第11話 企画

 * * *


 雨宮さんと連絡先を交換してから、ぽつぽつとメッセージのやり取りをするようになった。


 あまり長々とはしない。雨宮さんは勉強もするし、小説も書く。あまり俺のために使う時間はないはずだ。


 短いやり取りだが、俺は満足である。女の子と連絡し合うなんて、まさに青春の一ページ。


 もはや、俺は雨宮さんと友達になれたと思って過言ではあるまい。


 そうではなかったら悲しいから、反論は受け付けない。


 女の子と友達になるにはもっと時間がかかるものと思っていたが、案外、下心がなければ友達になってくれる女の子はいるものなのだろうか? 今回はたまたまだろうか? たまたまな気がする。他の誰かと友達になろうとしたら、手痛い失敗をしでかしかねない。


 あまり欲張らず、雨宮さんとの友達関係を大事にしながら、俺は充実した日々を過ごす。


 他の部活も見てみる予定だったが、俺はもう他の部を見ることなく、文芸部に入部した。雨宮さんも文芸部に入部している。


 そして、和やかに、でも楽しい高校生活を送っている中、花村先輩からちょっとした提案があった。


 それは、四月の終りが近い、木曜日のこと。



「ゴールデンウィークに一日くらい時間あるかな? 創作力強化青春満喫日帰り旅行しない?」


「なんですか、創作力強化青春満喫日帰り旅行って」


「夜野君、よく一度で覚えられたね。創作力強化青春満喫日帰り旅行っていうのはね、簡単に言うと、文芸部の皆で日帰り旅行に行こう、って話さ」


「いや、まぁ、創作力強化青春満喫日帰り旅行がそういうものだってのはなんとなくわかりましたけど、その目的は?」


「創作力強化青春満喫日帰り旅行の目的は、文字通り創作力の強化だよ。小説を書く人ならわかるけど、創作には豊かな人生経験が必要なのさ。まぁ、中には想像力だけで全部書けちゃう人もいるけど、大多数は実際に経験したことを活かして書いていく。青春系の話を書こうと思うなら、実際に青春っぽいことを経験した方がいい。恋愛を書くなら、実際に恋愛を経験した方がいい」


「つまり、日帰り旅行を通して、そういった経験値を獲得しよう、ということですね」


「そういうこと! ただ、ぶっちゃけ、皆で遊ぼうよ、って言ってるだけだから、気軽に考えてくれていい。特に予定がなければ参加してほしいんだけど、どう?」



 花村先輩が部室内を見回す。相変わらずの四人体制で、誰にも嫌がっている雰囲気はない。



「俺は構いません。むしろ、そういう青春っぽいこと、大歓迎です。基本的に暇なんで、日程はいつでもいいですよ」



 俺が答えると、雨宮さんと岩辺先輩も続く。



「だ、大丈夫です。参加、します……。予定は、ないです……」


「俺も、行ける」


「うっし! じゃあ、行っちゃおう! ちなみに、部活の一貫にすると学校への届け出とか面倒だから、あくまで仲良しグループが勝手に遊んでるってことで。部費は使えないけど、自腹で大丈夫? 日帰りだし、五千円もかからない予定」



 三人とも頷く。


 少々大きな出費だが、青春をきらめかせるための投資と思えば問題ない。



「良かった! 他の幽霊部員にも一応声は掛けてみる。それで、どこか行きたいところはある? 丁度良さそうなプランはある程度考えて来たけど、ここがいいっていうのがあれば、まだまだ変更は可能だよ」



 花村先輩が、わざわざプランをまとめた小冊子を配ってくれる。


 この人、コミュ力も統率力も企画力もあって、俺からすると超人枠だな。


 一つ上なだけなのに、随分と人間力に差がある。


 そして、花村先輩が事前にプランを考えていたことは、実に良いことだった。話し合いもスムーズで、変に迷走することもなかった。



「プランが決まったのはいいことですけど、部活の時間にこんなことしてるって、ちょっと悪いことしてるみたいですね」



 俺の言葉を、花村先輩は笑顔で否定。



「いやいや、そんなことはないよ? この日帰り旅行の目的もそうだけど、創作には人生経験が役に立つの。こうやって部活の時間にわやわややってるのも創作に活きる」


「おお、なんと都合のいい言い訳」


「言い訳って言うな。本当に役に立つんだから。特に小説ってのはさ、ただ机に向かって一生懸命に頑張っても、案外上達はしないの。色んな経験積んで、たくさん感動して、それを自分の中で熟成させて、自分らしい物語を生み出していく。そういうもんだよ。岩辺君や雨宮さんなら、よくわかるんじゃないかな?」


「……ああ、わかる。理論やらの勉強も大事だが、実際の経験が大きな力になる」


「そう、ですね……。わたし、その……色んな経験、足りなくて……書けないこと、一杯です……」


「うんうん。二人ならわかってくれると思ってた。というわけで、部室で旅行プランを考えることだって、部活動としては全然悪くないってわけ。夜野君がいつまで小説を書き続けるかわからないけど、もし長く続けていくなら、本当に価値のある経験だよ」


「そうですね。きっと役に立ちます」


「うん。ま、今日はまだ木曜日だし、何か思いついたものがあれば明日にでも教えて。まだまだ予定変更は可能だよ」



 俺たち三人が頷いて、花村先輩は満足げに微笑む。



「今回は日帰りだけど、可能なら創作合宿みたいなこともしたいよねー。泊まり込みでさ。保護者が必要になるから、先生か成人済みの誰かの家族に付き添ってもらわないといけないけど」


「お、いいですね。俺、是非そういうのもやりたいです」


「おう、夜野君、食いつきがいいね。さては君、青春に飢えているね?」


「はい。超、飢えてます」


「素直で宜しい。私と気が合いそうだ。暇があるなら私と青春満喫活動してみるかい?」


「なんですかその魅力的な活動。是非とも参加させてください」


「いいだろう。ただし」


「ただし?」


「……君はもう少し、周りを見た方がいいね」


「……周りを?」



 周りを見てみる。


 岩辺先輩は、普段と変わらない無表情。


 雨宮さんは、俯きがちに俺をチラチラ見ている。


 俺が気にするべきは、おそらく後者。


 となると、俺がここで取るべき行動は?



「……雨宮さんも、青春満喫活動、してみない? きっと創作にも役立つし、俺は雨宮さんも一緒の方が楽しいな」


「あ、う……え……う、ん……」


「じゃあ、雨宮さんも一緒に、だね」



 こくこく。雨宮さんが頷いた。


 花村先輩は俺にパチンとウインク。岩辺先輩も、机の下でサムズアップしていた。なお、サムズアップとは、拳を握り親指を上に向けて立てる動作である。



「よーし、積極的に参加してくれる部員も増えたことだし、目一杯楽しんでいこう!」



 花村先輩の号令を聞いていると、それだけでワクワクしてくる。


 なんとなく覗いてみた部活だけれど、ここに来て良かったと、強く思う。

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