第7話 昼休み
午前中の授業を終えて、昼休み。
普段なら山田含む男子の友達と一緒に食事を摂るところなのだが。
「夜野。雨宮さんと仲良くなりたいんなら、一緒に飯食ってきたら? 一見他人と関わるのを好まないように見える人って、案外話しかけてもらいたがってるもんだぞ」
山田にそう言われて、俺もそうかもしれないと思った。
雨宮さんは、教室内であまり親しい人はいないらしい。いつも一人で過ごしている。望んでそうしている可能性もあるが、昨日今日と話してみた感じ、そうではないような気がする。単に自分から他人と接触するのが苦手で、結果として一人になっているだけのように見える。
「……ちょっと行ってくる」
「おう。わかった。まぁ、中には本気で気難しいだけの子もいるから、引き際は誤るなよー」
「うん。ありがとう」
女の子に、一緒にご飯どう? などと声をかけるのは非常にハードルが高い。
俺が雨宮さんに恋をしていて、恋人関係になろうなどと考えていたのなら、それは無理だった。
しかし、俺はただ雨宮さんと友達になりたいだけなのだ。それだけを目標にしていると、ためらう方がおかしいような気がした。それに、ここで引いてしまうなら、俺は中学と同じ男子色の学校生活を送ることになるだろう。それは嫌だ。
俺は母親が作ってくれた弁当を片手に、雨宮さんに近づく。
「雨宮さん、昼ご飯、一緒にどう?」
「へ!? は、え!? わ、わたしと、い、一緒に、ご、ごは、ん?」
雨宮さんは酷く動揺して、さらに顔を赤くしている。いちいち仕草が可愛らしい。
「もし、嫌でなければ」
「い、いや、では、ない……」
「本当? 良かった」
雨宮さんの隣の席が空いていたので、椅子を借りる。ほぼ関わりのない相手だが、男子だから問題はないだろう。
「……どうして、一緒に?」
「同じ部に入ろうとしている者同士だし、昼休みに交流するのもいいかなって。雨宮さんは、一人で本でも読んでいたかった?」
「べ、別に……。本は、いつでも、読めるから……」
「そっか」
食事をしながら、雨宮さんとおしゃべりをする。
その間、なんとなく視線が集まるのは感じていた。雨宮さんが教室で誰かと話しているのも珍しいことだし、恋愛的に面白いことが進行しているようにも映るだろう。
俺はただ、雨宮さんと友達になりたいだけなのだけれど。
「雨宮さんは、もう文芸部に入るって決めてるんだっけ?」
「え、と、うん……たぶん……。通ってみて、よほど変なこと、ない限り……」
「そっか。決断早いね」
「夜野君は、もしかしたら、他の部、行くの?」
「どうしよう。色々回ってみたいとは思ってたんだけど……」
「そう……」
雨宮さんは少し残念そうだ。俺が一緒に入ってほしいと思ってくれているのだろうか?
「まぁ、でも、文芸部がいい感じだったから、もう文芸部に決めちゃってもいい気はしてる」
「そう、なの?」
雨宮さん、今度は明確に表情が和らぐ。やっぱり、一緒に入ってほしいと思ってくれている?
「俺、文芸部に向いてると思う?」
「それは、どういう意味で?」
「あの空間に馴染めそうかな?」
「……夜野君は、大丈夫、だよ。むしろ……わたしの方が、ダメかも」
「どうして?」
「わたし、だって……こんな、だし。人と話すの、苦手……。面白くもない……」
「人と話すのが苦手っていうより、単に慣れてないだけにも見えるよ。それに、俺は雨宮さんと話すの楽しい。本を読む者同士、話が合う」
「そ、そう、かな。わたしと話すの……退屈じゃない、かな……」
「全然退屈じゃないよ」
「そう……かな」
雨宮さんの唇がむにむに動く。あまり凝視しているといやらしい感じだが、微笑みと照れの間の表情は大変宜しいと思う。
「あ、そうだ。雨宮さんって、イラストとか描けるんだっけ?」
「それは、無理……。全然……」
「そっか。俺、本当に簡単なイラストなら描くんだけど、ちょっと見てくれる?」
「え? あ、うん、いいよ?」
ポケットからスマホを取り出して、昨日自分が描いたイラストを表示する。タブレットPCを使って描いた、線画に軽く色を塗っただけの代物だが、素人が描くものにしては十分だろう。
なお、俺がイラストを描けるのは、いつか女の子と話すきっかけになるかなー、という下心で少し練習したからだ。
雨宮さんは、イラストを見てふんふんと頷く。
「それ……もしかして、昨日、夜野君が書いた奴の……?」
「うん。そう。せっかくだから自分でイラスト描いてみた。上手くはないんだけど、だいたいのイメージは伝わるかなって」
「上手いと思う。もちろん、プロ級とか、言わないけど……」
「そう思ってもらえたら良かった」
「……夜野君。器用だよね。イラスト、描けるし、小説も、書けたし、人とも、話せる……」
「器用貧乏なんだ。やってみたらそこそこ上手くできるんだけど、何か一つを特別に上達させることはない。なかなか続かなくて……」
「ちょっと、もったいない、かも。何か続けてみたら、きっと、すごく上達する……」
「あとは気持ちの問題、かな。何かを続けるって、本当に大変だから」
「それは、わかる……」
小説を書き続けてきた雨宮さんだからこそ、続けることの苦労は切に感じていることだろう。
ぼちぼち会話を続けて、何か大きな進展があるわけでもなく、時間が過ぎていく。
食事が終わり、次の授業が始まる十分ほど前に、俺は席を立つ。
「長々と話してごめんね。また来てもいい?」
「……いいよ。むしろ……来てくれたら、嬉しい、かも」
最後の方はとてもか細い声だったけれど、おそらく聞き間違いではない。
そんな風に思ってくれたのなら、今日、雨宮さんと昼休みを一緒に過ごした甲斐があるというものだ。
雨宮さんは人を避けているのではなく、単に自分から他人と関わるのが苦手な人らしい。
山田、アドバイスありがとう。
「じゃ、また放課後に。あ、一緒に部室行く?」
「い、いい、よ? いいけど……夜野君。コミュ力お化け、みたい……」
「そこまでないよ。誰とでも上手く話せるわけでもない。雨宮さんが話しやすいだけ」
「は、話し、やすい? わ、わたし、が? ありえない……」
「ありえるありえる。一つ一つの言葉の中身がしっかりしてるし、テンポよく軽快に会話を進めなきゃって焦る気持ちにもならない。俺は、雨宮さんと話しやすいよ」
「……そ、そう。変な人……」
「変な人でもいいよ。おかげで雨宮さんと話ができる」
「う、うう……」
雨宮さんの顔が赤いのだが、俺は何か変なことを言っているのだろうか?
「わ、わたし! 次の、準備、しないと!」
雨宮さんがぱっと席を立ち、足早に教室の外へ。
準備というのは、具体的にはお手洗いかな? その辺は追求すまい。相手は女の子だ。
俺もトイレに行きたかったのだが、その前に弁当を自分の机に持って行く。
その際、前の席に戻っていた山田が呆れたように言う。
「お前、本当にただ雨宮さんと友達になりたいだけなん?」
「え? うん。そう見えなかった?」
「俺には全力で口説き落としているようにしか見えなかったよ」
「そうかな……? 今度二人でお茶しよう、とか言ってないよ?」
「……まぁいい。仲良くやってくれ」
「うん……?」
よくわからないが、とにかく、雨宮さんから嫌われるようなことはしていないはず。
これからも、雨宮さんと友達になるために頑張ろう。
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