第13話 通話

 翌日金曜日の放課後。


 俺たちはまた部室に集まって、部員で行く日帰り旅行について軽く話し合いをした。誰かが革新的なアイディアを提示することもなく、昨日考えた予定から大きな変更はなし。また、日程は、明日の土曜日と決まった。



「今後は部室以外での連絡も増えるかもしれないから、連絡先を交換しておきたい。いいかな?」



 花村先輩の提案に、反対する者はいなかった。


 俺のスマホに、雨宮さんだけではなく、さらに花村先輩の連絡先も登録されてしまった。これは俺からすると一大事である。


 女の子二人分の連絡先が入ったスマホ……っ。素晴らしい!


 などと考えていた、その日の夜。


 花村先輩から、メッセージを受診。



『やあやあ、夜野君。ちょっと確認したいことがあるんだけど、通話で話せるかい?』



 急に何の話だろうか、と不思議に思いつつ、返信。



『構いませんよ』



 すぐに着信があり、それに応答。



「こんばんは、花村先輩。何の確認でしょう?」


『こんばんは、夜野君。野暮な質問かもしれないけど、ぶっちゃけ、君と雨宮ちゃんってどうなってるの? 普通のお友達関係? それとも、恋人一歩手前? いっそ、もう恋人同士?』



 ふむ。これは、あえて確認するほどのことだっただろうか。


 俺と雨宮さんが友達以外の何に見えるのだろう? いや、友達と思っているのは俺だけの可能性もあるのか? うーん、二人で遊びに行こうとも誘われたし、それはないか。



「恋人同士ではありません。恋人には程遠いです。学校ではよく話しますが、友達になれていると思います」


『あー、そんな感じか。君はそういうキャラなわけね』


「そういうキャラ、とは?」


『なんでもない。気にしないでくれ。じゃあ、君の気持ちとしては、雨宮ちゃんとどうなりたいんだい?』


「友達として仲良くしたいです」


『ふぅん。恋愛対象として雨宮ちゃんが好きとかじゃないんだ?』


「俺が女の子に好意を持ったところで、その子と付き合えるわけもありません。そんな感情は持たないことにしています」


『なるほどね。ある意味懸命だけど、ちょっと寂しい懸命さだ』


「そうかもしれません」


『まぁ、私が口を出すことじゃないのかもしれないけど、君はもう少し自信を持っていいと思うよ』


「え? それって、花村先輩が俺の彼女になってくれるってことですか?」


『それは違うね』


「あー、まぁ、よくいるんですよね。『夜野君は素敵な人だから、かっこ自分以外でかっことじる誰かいい彼女ができるよ』なんて言ってくる女の子」


『……すまない。何か君のトラウマを刺激してしまったようだ』


「大丈夫です。全てを諦めれば、もう何も辛くありません」


『むしろ大丈夫じゃない話になっているよ! 君は意外と危ういなぁ……』


「まぁ、三割くらいは冗談です」


『七割本気は危ういよ。で、それはいいとして。最後の質問。もし、雨宮ちゃんと付き合えるなら、付き合いたい?』



 俺は雨宮さんに友達として好意を持っている。話も合うし、一緒にいて楽しい。ついでに、雨宮さんは可愛い。前髪で目が半ば隠れているが、時折覗くその目はぱっちりしていて愛嬌がある。


 付き合えるなら、付き合いたいさ。


 男の子として、当然の願望だ。



「希望だけを言うなら、もちろん付き合いたいですよ」


『それは、君の中に、少なからず雨宮ちゃんへの恋愛的な好意があるってことかな?』


「恋愛的な好意、ですか」



 あるのだろうか。


 自分でも、その感情がよく見えない。


 正確には、きっと……見たく、ない。


 誰かに恋をして、それが叶わないのは、辛い。



「……どうでしょう。俺、雨宮さんのこと、好きなんですかね?」


『……君、迷子の子供みたいになっているよ? まぁ、恋心を自覚することの怖さは、わからないでもないけどね。君はメンタルの強い人かと思っていたけど、こういう方面では案外普通だ』


「俺はどんな分野でも普通のメンタルですよ」


『そんなことはないさ。君は強いよ』


「そんなもんですかね……。ちなみに、花村先輩は、彼氏とか、好きな人とか、いるんですか?」


『彼氏はいないし、好きな人も……いない。と思う。いや……わからない』


「へぇ、花村先輩にしては珍しく、歯切れが悪いですね」


『私だってそういうときもある。乙女心は複雑なのさ。それより、確認したいことは確認できた。この辺で終わりにしよう。夜野君、明日に備えて、今日はゆっくり休むんだぞ! 結構歩くぞ!』


「はい。花村先輩も、ゆっくり休んでください」


『うむ! では、おやすみぃ!』


「おやすみなさい」



 通話が終了。


 賑やかな人との話が終わると、無償に寂しい気持ちになってしまう。



「……早く寝て、明日に備えよう」



 明かりを消して、ベッドに入って横になる。


 明日のことはなかなかに楽しみにしているので、なかなか寝付けない。


 時刻は夜十時過ぎ。単にいつもより早く寝ようとしているので寝付けないのかもしれない。


 眠気が訪れるのを待っていると、スマホがメッセージを受信。枕元のスマホを取ると、雨宮さんからだった。



『夜野君、まだ起きてる?』


『起きてるよ』



 返事をすると、メッセージは続く。



『明日、楽しい一日にできたらいいね』


『うん。そうだね』


『わたし、学校の人と一緒にこういう旅行するの、初めて。結構、憧れてた』


『俺もだ。いっそ、こういうことをするのが、高校に入ったときの目標の一つだった』


『夜野君、友達多そうなのに、初めてなの?』


『友達はいたけど、中学生で日帰り旅行とかはしないよ』


『そっか。そんなもんかな』


『そんなもんだよ。雨宮さんだって、そういうことはしなかったんだろ?』


『うん。元々、友達もいなかったけど』



 おっと、地雷を踏んでしまっただろうか。


 雨宮さん、確かに教室では少し浮いた感じもあるけど、小中学校でも友達はいなかったのか……。全くのゼロってことはなかっただろうが、本当に親しい相手はいなかったのだろうな。



『昔のことはさておき、高校生活、楽しもう』


『うん。楽しみたい。夜野君と、一緒に』



 クリティカルなヒットで心が痛い。


 友達としか見られていなくても、女の子にこんなこと言わせられたら、俺の高校生活は大成功だよ。



『うん。一緒に楽しもう』



 やり取りはもう少し続く。


 結局、十一時過ぎになって、俺もだんだん眠くなってくる。



『明日は結構歩くらしいし、そろそろ休もうか』


『うん。そうだね。楽しかった。ありがとう』


『俺も楽しかった。ありがとう。おやすみ』


『おやすみ』



 俺は心を満たされながら、枕元にスマホを置く。



「寝るまで女の子とやり取りとか、俺の理想を体現してるなぁ……。このまま、充実した高校生活を送りたいもんだ」



 目を閉じて、心を落ち着かせる。


 一人なので遠慮なくニヤけつつ、俺は意識を手放した。

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