第2話 三年生の教室は一階に配置すべきだよね

 怒り心頭に発したエルフ様(ラーテルのように凶暴)から逃げるように、階段を上って新教室へと向かう。今年度からは登校のたびに3階分の階段を上らねばならない。面倒だ。ずっと思っていたけれど、どうして三年生が一番つらい思いをして階段を上らないといけないんだ?なあ一年生、渡してくれよその一階の教室。


 がらりと扉を開け、教室へと足を踏み入れる。幸い先生はまだ到着していなかったようで、教室内はがやがやと騒がしかった。朝礼ぎりぎりにやってきた僕は、新しいクラスメイトは誰だ、と言わんばかりの期待の目にさらされる。これが一般的な生徒であれば、その知り合いから声がかかるはずであるが――。


「」


 一秒にも満たない静寂があった。それは、僕が誰であるかを認識し、僕に関わらないという決断を下すのに、彼らが用いた時間。


 何事もなかったかのように、何も見なかったかのようにお喋りを再開したクラスメイト達の間を進み、黒板に示されていた自分の席に座る。最後尾、窓際。なるほど、のけものにはふさわしい席だ。


 ――今朝偉そうにエリサの心配をしておきながら、新しいクラスでうまくやっていけそうにないのは僕の方ではないか。


 内心自嘲し、窓の外へと視線を向ける。数日前まで満開の様相だった桜並木は、いまやそのほとんどが散り果てていた。


 ここに、僕から友達がいなくなった経緯について記しておこう。といっても、事情は複雑ではない。一年間ほぼ毎日エルフ様と楽しげに(当社比)会話していたからだ。


 高校二年の間はほとんどずっと一緒だった。彼女が立候補した図書委員、そのもうひと枠を勝ち取るためのクラスメイト30名による大ジャンケン大会で優勝してしまったのが運の尽き。そこからは急転直下、一か月ほどでエリサの本性が明らかになると、誰も彼女に話しかけなくなり、その余波は僕にも及んだ。


 たかだか同じ委員会を担当していた程度で、僕に話しかける人間がゼロにまで減るものかって?減るさ。なぜなら僕が持っていた彼女との接点は、図書委員会だけじゃなかったからね。


 最初の出席番号順の席で隣同士だったし、放課後の掃除当番も調理実習も同じ班。理科と社会の選択科目でさえ全く同じで、修学旅行のバスも当然のごとく隣の席。そしてその悉くで、僕は彼女の相手を引き受けた押し付けられた。こうなっては誰も僕に話しかける機会がない。僕からも話しかけられない。僕らは二人で話すしかない。まさに四面楚歌、いや四面エルフ歌だった。


 席替えで彼女の近くにならなければあるいは、と考えたこともあった。しかし何の因果か、すべての席替えにおいてエリサの席は窓際の列の最後尾に配置されたし、僕はその左隣だった。こんなことがあってたまるか。主人公の席を最後列に固定するのはモブを描く手間を削減するための漫画のテクニックだろうが。断じて現実世界に用いていいものではない。席替えはくじ引きで行われたんだ。あの気弱な担任教師が細工をしたか、そうでなければエリサがくじの結果を操作する因果律魔法を用いたに違いない。通常の確率でこんな悲惨なことになるものか!


 ――などと回想にふけっていると、朝礼は終わり一限目の開始が迫っていた。クラスのみんながぞろぞろと外へ歩いてゆく。一限目は移動教室か?慌てて時間割を確認しにゆくと、そこには「芸術」の文字が。僕はいそいそと準備を整え、選択している美術室へと向かう。


「さっきぶりだなゴキブリ。遺書は書き終えたか?」

 そう、エリサがいる美術室へ。

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