第9話「魔鉱石と職人と」
“カキン“”カキン“”カキン“
熱した鉄を打つ槌(つち)の音が工房に響く。
そして水が入った桶に紅色の鉄を入れると“ジュー”と蒸気をあげる。
「できた」
「ほんとう!」
「持ち手部分だけど」
「へぇー武器ってこうやって作るんだね」
「はじめてみるんだ」
「うん。基本、扱う方だったから」
「普通の人はそうだよね。だけどこれはーー」
「ん?」
『ダメだッ!』
そう言ってパドルくんはできあがった持ち手を地面に叩きつけた。
「へ?」
「こんなんじゃすぐ折れちゃう!」
「ええ⁉︎ 私にはよくできてるように見えたけど」
「魔鉱石を混ぜた鉄は脆いんだ。その仕上がりじゃ魔鉱石の威力に耐えきれずに折れちゃうよ」
「だけど魔鉱石は魔剣にもなるんでしょ?」
「おじいちゃんがつくればね!そもそも魔鉱石を扱った武器をつくるのは一流の職人でも難しいんだ。
だからほとんどの職人は魔鉱石を装飾代わりにくっつけて終わりなんだ。この魔鉱石がくっついていた杖だってそうじゃないか」
「⋯⋯そういえば」
「僕のような並以下の職人には無理だよ」
「そんなことないよパドルくんだって」
「魔剣は一流の中でも極限られた職人にしかつくれないから伝説の武器なんだ」
「言われてみれば⋯⋯そうかもだけど⋯⋯ほら、おじいちゃんはパドルくんならきっとつくれるって思って任せたわけだし」
「まだわかってないの? これはおじいちゃんの遠巻きの拒否なんだよ」
「はッ⁉︎」
「見てよ。これが僕のつくった剣」
「よくできてるじゃんカッコいい」
「でも刃こぼれしてる」
「⋯⋯たしかに」
「試し斬り3回でその様だよ。打った僕の腕が悪いんだ。そんな職人が魔鉱石を使った武器をつくれるわけがない。
父さんだって自分に才能が無いのがわかったから武器商人になった。僕も同じだ。
そんなに強力な武器がほしいなら素直におじいちゃんに魔剣をつくってくださいって頼んだら」
パドルくんはとぼとぼと工房を出て行こうとする。
「待って!」
「なに?」
「パドルくんはどうして職人になろうと思ったの?」
「⋯⋯おじいちゃんのような勇者様の剣を打てる人になりたいと思ったから」
「おじいちゃんのこと好きなんだね」
「そんなんじゃない。本当は魔王と戦う勇者になりたかったんだ。
だけど、こんな貧弱で運動神経もない僕じゃ勇者なんて到底ムリ。
だからせめて勇者が戦う武器をつくれるようになりたいと思っただけ」
「パドルくん。諦めないで」
「⋯⋯」
***
「ノイドさん、どうしたらノイドくんの自信をつけさせてあげることができるのでしょうか?」
「ジィードさんもリュカさんへの当てつけでパドル君にやらせたんじゃないと思うな。きっとリュカさんと同じ気持ちなんだと思う」
「私と?」
「ジィードさんはパドル君の才能を見抜いている。それは僕も彼がつくった短剣に触ってみてよくわかった。
たしかに刃の出来栄えやなんかはジィードさんに劣る。だけど握りやすやさ取り回しの良さは使う人のことをよく考えてある。だからあとは彼に自信をつけてほしいんだよ」
「自信か⋯⋯」
「それはリュカさん。君にしかできないと思うけど」
「私に⋯⋯」
『ほら、飯だ。さっさと食えよ』
「これってもしかして新作?」
「お前がクエスト中でも携帯できて食べやすいものって言うから考えてみた」
「へーおいしそう」
「パンをまっぷたつにして焼いたミンチ肉とレタスと輪切りにしたトマト、玉ねぎそしてチーズと挟んだだけだ。
料理ってアレじゃねぇよ。あとは味付けに余ったステーキソースをかけてやった」
「いっただきます」
「いただきます」
「うーん。おいしい」
「混んでんだからさっさと食って持ち場に戻るんだ。冒険者さんもよう」
「はいはい」
「ほんとおいしい」
「そうだろそうだろ」
「ところでケルトくんは自分の料理に対する自信はどこから湧いてくるの?」
「なんだよ急に」
「ねぇねぇ」
「なんつーかアレだよ。テメェーのおいしそうな顔だよ」
「?」
***
早朝
“シャキッ”シャキッ“と、鉄を研ぐ音が工房から響く。
パドルくんは無心になって手を動かしている。
真剣な眼差しだ。
『パドルくん』
「⁉︎ どうしたんですかリュカさん。その格好? 防具なんて着て⋯⋯」
「私はリュカ・ミティーネ。勇者よ」
「は?はあ⁉︎」
「これ見て。ジィードさんが打った剣じゃない?」
「その刃紋たしかに⋯⋯」
「茎(なかご)を見ればきっとジィードさんの花押もあるはずよ」
「でもどうしてリュカさんが⋯⋯」
「訳あってやめたのよ」
「訳?」
「パドルくんお願い。今作っている鏡は勇者リュカ・ミティーネの武器なの。
嫌な仕事を押し付けられたってモチベーションがあがらないのもわかる。
だけどお願い。この鏡があれば私、戦える」
「⋯⋯あ、あのーー」
「ん?」
「手を握られるのははずかしいです⋯⋯」
「ご、ごめんなさい」
「き、昨日はすみません。あれから冷静になって打ち込んでみました」
「じゃあ、いま削っているのって⋯⋯」
「はい。魔鉱石入りの鉄で作った持ち手です」
「すごい! 形になってる」
「脆い鉄をどうやったら強くできるのか悩みました。火の強さ、熱する時間、叩く強さからテンポ。
それを必死に考えて夢中で打ってたら⋯⋯」
「できたの⁉︎」
「はい⋯⋯」
「やったじゃん!」
「この刃こぼれした短剣も打ち直したら不思議とじいちゃんと同じ刃紋が出せるようになったんです」
「たしかにおじいさんのに似ている。見違えるよう」
「僕わかったんです。じいちゃんはつくりたくもない依頼を僕に押し付けたんじゃなくて、難しい魔鉱石を打てる機会なんて滅多にないから、修行のために僕にやらせたんだって。それとコレ、じいちゃんが作ってくれました。
「コレって!」
「魔鉱石で作った紅い鏡ですね」
「ジィードさん⋯⋯」
「じいちゃんもガラス屋さんに行って作り方教わってきたみたいです」
「ありがとうございますジィードさん」
ジーンと目頭から涙が溢れてくる。
「さぁ、リュカさん。この鏡をこの持ち手にくっつけて完成です」
「「できた」」
つづく
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