第6話 教室

 * * *


 文芸部に仮入部した、翌朝のこと。


 俺が教室に到着すると、雨宮さんと目があった。雨宮さんの席は教室の一番前で、俺が入ってきたドアのすぐ近くだ。



「えっと、おはよう、雨宮さん」


「あ……う、うん……。おはよう……」


「雨宮さんは、今日も文芸部に行くの?」


「……そのつもり。よ、夜野君は?」


「雨宮さんが行くなら、俺も行こうかな」



 俺の勘違いでなければ、せっかく仲良くなれそうなのだ。この機会を逃す手はない。



「そう……。わたしが、行くから……」


「うん。あ、ちなみにだけど、教室では話しかけない方がいいとか、ある?」


「べ、別に、そういうの、ない。大丈夫」


「そっか。良かった」


「いつでも、話しかけてくれて、いい」


「わかった。じゃあ、このまま話し続けても?」


「え? そ、それは、いいけど……」



 雨宮さんがきょどきょどし始める。急に男子に馴れ馴れしくされて、困っているのだろうか。


 困っているのかもしれない。男女の距離感は、男男の距離感とは違うのだ。



「あー、ごめん。ちょっと馴れ馴れしすぎたな。また後で……」


「べ、別に! 馴れ馴れしい、とか、ない、から!」



 雨宮さんが急に大きな声を出して、教室の注目を集めてしまう。


 雨宮さんもそれに気づき、顔を赤らめて俯く。


 さらに、「雨宮さんが男子と話してるなんて珍しい」だの「あの子ってしゃべるんだ」だの、微妙な反応もあり。


 予想はできていたけれど、雨宮さんは教室内でも引っ込み思案キャラと認識されているようだ。


 何かフォローでも入れようかと思ったが、余計なお世話のようにも思えたので、ごく普通に会話を続けることにした。



「雨宮さん、何を読んでるの?」



 雨宮さんの手には文庫本が一冊。教室で堂々と読むくらいだから、一般文芸か文学だろう。



「これは……その……ファンタジー系……」


「あ、ラノベ?」


「ラノベじゃない、ファンタジー」



 本のタイトルを見せてくれる。十二の国がどうとかいう、ラノベではないけれどアニメにもなった、割と重厚なファンタジーだった。ある意味異世界転移もの。



「へぇ、硬派だ」


「……きょ、教室では、硬派」


「はは。教室では、ね」


「……普段は、もっと軽いの、読む……」


「文学女子に擬態中?」


「ちょっと、そこまでは無理……。文学はわからない……」


「そっか。俺も、文学は読んでも苦痛じゃない程度で、あえて読むほどじゃないかな」



 話している内に予鈴が鳴ったので、雨宮さんとは一旦お別れ。



「じゃあ、また」


「う、うん。また……」



 気恥ずかしそうにしている雨宮さんに軽く手を振って、俺は教室の後ろにある自分の席へ。


 席につくと、前の席の山田和人やまだかずとが俺を振り返る。


 山田はサッカー部に入ろうとしているイケメン男子で、性格も明るい。いわばオタクに優しいスポーツマン。どこに需要があるかは知らないが、友達としてはいい人だ。



「何? お前、雨宮さんと仲いいの?」


「うーん、昨日、ただのクラスメイトから、話したことがある人になった」


「へぇ。不良に襲われてるところを助けたとか?」


「女の子が不良に絡まれてる現場に居合わせるなんて、なかなかないでしょ。文芸部の仮入部で一緒になったんだ」


「ああ、なるほど。にしても、雨宮さん、文芸部に入るのか。予想を裏切らないな」


「うん」


「で、お前は雨宮さんを狙ってるわけ?」



 山田の声は小さい。雨宮さんには届いていないだろう。



「狙っていると言えば、狙ってる。友達になれたらいいな」


「友達かよ……。そんなのあえて狙わなくてもなれるだろ」


「山田はいい奴だと思ってるけど、そういうところは玉に瑕だな。あえて狙わずに、女の子と友達になれるわけないんだ。俺みたいなモブキャラ男子は」


「……そんなもんか」


「そんなもんだ。全国のモブキャラ男子に謝れ」


「そんなに悪いこと言ったか?」


「言った言った。全男子の八割が山田の敵になった」


「そんなにかー」



 山田は肩をすくめるだけで、反省の色はない。自分の発言がどれだけの男子を泣かせているか、想像がつかないようだ。


 まぁ、そんなもんだ。自然体でいるだけで女の子と接点を持つ男子もいるし、そうじゃない男子もいる。俺は後者だ。


 だから、努力して女の子との接点を持ち、関係を維持しなければならない。


 高校生活に! 女の子との思い出という潤いをもたらすために!



「夜野って、中学んとき女子の友達いなかったん?」


「……言わせるな」


「そうか。なんかすまん」



 中学のときには部活にも入っていなかったし、女の子との接点などなかった。結果として、俺はろくに女の子と話す機会もなかった。友達なんているわけもない。


 過去の悲しい記憶にどうにか女子を見切れさせようとしていたら、本鈴が鳴る。


 さて、今日も一日、お勉強を頑張ろうか。

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