第8話 意味

 放課後には、俺は雨宮さんと文芸部を訪問した。


 部長の花村先輩、副部長の岩辺先輩はいたのだが、他の部員の姿はなし。


 昨日に引き続き、四人での活動となった。


 花村先輩は、俺たちが積極的に文芸部に通ってくれることを喜んでいた。花村先輩としてはなるべく精力的に活動したいらしいのだが、そうしてくれる部員が少ないため、少し寂しく思っていたそうだ。


 ともあれ、執筆したり、おしゃべりしたりしている間に部活動の時間は終了。


 俺は再び雨宮さんと二人で下校。駅まで歩いて、その間におしゃべりして、同じ電車に乗り、別れ際に「またね」と言う。


 なんだこれは! まるで女の子の友達ができたみたいじゃないか! 素晴らしい! 青春だ!


 心の中で叫びながら、俺は一日を終える。


 その後も、俺は雨宮さんとの接点を持ちながら学校生活を送ることができた。あまり話しかけ過ぎると迷惑ではないかとも思ったが、少なくとも拒絶の雰囲気は出ていない。


 次は連絡先の交換でも……と思うが、それは流石に踏み込み過ぎかもしれないと、ためらっている。学校で話すくらいなら良くても、雨宮さんは学校外では一人がいいかもしれない。


 そんなこと考えているうちに一週間が過ぎて、再び迎えた月曜日。


 放課後には、いつも通りに文芸部の部室へ。


 そして、俺、雨宮さん、花村先輩、岩辺先輩の四人が集まった後に、新しい訪問者が現れた。


 男子生徒で、ぱっと見少し気難しそうな顔をしていた。



「……一年A組、佐藤拓也さとうたくやです。仮入部に来ました……」



 身長は百七十センチほど。目つきが鋭く、口調はぶっきらぼう。痩せ型で、スポーツなどをしている体格ではない。男子にしては髪が長い。



「おお! 今年三人目の仮入部だ! 歓迎するよ!」



 花村先輩が明るく迎えて、佐藤も席につく。男三人、同じ長机を使う形だ。



「佐藤君は小説とかを書くのかな? それとも読むだけ?」



 花村先輩の問いに、佐藤は静かに答える。



「書きます」


「それはいい! 本は読むのもいいけど、書くともっと面白い! 私も小説を書くんだよ。君が書くのは小説?」


「小説です」


「内容としては、ラノベ、一般文芸、純文学、それ以外、どれかな?」


「ラノベか、一般文芸。純文学は無理です」


「なるほど! この部には合いそうだよ。純文学がわかる部員がいないからねぇ」



 それから、俺も含めて自己紹介。


 その後、佐藤は、それぞれが書いている作品を読みたがった。


 誰のものでも良かったのだが、とりあえず席が隣の俺が書いているものを読ませることに。


 そして、読後の第一声は。



「お前、こんなくだらない作品書いて、何がしたいの?」



 実に酷な感想だった。部室内の空気が一気に冷え込む。



「……くだらないか。まぁ、拙い作品だっていう自覚はあるよ」


「拙いっていうか、異世界に転生したら何故かチートな力を得て、都合良く活躍してもてはやされるとか、くだらない。こんなの、いい加減書いててバカバカしくならない?」


「……まぁ、そう思う人がいることは承知してるよ。でも、同時に、そういう作品を求める人が多いのも確かだ」


「読者が多いからってそれに媚びた作品を書くとか、くだらない。作者の個性も何もない。読者の承認欲求を満たすばっかりで、ただテンプレの展開を並べただけの作品なんて、書く意味ない」



 佐藤は、小説に対する熱い思いを持っている人のようだ。


 なんとなく楽しんで書ければいいだけの俺からすると、その思いは熱すぎる。



「……佐藤の言いたいことは理解する。くだらないといえば、くだらないんだろう。でもまぁ、強いて俺がこれを書く意味を考えるなら、それはいくつかある。

 まず、それは俺が初めて書いた作品で、内容に関係なく、とにかく書き続けることで、俺は小説を書くことに慣れることができる。

 次に、少なくとも俺は、自分の空想を小説という形に変えることを楽しんでいる。

 さらに、くだらない、くだらなくないに関わらず、俺がこれを書くことで部員同士のコミュニケーションが活発になる。

 ほら、ちゃんと書くことに意味がある。佐藤も、よく考えればそうだと思わない?」



 俺の言葉に、佐藤は心底嫌そうな顔をする。



「……題材の選択が最悪だ。もっと自分らしい作品を書くべきだ」


「自分らしい作品なんて、俺にはそうそう思いつかないよ。自分がどんな人間かも、自分が何を表現したいのかもわからない。佐藤は、もしかしたら長いこと小説を書いて、そういうのが見えてきているのかもしれない。でも、俺はド素人だから、まだ全然見えてない。自分らしい作品を書こうなんてこだわったら、きっと一行も書けずに終わっちゃうよ」


「……こんなもの書くくらいなら、何も書かない方がマシだ」


「佐藤にとっては、そうなのかもしれないね。でも、俺の意見は違う。俺は、とにかくなんでもいいから書いてみることに価値があると思ってる。まぁ、考え方は人それぞれだから、俺は佐藤のやり方を否定しないよ」



 佐藤はさらに顔をしかめる。


 少し、言葉を間違えてしまっただろうか。自分と違う意見を述べられるのを極端に嫌う人間も、世の中にはいる。


 怒らせてしまっただろうか。


 いや、そもそもの話、佐藤の怒りは俺に対するものではない気もする。


 俺に怒っているのではなく、今まで積み重なった色々なものを、俺相手に吐き出しているだけという感じ。



「……佐藤は、以前に何か嫌なことでもあった? 佐藤は、俺に対してっていうより、他の誰かに対して訴えたいことがあるように見えるよ」


「……なんにもねぇよ」



 佐藤は俺の貸したタブレットPCを机に起き、鞄を持って席を立つ。



「帰ります」



 端的に一言だけ言い残し、佐藤はそそくさと去っていった。



「……俺、何かまずいこと言っちゃいました?」



 俺は部室内を見回す。花村先輩が苦笑しながら肩をすくめた。



「まずいことは何も言ってないけど、佐藤君からすると不快なことだったんだろうね」


「……すみません。追い返そうとか思っていたわけではないんですけど」


「わかっているよ。それに、あの様子だとうちの部は合わなかっただろうね。創作に対して熱い思いを抱いているのはいいんだけど、それで他人を否定するのは困る。うちは楽しく活動するのがモットーだからさ」


「……楽しくなくなるのは、困りますね」


「うん。それに、まぁ、佐藤君みたいな考えを持つ人も、この界隈では珍しくないんだ。個性を発揮して、自分ではものすごく面白い作品を書いているつもりなのに、いざ発表したら誰にも読んでもらえない。そんなことが続いて、人気がある、没個性に見える作品が憎らしくなってくる……」


「そういうものですか……」


「うん。そうなんだ。難しいところだけれどね。そして、夜野君もわかっちゃいると思うけど、君の作品がダメだとかいうことはない。それは全く本当に全然ない。気を取り直して、今日も活動していこうか」


「はい」



 佐藤が去り、いつもの四人で活動再開。


 俺は少し申し訳ない気持ちだったけれど、他の三人に俺を責める雰囲気はなかった。


 正直に言ってしまえば、雰囲気を壊しそうな人が入部するのは、やはり考えものなのだろう。


 これで良かったのか、そうではないのか。はっきりとはわからない。


 もやっとしたものを抱えつつ、俺はその日の部活に勤しんだ。

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