第9話 連絡先

 部活が終わって、俺はまた雨宮さんと一緒に下校する。


 当たり前のようにこうしていることが、俺の中では快挙である。


 ただ、連絡先の交換などはしていないので、一定の距離は感じる。雨宮さんを友達と称するのは、まだ時期尚早だろう。


 連絡先を教えて、と言えば意外とあっさり教えてもらえるのだろうか? それは流石に迷惑だろうか?


 考えながら歩いていると、雨宮さんが心配そうに声をかけてくる。



「夜野君、その、大丈夫かな……? 佐藤君から、色々、言われてたけど……。創作、嫌いになったり、してないかな……?」



 もしかして、連絡先を訊いてもいいか悩んでいるのを、佐藤とのやり取りで悩んでいると勘違いさせてしまっただろうか。



「ああ、俺は全然気にしてないよ。世の中には色んな考えの人がいるっていうのはわかってる。俺の作品をくだらないと思う人だって、当然いる。俺は違う考えを持ってるよ、で終わり。小説なんてやめよう、とは思ってない」


「そう……。夜野君、心、強いね……」


「そうかな?」


「そうだよ……。わたしだったら……否定的なこと、言われると、全部、嫌になっちゃう……」


「そうなんだ……」


「うん……。わたし、心が弱くて……。だから、なるべく、自分の作品、人に読ませない……。悪い感想、もらったら……続き、書けなくなる……」


「なるほど……」



 雨宮さんは、確かに自分の作品を部活内で見せないようにしている。花村先輩はそれでもいいと言っていた。部誌などを作るときにだけ、他人に見せる作品を提供してくれればいい、と。


 花村先輩も、雨宮さんの気持ちがわかるのだろう。他人から批判されると、全部が嫌になってしまう気持ち。


 俺はまだ書き始めだし、そもそも創作に並外れた熱意もないから、何を言われても平気だ。俺も長く書き続けたら、何か変わるのだろうか?



「……強い心、羨ましい。夜野君。すごい……」


「強い心って言われると、なんだか気恥ずかしいな。そんな大層なものじゃないよ」


「……夜野君、すごいよ。自分にとって、当たり前だから……気付かないだけ……」


「そうかなぁ」


「そう。わたし……夜野君、尊敬する」


「……それもまた気恥ずかしい」



 尊敬するだなんて、誰かに言われたのは初めてではないだろうか。


 何かに没頭したことはなく。何か特技があるわけでもなく。


 ただなんとなく生きているだけの俺には、分不相応に思える言葉だ。



「……夜野君、照れてる」


「そりゃ、照れるさ」


「なんか、いいね」



 雨宮さんが小花のような笑みを浮かべる。


 たまに見せるそんな表情が、俺の心を晴らしてくれる。


 俺が雨宮さんの彼氏だったら、笑顔が可愛いね、なんて歯の浮くようなセリフを言うのだろうか。



「雨宮さんってさ」


「……うん? 何?」


「意外と意地悪だよね。照れてるのがいい、とか」



 悪い意味に勘違いされないよう、軽い口調で言って、そして笑顔も忘れない。


 雨宮さんも悪い意味にはとらえなかった様子で、はにかんだ。



「……意地悪じゃ、ダメ、かな」


「いや。いいと思うよ。これくらいは、愛嬌の一つ」


「……そっか。良かった」



 そして、駅について電車を待っている間。



「あの、えっと……その……」



 雨宮さんが妙に挙動不審になっている。


 どうしたのだろうかと、ゆっくり次の言葉を待つと。



「れ、れ、れん、ら、らく、さ、さき、こ、こう、こうか、ん、し、し、し、な、い……?」



 言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。



『連絡先、交換しない?』



 そう言った、よね?


 心の中で、万歳三唱してもいい状況?


 俯いていてわかりづらいが、雨宮さんの顔が非常に赤い。



「……俺は、歓迎、だよ。でも、本当にいいの?」



 こくこく。雨宮さんが頷く。



「良かった。連絡先の交換ができたらいいなって思ってたけど、相手は女の子だし、踏み込み過ぎたらまずいかなって思ってた」


「……夜野君、なら……いい……」


「そっか。良かった」



 お互いにスマホを取り出して、メッセージアプリの連絡先を交換する。


 これでいつでも連絡できるし、その気になれば電話もできる。


 電話をする機会は、なかなかないかもしれないが。



「雨宮さん、連絡先を教えてくれてありがとう。でも、連絡しすぎるとうっとうしいよね。そう思ったときには、遠慮なく言ってくれ」


「……そのとき、には」


「うん」



 やがて電車が到着して、俺たちは電車に乗り込む。


 俺はちょこちょこ話しかけたのだが、雨宮さんの言葉は少なかった。


 何か良くない話題でも提供してしまっただろうか? 少し不安になったが、別れ際には、雨宮さんは笑みを浮かべていた。



「……また、ね」



 小さく笑って、手を振ってくれる姿が大変宜しい。



「うん。また」



 見つめ続けると恋にでも落ちてしまいそうだったから、俺は軽く手を振りつつ、視線を少し遠くに向けていた。

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