第14話 写真

 土曜日。


 幸いにも天気は快晴で、気分は爽快。外を歩き回るには少し暑いかもしれないが、暑すぎて動けなくなるほどではない。



「……少し早かったな。待ち合わせは八時半なのに……」



 俺は電車から下りて時計を確認しつつ、独り言をぼやく。


 時刻は午前八時で、場所は繁華街にあるすめらぎ駅。ここからバスに乗って三十分ほど移動し、さらにフェリーに乗って、羽野賀島という離島に行く予定だ。俺の住む県はそれなりに都会だが、ちょっと移動するだけで離島にも行けるというのはなかなかに便利なものだ。


 さておき、余裕をもって行動したのは良かったが、少し早すぎた。


 待ち合わせ場所は中央改札を出たところで、流石にまだ誰も来て……。



「お、雨宮さん、もう来てる。早いな……」



 私服姿で一瞬わからなかったが、改札の向こうに雨宮さんが立っていた。


 休日の今日、当然ながら普段のブレザー姿ではない。


 桜色のブラウスに、紺のパンツ。頭にはキャップを被り、背中には可愛らしいベージュのリュックだ。シンプルながら、今日のプチ旅行には相応しい。動きやすい格好で来てね、と言った花村先輩の指示通りだ。


 ちなみに、俺もTシャツとチノパンにリュックで、雨宮さんに近しい格好をしている。まぁ、誰も興味ないと思うので、変に浮かなければそれでいい。



「おはよう、雨宮さん。早いね」



 スマホをいじっていた雨宮さんに声を掛ける。


 雨宮さんはぱっと顔を上げて、俺の姿を確認して淡く微笑む。


 近づいて気付いたが、雨宮さんは髪のサイドを編んでいる。いつもより華やかさが増して良き。



「お、おは、よう……。夜野君こそ、早いね……」


「遅れないようにって気をつけたら、早くついちゃった。雨宮さんも似たような感じ?」


「あ、うん、まぁ……そんな感じ……かも」


「そっか。関係ないけど、今日の髪、いつもと違うんだね。華やかでいいと思う」


「そ!? そ、そう、かな……。に、似合う?」


「うん。似合うと思う。学校でもしてきたら?」


「……学校では、ちょっと……。変に目立つの、やだし……。休みの日、だけ……」


「そっか。雨宮さんがそう言うなら仕方ない」



 花村先輩はまだ来ていないので、俺は雨宮さんと並んでしばし待つことにする。


 そこで、急にスマホにメッセージが届く。半ば予想通り花村先輩からで、文芸部のグループチャットに司令が入っていた。



『今からニ分以内に自分の写真を撮って、ここに投稿せよ! 撮り直しは禁止!』



「二分以内って……。また妙なことを言い出す人だなぁ……。電車の中とかだったらどうするんだか……」


「……花村先輩、らしい……」


「無視するのもなんだし、指示に従ってみよう」


「……うん」



 俺は周囲を見回し、背景に良い何か珍奇なものでもないかと探したのだが……雨宮さんが言う。



「い、い、一緒に、映らない?」



 こころなしか頬の赤い雨宮さんが、インカメラで俺と雨宮さんの二人を映している。



「俺は構わないよ。それなら、もう一枚で事足りるかも」


「そうだね……。これで、撮って、くれる?」


「ああ、いいよ」



 雨宮さんからスマホを受け取り、そのスマホで二人の写真を撮ろうとする。


 俺の身長は百七十センチにちょい届かないくらいだが、雨宮さんはおそらく百五十センチ前後。カメラの位置を少し上にして、二人が程よく映るようにする。



「こういうときは、ピースサインでもするもんかな?」



 俺が左手でピースを作ると、雨宮さんも控えめにピースサイン。



「撮っていい?」


「う、うんっ」


「じゃあ、笑ってー」


「そ、そういうの、無理……っ」


「はは、じゃあ、甘いお菓子でも思い浮かべて」


「う、うん……」



 雨宮さんの表情は少し硬い。写真に慣れていないのがよくわかる。


 しかし、あまり時間を掛けていらないので、写真を撮ることにする。



「せーの」



 ぱしゃり。


 特にかっこよくもない男子と、上目遣いにピースサインをする可愛い女の子、二人が並んでいる写真が撮れた。


 気軽に一緒に映ることを請け負ったが、これは雨宮さんだけ撮った方が圧倒的に素晴らしいものになっただろう。


 俺の部分だけ消したいなぁ、と思いながら、スマホを雨宮さんへ返却。



「上手く撮れた自信はないけど、どう?」


「い、いいと思う……。これ、アップするね」


「うん。宜しく」



 雨宮さんが、唇をムニムニと動かしながらスマホを操作。


 グループチャットに、俺と雨宮さんのツーショットが投稿された。


 これだけ見るとカップルみたいで、少々気恥ずかしい。


 ただ、貴重な写真なので、ちゃんと俺のスマホにも保存した。


 続いて、花村先輩からは、見慣れた五六ふのぼり駅を背景に、一人でピースサインをする写真が。岩辺先輩からは、自宅らしきマンションとサムズアップした左手の写真が送られてきた。



「二人とも、まだこっちに向かってるところか。まぁ、そうだよな」


「わたしたち……早すぎだね……」


「うん」


「でも……夜野君と、早く会えたし……良かった……」


「俺も、雨宮さんと早く会えたから、早く来て良かったよ」



 早く友達に会えたから良かったってことだよな? うん、わかってるわかってる。雨宮さんに特別な好意を持たれているとか、俺は勘違いなどしない。



「うぅ……なんか……ずるい……」


「え、ずるい? 何が?」


「なんでも、ないっ」



 雨宮さんは俯きながら首をぶんぶんと横に振った。


 俺、何かおかしなことを言ってしまっただろうか?



『朝っぱらからツーショットを見せられることになるとはね! いいぞ、もっとやれ!』


『二人とも到着早いな』



 花村先輩は若干からかうように、岩辺先輩は実に冷静に、メッセージを送ってくる。


 もっとやれと言われても、俺と雨宮さんにこれ以上はないさ。



『夜野君! 君からの写真が上がってないぞ! 時間は過ぎちゃったけど、一人一枚がノルマだ!』



「え、ツーショットじゃダメだったか? うーん、じゃあ、俺も撮るか……」


「じゃ、じゃあ……もう、一枚……? こんなの、とか……?」



 雨宮さんが俺の左手を握ってきて、俺に背中を向ける。


 こんなの、というのは、俺と手を繋ぐ雨宮さんを、俺が後ろから撮るということか。


 これは……かなりカップル写真っぽいぞ。


 うーん、気軽にこんな写真を撮ろうと誘ってくるなんて……俺ってやっぱりなんにも意識されていないんだな。遊び感覚だからこその気軽さだ。



「よし、いい感じに撮れそうだ。少し待って……よし、撮れた」


「ど、どんな……?」



 彼女に手を引かれる男子が、彼女の姿を写したような写真が出来上がった。



「どうかな? 変な写真ではないと思うけど」


「い、いいんじゃないかな……っ」


「じゃあ、これをアップしよう」



 写真をアップ。


 すると、先輩たちからすぐに反応。



『……私たちがお邪魔だったら、二人でそのままお出かけしてきてもいいよ?』


『健闘を祈る』



 俺と雨宮さんが付き合っているみたいな反応をされてしまった。流石にやりすぎたか。



『いやいや、皆で行きましょうよ。待ってますから』


『待ってます』


『そう? ならば、しばし待たれよ!』


『八時半には着く』



 ここでメッセージは途切れる。


 朝から少し盛り上がって、今日一日がさらに楽しみになった。



「ああ……俺、青春してる気がする……」


「……うん」



 しみじみとつぶやいた後、二人で少しおしゃべり。


 二人だと、ニ、三十分の待ち時間など、大したことではなかった。

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