第12話 是非

「あ、あのさ……夜野君って……花村先輩と、仲、いいよね……」



 下校中、雨宮さんが俺にぼそぼそとそんなことを言った。



「そうかな? 悪くはないと思うけど……あくまで先輩として後輩の面倒を見てくれてるって感じも……」


「で、でも、部室だと、二人、よく、話してる、し……」


「それは、岩辺先輩も雨宮さんも、あまりおしゃべりなタイプではないからじゃないかな? 他にもっとおしゃべり上手な人がいたら、俺じゃなくてそっちと話してるかも」


「それだけ……かな。夜野君は、花村先輩の、連絡先とか、知ってるの……?」


「ううん。知らない。そんな話になったこともない。それに、部室以外で話したこともない」


「そ、そっか……。そう、だよね……」


「うん。俺と花村先輩、特別に仲がいいわけじゃないよ」


「……ごめん。変なこと、訊いて……」


「別に謝ることじゃないよ。気にしないで」



 しかし、何故雨宮さんは俺と花村先輩の関係性などを気にしているのだろう? 何か関係があるだろうか?


 うーん、考えてもよくわからない。


 はっ。もしかして、雨宮さんは花村先輩を狙っている……? 同性同士ではあるけれど、そういうことだってあるかもしれないし……。



「あー、あのさ。雨宮さんって、花村先輩のこと、どう思う?」


「え? どうって……。いい先輩、だと思う」


「そっか。そのー……いや、遠回しな言い方はやめよう。もしかして、花村先輩のこと、好き、なの……?」



 俺の問いに、雨宮さんはぽかんと口を開ける。


 うん、どうやら全く見当違いのことを考えていたようだ。



「な、え、ん、と……え? なんで、そんな、話に……?」


「いや、俺と花村先輩の関係が気になるのは、雨宮さんが花村先輩に少なからず好意を持っているからなのかと……」


「夜野君って、意外と、変なこと、考えるね……」


「……すまぬ。俺の頭は意外と変なんだ」


「花村先輩を、好きなのは……岩辺先輩、だよ……」


「え!? そうなの……?」



 初耳だし、意外な事実だ。



「気づいてない? いつも、隣にいるのに……。むしろ、隣だから、見えてないかな……?」


「……岩辺先輩、いつも部室にいるけど、別に花村先輩と話してるわけでもないし……」


「いつも、部室にいるの……花村先輩のこと、好きだから、だよ……きっと……」


「……そういうの、見てわかるもの?」


「なんとなく……。確証も、なくて……本当に、なんとなく、だけど……」


「そうかー。俺はまだまだ観察力が足りないなぁ……」



 意外な事実ではあるが、岩辺先輩が義務でもないのにいつも部室にいる理由は理解した。



「あ、でも、そうだとすると、俺たちって岩辺先輩からするとお邪魔虫……?」


「違う、と思う。むしろ、いてほしい、かも? だって……二人きりは、嬉しいけど、気まずい……」


「それもそうか。四人いた方が気楽かも。もっと言うと、日帰り旅行だって、四人だから気軽に企画できるんだよな。二人きりだとできないことだ」


「うん……。だから、わたしたち、部室にいて、いいんだと思う」


「そうだな。うんうん。……じゃあ、遠慮なく部活に参加させてもらおう」


「うん」


「それにしても、日帰り旅行、楽しそうだな。雨宮さんは、皆で一緒にとか苦手じゃなかった? 大丈夫?」


「ん……大丈夫。クラスの……よく知らない人とだったら、辛い、けど……夜野君が、いるなら……」



 俺がいれば大丈夫、か。なんて嬉しい言葉だろう。


 思わず飛び上がってガッツポーズでもとってしまいたくなるが、傍目には気持ち悪い行動なので自重する。



「そっか。良かった」


「……ん」



 おしゃべりをしながら歩き、学校の最寄り駅に到着。


 ホームで電車の到着を待っていると、雨宮さんがそわそわし始める。


 気になる人でも見つけたような反応で、少し気になってしまう。



「えっと……どうかした?」


「あ、あの、えと……」


「うん」



 雨宮さんは何かを言おうとするが、それがなかなか出てこない。俺は急かすことなく、じっくりと待つ。


 そして、顔を真赤にした雨宮さんが、ついに口を開く。



「も、も、も、し、よか、よかか、ったら、そ、その、その、あ、えと、部活、か、関係、なし、で、わ、わたし、と……お、お休み、の日、い、いいい、一緒に、ふ、ふた、り、で、お、お出かけ、でも、し、ない……かな?」



 途切れ途切れで、抑揚もめちゃくちゃで、すんなりと言葉の意味は入ってこなかった。


 少しだけ考えて、その意味を理解していく。



『もし良かったら、部活関係なしで、わたしと、お休みの日に一緒に二人でお出かけでもしないかな?』



 きっと、この理解は間違っていない。


 理解が浸透していくうちに、俺は高揚感に包まれる。


 女の子から! 遊びに! 誘われた!?


 本当だろうか? 何か勘違いしていないだろうか? 疑ってしまうが、他に解釈の仕方などない。あえて、二人でお出かけ、とも言っている。



「……俺と、二人で?」



 雨宮さんが右手で髪を撫でつつ、こくりとはっきり頷く。


 何か気の利いた返事をしたいところだったのだけれど、俺の頭はフリーズ寸前だったので、簡単な言葉しか出てこなかった。



「……うん。いいね。是非」



 雨宮さんがまたこくこくと頷く。


 ものすごく可愛いのだけれど、この子を持ち帰って一日中愛でてはいけないだろうか?


 まぁ、わかっている。それが、単なる友達に過ぎない俺に、許されないことくらい。


 妄想するだけにとどめよう。いや、妄想するだけでも雨宮さんに失礼か。仕方ない。気持ち悪い人にならないために、一切の邪念を捨てよう。こういうときは素数を……ではなく、激辛ラーメンでも思い浮かべると心が落ち着くのだ。



「……ど、どうしたの? 険しい顔、してる……?」


「気にしないでくれ。ちょっと激辛ラーメンの味を思い出していただけなんだ」


「え、ええ……? どうして……?」


「素数を思い浮かべても、俺にはなんの効果もないから……」


「ま、ますます、わからない……」


「ごめん。なんでもない。それより、雨宮さんはどこか行きたいところ、ある? 創作に役立ちそうな場所がいいかな?」


「……創作は、今は、関係ない。そういうのじゃ、なくて……。夜野君の、行きたいところ、とか……」


「俺の行きたいところ? うーん、難しいけど、強いて言えば、景色のいいところとかかなぁ……」


「景色の、いいところ……。いいと、思う……」


「少し、ちゃんと探してみるよ。雨宮さんも、どこか行きたいところがあったら言ってね」


「……うん」



 やがて、電車が到着。


 それから俺の家の最寄り駅につくまでもあっという間で。



「また明日」



 俺が手を振ると、雨宮さんがはにかみながら手を振り返してくれる。



「う、うん。また、ね」



 その姿が大層魅力的で、俺は気持ち悪いニヤケ顔をさらさないよう、必死に笑顔を取り繕った。

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