第15話 フェリー

 八時半少し前、花村先輩と岩辺先輩が到着。


 花村先輩はフリルの付いたタンクトップとクロップドパンツ姿で、背中には小サイズのシンプルなリュック。動きやすいようにか、髪を後頭部で一つにまとえめてポニーテールにしている。


 岩辺先輩はTシャツとジーパンに、背中には大きめの無骨なリュック。



「岩辺先輩、妙に荷物が多いですね。登山でも行くんですか?」



 俺が軽く尋ねると、岩辺先輩は首を横に振る。



「レジャーシートとか、雨具とか、おやつのお菓子とか、色々入っている」


「なるほど……。俺も少しは持ちましょうか?」


「心配いらない。かさばりはするが、重くはないんだ」


「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて……」



 運動部だったら、後輩が先輩よりも楽をするのは良くないことなのかもしれない。


 しかし、ここは文芸部で、上下関係は緩い。岩辺先輩が良しとするなら、それで良いのだろう。


 ともかく、これで参加者四名が揃った。花村先輩は他の幽霊部員にも声をかけていたのだが、結局参加はなし。


 少々文芸部の未来が危ぶまれるのだが、これはこれで良かったのかもしれない。雨宮さんは人見知りなところがあるので、いきなりよく知らない人が参加すると気後れしてしまう可能性もある。



「全員集合したところで、出発……の前に、ちょっといいかい?」



 花村先輩が注目を集めながら、続ける。



「今日の活動は、文芸部の公式な活動じゃない。だからこれは私からの個人的なお願いなんだけど、今日一日のことを、後日、日記に記して共有してほしいんだ。皆がどんな風に思って過ごしたのかを知りたいし、後々振り返って思い出に浸りたいとも思う。どう? 協力してくれる?」


「俺はいいですよ。面白そうなので、むしろ積極的にやりたいところです」



 俺が最初に賛成して、岩辺先輩と雨宮さんも頷く。



「俺も構わない」


「その……ちょっと、だけ、なら……」


「ありがとう! 別に超大作を書いてくれなんて思っちゃいないし、書けるだけ書いてくれればいい。でも、私たちは文芸部員だし、書き始めたら千文字二千文字行っちゃうでしょ。面白く書こうとしなくていいから、こんなことやったなぁとか、こんなこと思ってたなぁ、ってのがわかる奴で宜しく!」



 三人が頷いて、花村先輩も満足げに頷く。



「それじゃ、出発!」



 花村先輩の号令で、俺たちはまずバス停に向かう。


 それから船着き場行きのバスに乗りこむ。


 公共の場なので騒ぐことはできないが、控えめにおしゃべりをしながら三十分ほどを過ごす。


 順調に船着き場に付いて、今度はフェリーに乗り換える。移動時間は十分ほどで、料金も片道二百円少々。百人くらいは乗れて、車の運搬も行える中型のフェリーは、船内もそこそこ広い。俺たちは屋外の甲板に出て待機することにした。



「フェリーなんてなかなか乗らないし、新鮮だなぁ」



 海を見渡しながらぼやくと、隣の雨宮さんも頷く。



「そうだね……。こういうの、初めてかも……」


「俺も、記憶にある限りだと初めてかなぁ。そもそも、地元に気軽に行ける離島があることも知らなかった」


「……うん。あんまり、縁、なかった、し……」



 カシャリ。


 すぐ近くでカメラのシャッター音。右を向くと、花村先輩がスマホを構えてニコリ。



「許可もなく撮っちゃったけど、大丈夫だった?」


「俺は構いませんけど、後でその写真、ください」


「……大丈夫、です」


「もちろん共有するよ。ちなみに、今日は常識の範囲でそれぞれの写真を撮るのは自由ってことでもいい? もし、本人が気に入らない写真を撮っちゃったら、速やかに消すってことでさ」


「それもいいですよ」


「その……変なのは、やめてほしい、です……」


「変なのなんて撮らないよ。常識と良識はわきまえて、ね」


「わかりました。では、俺も花村先輩を撮り放題ってことですね?」



 許可が出たので、俺もスマホを取り出して花村先輩にカメラを向ける。


 花村先輩は速やかにピースサインと決め顔を作る。写真を撮られ慣れている人の動きだ。


 俺も遠慮なく写真を撮る。


 俺のスマホのフォルダに、雨宮さんに続いて花村先輩の写真も保存される。うーん、青春だ!



「どんな感じどんな感じ?」



 花村先輩が俺のスマホを覗き込む。納得の出来だったのか、うんうんと頷く。


 花村先輩との距離も近くて、普段とは少し違う爽やかな香りが漂ってきた。


 ここで、今度は岩辺先輩が俺たちの写真を撮る。……俺、今変な顔してなかった? 大丈夫?



「岩辺先輩、俺の顔、大丈夫ですか? ちょっと見せてください」



 気になったのだが、岩辺先輩は俺に写真を見せてくれない。一方、花村先輩には素直に見せていて、花村先輩はクスリと笑った。



「この写真は、夜野君には見せられないねぇ」


「え、俺、そんな酷い顔してますか?」


「ううん。そうじゃないよ。……ふふ。私も少し軽率だったかな? 気をつけないと!」


「えっと、なんの話ですか?」


「君には内緒! 雨宮ちゃんはちょぉっとこっち来てー」



 花村先輩に手招きされて、雨宮さんが二人の側へ。そこで写真を見せられて、顔を赤くする。



「け、け、消して、くださいっ」


「……まぁ、本人が希望するなら、仕方ない」


「まぁねぇ。惜しいけど、消しちゃうかぁ」


「うぅ……。へ、変な写真、ダメです……っ」



 ふむ。どうやら後ろにいた雨宮さんが変な写りをしていたようだ。気になるが、雨宮さんが嫌がるなら我慢しよう。



「変っていうか、可愛いけどね?」


「そ、そんなこと、ないです!」



 花村先輩はふふんと笑って、最後に雨宮さんに耳打ち。


 その声は俺に聞こえなかったが、雨宮さんは顔を赤くした。


 一体、なんの話をしたのやら。


 俺だけ仲間外れ感があって寂しいけれど、ここはそれを受け入れよう。


 この楽しげな雰囲気の中にいられるだけで、俺は十分さ。

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