第4話 帰路

 部活が終わり、俺は文芸部員の皆と一緒に下校。


 花村先輩と岩辺先輩は自転車通学で、俺と雨宮さんは電車通学。流れで、二人で一緒に駅まで向かうことになった。


 なんだこれ。青春っぽいじゃないか。俺の目標、もう達成しちゃった?


 いや、これはまだ同じ部活の知り合い程度の距離感。もう少し親密になれたらいいなとは、期待してしまう。


 恋人になるだなんて期待しない。俺は、女の子とお友達になりたいのだ。


 そして、二人きりになると、やはりというべきか、雨宮さんは自分から話そうとはしない。受け身な性格だ。この場合は、俺から何かしら話を振るべきだろう。



「雨宮さんって、いつから小説を書いてるの?」


「えっと……中一、かな」


「へぇ、じゃあ、もう三年くらい書き続けてるんだ。すごいね」


「か、書いている、だけ。人気とか、そういうのでもないし。すごくは、ない」


「俺からすると、三年も一つのことを続けられるってだけですごいよ」


「そんなこと……ない」


「そんなことあるさ。ま、自分が当たり前にできてしまうことは、そのすごさが自分ではわからないって言うもんね。雨宮さんは、無自覚無双キャラだ」


「……あ、当たり前に、できてるわけじゃ、ないよ。書いてるの、たまに辛い……」


「あ、そうなの? じゃあ、ますますすごいね。辛くても続けるなんて、心が強くないとできない」


「べ、別に、そんな、すごくない! 本当に、全然、わたしなんて……」



 雨宮さんが頬を赤くする。むにむにしている唇を見るに、否定しながらも内心それなりに喜んでいそうだ。



「わたしなんて、とか言わないでよ。雨宮さんができることを、俺はできない。雨宮さんは立派だ。尊敬する」


「うぅ……も、もう、やめて……。そういうこと言われるの、恥ずかしい……」



 雨宮さんが俯いてしまった。顔を赤らめる女の子の姿は大変宜しいのだが、歩行に支障をきたしそうだし、これ以上は控えておこう。



「じゃあ、雨宮さんは、いつから本が好き?」


「……わからない。気づいたら、ずっと読んでた……」


「へぇ、それもまたすごいね。俺なんて、まともに本を読み始めたのなんて中二くらいからだよ」


「……ま、また、そういうこと、言う。やめてってば……」


「あ、ごめん。んとー、なら、好きな本は?」 


「……そういう質問、苦手。好きな本なんて、いくらでもある。絞れない……」


「確かに。俺も苦手だ。世の中には面白い本が多すぎて、一つを選ぶことも、ランキングを付けることも、難しいよね」


「……うん。難しい。無理。面白い本、多すぎ」


「そうだ。部屋に本棚ある? 今度、その写真を撮って見せてくれない?」



 俺は軽い気持ちで提案したのだが、雨宮さんは顔を真っ赤にして、さらに前髪に隠れがちの瞳を大きく開いた。まるで、俺がパンツ見せて、とでも言ったかのようだ。



「そ、それは、恥ずかしいよ……! 無理……! 夜野君だって、わかるでしょ……?」



 いや、俺は別に構わないのだが……。


 一体、雨宮さん宅の本棚にはどんな本が並んでいるというのか。



「えーっと、ご、ごめん。今のはちょっとした冗談、だから……」


「い、言っていい冗談と、悪い冗談が、あるよ」


「……そうだね。本当にごめん」



 とにかく謝っておく。相手が嫌がることはしない。俺は平和的な友達関係を築きたいのだ。



「もう……もう……夜野君、デリカシー、ないよ……」


「……ごめん」



 俺はデリカシーがないらしい。


 見せたくないものが並んでいるなら、それを除けてから撮ればいいのに。……そうすると本棚の大半が空白になるとか? まさか。


 デリカシーのない俺は、少々話題に気をつけながら話を続ける。幸い、雨宮さんも怒っているわけではないようで、会話を続けてくれた。


 五六ふのぼり駅について、二人とも同じ上り方面の電車に乗る。


 俺の家の最寄り駅は四月一日わたぬき駅で、雨宮さんはその次の月見里やまなし駅。一駅違いなので、意外と家自体も近そうだ。その気になれば気軽に遊びに行ける距離かもしれない。そんな機会は流石にないだろうから、期待なんてしない。


 電車内でもぼちぼち話を続けて、五六ふのぼり駅へ到着。


 俺が電車を降りると、雨宮さんは控えめながら手を振ってくれた。



「あの、その……また、ね?」


「なんで疑問形? 同じクラスだし、また会うことになるよ。また明日」


「……う、うん。また、明日……」



 俺が微笑みかけると、雨宮さんも控えめに笑ってくれた。実に良い笑顔で、俺は嬉しくて昇天してしまいそうだよ。


 電車のドアが閉まる。電車が雨宮さんを次の駅へ運んでいく。


 俺はずっと雨宮さんを見送っていたのだけれど、雨宮さんも俺を見ていた。ような気がする。



「……ふぅ。女の子とお友達になるなんてハードル高いと思ってたけど、接点さえ作れば意外といけるのかな? いやしかし、まだ知り合い程度で、ここが上限って可能性もある。油断してはいけない」



 雨宮さんも、花村先輩も、まだ友達と呼ぶには遠い存在だ。


 高校生活も始まったばかりだし、これから少しずつ距離を縮めて、胸を張って友達と言えるようになろう。


 家に向かいながら、俺は決意を新たにした。

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