第5話 雨宮

 * * *


「なんか、すごい、コミュ力高い人だったな……」



 一人で電車に揺られながら、わたしは誰にも聞こえないような声でボソリと呟いた。


 高校生になってまだあまり時間は経っていない。同じクラスの人についても、まだ顔さえ覚えきれていない。


 夜野君についても、全く覚えていなかった。顔も、名前も。


 同じ文芸部に仮入部して、ようやくその存在を認識できた感じだ。


 元々、わたしは人の顔と名前を覚えるのが苦手。人の顔を見るのも、苦手。でも、目立つ人だったら、多少は覚えもする。


 夜野君を覚えていなかったのは、その印象の薄さのせいでもあったろう。


 なんとなく人当たりは良くて、でも、特徴というべき特徴はない。


 普通に生活していたら、クラスメイトの一人としか認識できなくて、高校を卒業したら、こんな人いたっけ? となってしまいそう。



「……けど、ああいう人、好き、かも」



 人と話すのは苦手。人と交流するのは苦手。昔から、わたしは自分の世界に入り込んで、周りとの関係をないがしろにしがちだった。


 クラスの女子とも、あまり上手くやれていない。友達と呼べる人はいなくて、一人でいることが多い。


 そんな自分だけど、もしかしたら、文芸部に行けば友達の一人くらいはできるのではないかと思っていた。同じ趣味があれば、多少は会話もできるかも、と。


 その期待に、夜野君は応えてくれた。


 夜野君となら、友達になれそうな気がした。


 ぼそぼそと変なしゃべり方をしても、夜野君は嫌な顔をしない。


 ほとんどの人が興味を持たない、本の話をしても、ちゃんと会話に乗ってきてくれる。


 自分から話せなくても、向こうから話しかけてくれる。



「また、話したい、かも」



 夜野君は、あまり特徴のない人だ。


 色の薄い人だ。


 あえて接点を作らなければ、存在を忘れてしまうほど。


 でも、だからこそ、他の人とふんわり馴染むことができる。他の人を否定せず、その人の色を濁らせない。



「……友達に、なれたらいいな」



 友達というか、もしかして、こういう接点から、その先に進むこともあるのかな?


 こ、こ、恋、恋人、とか……?


 え、いや、それは、流石に、ない。ない、よね?


 だって、わたしはこんな陰気な奴だし……。一緒にいても、そんなに楽しくないだろうし……。


 正直、恋には憧れる。


 高校生になって、恋人ができたらいいなと、思っていた。


 でも、自分にはそんなの無理だって、わかっている。


 期待してはいけない。誰かと恋愛なんて、自分にはできない。


 誰かにとって特別な女の子になんて、なれるわけがない。


 男の子の期待する、可愛い女の子になんてなれない。


 わたしにできるのは、一人の世界に引きこもって、小説を書くことくらい。


 絶対に、恋愛なんて、無理。


 この先、わたしが夜野君にどんな気持ちを抱いたとしても、それは、無理。



「……はぁ」



 一人で悶々としている間に、家の最寄り駅に到着。ドアが開いて、すぐに降車。



「……本棚、整理しよ」



 万に一つでも、夜野君がわたしの家に来るなんてありえないとわかっている。知っている。そんな特別な関係にはなれない。


 でも、もしかしたら、何かの間違いで、わたしの家に来ることも、あるのかもしれない。


 どんな間違いなのかは知らない。たとえば、わたしが風邪を引いたとき、心配して、来てくれる、とか?


 ないないない。ありえない。ありえない……かな?


 とにかく、そんなとき、今のままで本棚を見せるのは怖い。


 別に、やらしい本がたくさん詰まっているわけではない。ごく普通の本棚なのかもしれない。でも、自分でも気づかないところで、一般的には変な本が入っているのかもしれない。そう思うと不安になってしまう。それに、自分の頭の中を覗かれるようで、とても恥ずかしい。



「……変な本なんてない。ないはず。ない、よね……? どうなのかな……? 夜野君に笑われたら、やだな……」



 ありえない未来を想像しながら、わたしは家路を急いだ。

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