可愛い、以外の褒め言葉は期待しないでね。語彙が足りない」


「そういうの、別に、期待、してない……」



 可愛い、と言ってくれる。


 それだけで、嬉しい。


 社交辞令のようなものだとしても。


 やっぱり、嬉しい。


 わたし……ちょろいな。



「夜野、君。わたし、も、撮っていい……?」


「うん。いいよ。まぁ、俺の写真なんて面白みもないし、せめていい感じに加工して、愉快にしてくれよ」


「……そういうの、しない。ただ、夜野君の写真、欲しい」


「俺の写真なんて大した価値もないけどなぁ。ま、好きなだけどうぞ」


「……うん」



 夜野君の写真を撮りながら、思う。


 夜野君は、たぶん、すごく鈍い人だ。


 わたし、あんまり好意を隠せてないし、割と積極的に距離を縮めようとしてると思うんだけど……。


 夜野君は、全然わたしの気持ちに気づいていない様子だ。


 まぁ、気づかれてたら、それはそれで気まずいんだけど……。


 本気で伝えようと思ったら、ちゃんと、好きだって言わないと伝わらないんだろう。


 そこまではっきり伝える勇気は、まだ、ない……。



「……ありがとう。写真、大事に、する……」


「大事になんてしなくていいよ。でも、うちの部の残念男子、とか言ってネットにさらすのはやめてよね。流石に傷つく」


「そんなこと、しない……」


「そう? なら良かった」



 夜野君の写真を見ていると、自然と頬が緩む。


 夜野君は穏やかで、少し色が薄くて、わたしのこともすっと包みこんでくれる雰囲気がある。


 それがとても心地良い。


 ずっと側にいたくなる。


 こんな人に出会えて、良かった。


 カシャリ。


 近くでシャッター音。


 顔を上げると、花村先輩がスマホを構えていた。


 わたしにだけ今撮った写真を見せながら、また耳打ちしてくる。



「すごくいい顔してたよ。まさに、恋する乙女、って感じ」



 恥ずかしくなって、また頬が赤くなる。



「や、やめて、ください! そういうの、ダメ、です!」


「あはは! いいと思うんだけどなぁ!」


「消して、ください!」


「うーん、消しちゃうのはもったいないから、雨宮ちゃんに送ってから消すよ。どうするかは雨宮ちゃんが決めて」



 花村先輩から写真が送られてくる。


 誰にも見せたくないけれど、ああ、わたしってこんな顔して笑うんだ、って感慨深いものもあって。


 消してしまうのは確かにもったいないから、自分のスマホに保存した。



「……盗撮禁止、です」


「ごめんごめん。もうしないよ」



 花村先輩が離れて、岩辺先輩と話し始める。


 わたしの隣には夜野君がいて、海の写真を撮っている。


 ずっと隣にいられたらいいなぁ、なんて。


 まだ今日は始まったばかりなのに、もうお腹が一杯な気分だった。

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